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猫とボクと普通(?)の日々  作者: zaq2
第四部 雪がみせる街
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終章 クリスマスの夜

 その前夜――。

 十二月二十五日の夜。

 主様のお帰りに合わせ、妾は夕餉の支度を整えていた。

 今日は、人の姿である。

 料理を並べるにも、皿を運ぶにも、この姿の方が都合がよい。

 それが一番の理由である。

 主様が、人の姿の妾をどのようにご覧になるか。

 まったく気にならぬ、と申せば嘘になるが。


「ただいま」


 玄関から声がした。

 妾はすぐにそちらへ向かう。


「お帰りなさいませ、主様」

「ただいま、タマちゃん」


 主様の肩には、少し雪が残っていた。

 妾は上着をお預かりする。


「外は、まだ降っておりますか?」

「少しだけ。昨日ほどじゃないよ」


 そこで、主様が片手に提げておられる小さな箱に気づいた。


「主様。そちらは?」

「あ、これ?」


 主様が箱を少し持ち上げられる。


「ケーキ。帰りに買ってきた」

「けえき」

「うん。クリスマスだし、あとで一緒に食べようかなって」


 そうおっしゃって、主様は何でもないことのように笑われた。

 妾は箱をお預かりする。


「では、冷やしておきますね」

「お願い」


 主様が靴を脱ぎながら、居間の方を見る。


「お、なんか豪華」

「本日は、くりすますでございますので」

「覚えてたんだ」


 無論である。


「主様より教えていただきましたことを、忘れるはずがございませぬ」


 主様が少し笑われた。


「そっか」


 その一言だけで。

 妾の胸の内が、わずかに温かくなる。


     *


 食事を終えたあと、主様が買ってこられた箱を卓へ出した。

 蓋を開ける。

 中には、小さなけえきが二つ並んでいた。

 どちらも同じ形。

 同じ飾り。


「同じものでございますね」

「うん。同じのを二つにしてみた」


 妾は二つのけえきを見比べる。


「……お揃い、でございますか?」

「まあ、そんな感じ」


 主様は、さほど特別なことでもないようにおっしゃった。

 けれど。

 帰り道で。

 妾と一緒に食べるものとして、二つ選んでくださった。

 その二つを、同じものにしてくださった。

 それだけのことである。

 されど。

 少し、嬉しい。


「おいしい?」

「はい。とても」

「よかった」


 主様は、いつもと変わらぬ顔でご自分のけえきを召し上がっておられる。

 妾はそれを見ながら、事務所で聞いた話を思い出していた。

 家族と過ごす者も多い。

 大切な者と過ごす日。

 恋人同士で過ごすこともある。

 田辺と千尋は、そのように申しておった。

 それを聞いた時。

 妾は。

 少々。

 本当に少々だけ。

 この夜を楽しみにした。

 主様から命じられたわけではない。

 主様が望まれたから、というだけでもない。

 妾自身が。

 主様と二人で過ごしたいと思った。

 それを口にする必要はない。

 今、こうしてここにおればよい。


「タマちゃん」


 呼ばれて、顔を上げる。


「はい」

「そういえばさ」


 主様が、少し考えるように言われた。


「タマちゃんと、こうしてクリスマス過ごすの、なんかいいね」


 胸の奥が、大きく動いた。

 けれど。

 妾は顔には出さぬ。


「はい。左様にございます」


 声も。

 いつも通りである。

 おそらく。

 主様は、何気なくそうおっしゃった。

 妾は返事をせず、けえきの皿へ目を落とす。

 こうして主様と過ごす、くりすます。

 ならば。

 来年も。

 その次も。

 主様がお許しくださる限り。

 妾は、お傍にいたい。


     *


 食事の片づけを終えると、妾は猫の姿へ戻った。

 もう、手を使う用事はない。

 それならば。

 こちらの方がよい。

 主様の傍へ行きやすい。

 主様は居間のソファへ腰を下ろしておられた。

 妾はその隣の座面へ上がる。

 ぴたりとではない。

 少しだけ間を空ける。

 主様がこちらを見る。


「タマちゃん、こっち来る?」


 間は、なくなった。

 妾は主様の膝へ上がる。

 誰も見ておらぬ。

 二人きりである。

 ならば、遠慮する理由はない。

 主様の手が、頭へ触れる。

 耳の間。

 頬。

 首筋。

 妾は目を閉じた。


「今日はいっぱい外にいたの?」

「はい。千尋の手伝いを少々」

「大変だった?」

「妾にとっては、さほどでもございませぬ」


 嘘ではない。

 面倒ではあったが。

 こうして帰ってこられたのなら、それでよい。


「そっか。お疲れさま」


 主様が、もう一度撫でてくださる。

 尾が勝手に動く。

 今は隠す必要もない。


「そうだ」


 主様が言われた。

 妾は目を開く。


「ちょっと待ってて」


 膝から、隣の座面へ降ろされる。

 名残惜しい。

 だが、主様がおっしゃるなら待つ。

 妾は座って待った。

 主様は棚の方へ行き、小さな包みを持って戻られた。


「はい」


 妾の前へ置かれる。


「……これは?」

「クリスマスプレゼント」


 耳が立った。

 止められなかった。


「妾に、でございますか?」

「うん」


 主様が包みを開く。

 中から出てきたのは、小さな飾りだった。

 銀色。

 雪の結晶の形。

 大きくはない。

 猫の妾がつけても、邪魔にはならぬほどのもの。


「これ、首輪につけられるんだって」


 主様が妾の首元を見る。


「タマちゃんに似合いそうだったから。あと、これくらいなら邪魔にならないかなって」


 妾は、何も言えなかった。

 高価なものかどうかなど、どうでもよい。

 主様が妾を思い浮かべ、似合うか、邪魔にならぬかまで考えて選んでくださった。

 それだけで十分だった。


「つけてもいい?」


 妾はすぐに主様の方へ首を寄せ、顎をわずかに上げた。


「はい。お願いいたします、主様」


 主様の指が首輪へ触れる。

 留め具を探し、小さな雪の結晶を取り付けてくださる。

 妾は動かない。

 首元を、主様へ預ける。


「よし」


 指が離れた。


「できた」


 主様が少し身を引き、妾の首元を見られた。


「うん。似合う」


 尾が上がった。

 完全に。

 隠す気も失せた。


「……ありがとうございます、主様」


 声が少しだけ小さくなる。


「大切にいたします」


 主様が笑われた。


「そんな大げさなものじゃないよ」


 違う。

 主様にとっては、そうかもしれぬ。

 されど妾には。

 そうではない。

 この首輪は、主様が妾へくださったもの。

 妾を、この家の者として受け入れてくださった印である。

 そこへまた一つ、主様が妾のために選んでくださったものが加わった。

 妾は、主様の膝へ戻る。

 先ほどより、少し強く身体を寄せた。


「タマちゃん?」


 呼ばれて。

 妾は主様の手へ額を押しつけた。


「……もう少し」


 口から出た。

 主様が目を瞬かれる。


「撫でていただけますか」


 二人きりである。

 よいではないか。


「はいはい」


 主様の手が、また頭へ触れる。

 妾は目を閉じる。

 窓の外には雪がある。

 街のどこかでは、今日も多くの者がそれぞれの夜を過ごしているのであろう。

 妾には、それでよい。

 今は、主様とここにいる。

 首元で。

 小さな雪の結晶が、部屋の灯りを受けて静かに光っていた。

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