↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫とボクと普通(?)の日々  作者: zaq2
第四部 雪がみせる街
PR
47/50

第六章 次に現れる場所

 十二月二十五日。

 雪は、朝になっても街を白く覆っていた。

 降り方そのものは昨日より少し弱い。

 それでも、道路脇に寄せられた雪は人の膝ほどまで積み上がり、細い道では車がすれ違うのも難しくなっている。

 千尋は事務所の机いっぱいに広げた地図を見下ろしていた。

 現在の住宅地図。

 四十年以上前の住宅地図。

 旧商店街の案内図。

 前日までの目撃時刻。

 それぞれに、色の違う付箋が貼られている。

 洋菓子店の古写真と店主の話から、大雪だった四十年以上前の時期も候補に入れていた。


「また増えたな」


 宮坂が、湯気の立つ紙コップを机の端へ置いた。


「夜の分です」

「警察から?」

「警察と、除雪の担当と、あと二件は地域の協力者から回ってきた話です」


 千尋は付箋を一枚指で押さえる。


「でも、昨日までみたいに『壁へ入った』とか『閉まった店に入った』って話だけじゃないです」

「普通に歩いていた、も混じってる」

「はい。昨日、聞き取り方を変えてから拾えた分です」


 国道沿いの除雪作業員も、ただの歩行者だと思っていた人影をいくつか覚えていた。

 怪異として通報されなかっただけで、現象そのものは大通りにも出ていた可能性がある。


「昨日の仮説は、ひとまず補強されたな」

「はい」

「で、今日は何を見る」


 宮坂に聞かれて、千尋は一枚の紙を持ち上げた。

 今朝、同じ特徴の人物が三度見られている。

 濃い色のコート。

 片手に細長い包み。

 九時十分、旧商店街の西端。

 九時四十分、その東へ二百メートルほど進んだ交差点。

 十時十分、さらに先の、今は駐車場になっている場所。


「同じ人間だと思うか?」

「断定はできません。でも、服と持ち物はかなり似ています」


 千尋は古地図の上を指でなぞった。


「昔は、この三か所が一本の道でつながってます」

「今は途中で切れてる」

「はい」


 再開発で一部が消え、現在は建物と駐車場に分断されている。

 だが昔なら、そのまま東へ歩けた。


「この人が同じ人で、今朝見えた順番も昔の移動をそのまま拾ってるなら」


 千尋の指が、さらに東へ進む。

 古い地図では小さな広場。

 現在はコンビニと、その裏の空き地。


「次に出るなら、ここです」


 宮坂は地図を見た。

 しばらくしてから言う。


「時刻は?」

「三件の間隔がそのままなら、十時四十分前後」

「今、十時十二分」

「行けます」


 宮坂は何も言わず、壁の時計を見る。


「観測具、持ってけ」

「はい」

「何も出なかったら?」

「外れです」

「それだけか」

「それだけです」


 千尋は上着を取った。


「外れたら、考え直します」


     *


 予測地点へ着いたのは、十時二十八分だった。

 現在の広場はない。

 コンビニの駐車場と、裏手の空き地。

 その間を細い生活道路が通っている。

 千尋は道路脇へ立ち、古地図を確認する。

 昔の道は、今の駐車場を斜めに横切っていた。

 さらに先で、当時の小さな広場へ出る。

 現在なら、コンビニの建物へぶつかる位置だ。


「寒」


 手袋の中で指を動かす。

 式神を一体だけ飛ばした。

 紙の小鳥が雪の中を低く回り、駐車場の上を巡る。

 観測具は反応しない。

 大きな妖力も、霊力もない。

 空間変動の値も、目立って変わらない。

 昨日までと同じだった。

 十時三十五分。

 何もない。

 十時三十八分。

 コンビニへ客が一人入った。

 十時四十分。

 何もない。


「外れたかな」


 千尋が呟いた、その時だった。

 式神から視界が返ってきた。

 駐車場の西側。

 雪の向こうに、人影がある。


「来た」


 濃い色のコート。

 片手に細長い包み。

 男か女かは、雪越しでははっきりしない。

 人影は、駐車場へ入った。

 車を避けない。

 駐車枠も見ていない。

 ただ真っ直ぐ、斜めに進む。

 古地図の道と同じ線を。

 千尋は地図を見る。

 人影を見る。

 もう一度地図を見る。


「そのままなら」


 人影の進路の先には、コンビニの壁がある。

 だが古地図では。


「広場」


 人影が壁へ近づく。

 一歩。

 二歩。

 そして。

 何の抵抗もなく、そのまま壁の向こうへ消えた。

 千尋は息を吐いた。

 嬉しいわけではない。

 怪異が当たったことを喜んでよいものでもない。

 それでも。


「当たった」


 説明だけではなかった。

 古い街の状態を使えば、次にどこへ出るかを読める。

 少なくとも、今見たものについては。


     *


 事務所へ戻る前に、千尋は修司へ電話した。

 数回の呼び出しの後、低い声が出る。


『どうした』

「すみません、会議中でした?」

『休憩だ。今ならいい』


 千尋は簡潔に説明した。

 過去の道との一致。

 目撃情報の偏り。

 生存している人物の過去姿。

 そして今朝、古地図と移動順から次の出現地点を予測し、実際に確認できたこと。

 修司は途中で口を挟まなかった。


『で、お前はどう見る』


 最後に、それだけ聞いた。


「敵意は低いと思います」

『理由は』

「今のところ、現象側から現在の人へ働きかけた例は確認できていません。少なくとも、確認できた人影は昔の街に沿って動いてます」

『危険はない?』


 千尋は少し黙った。


「あります」

『何が危ない』

「現象そのものじゃなくて、見る側です」


 すでに、人影を追って危ない場所へ入りかけた例がある。

 昔の道が、今は車道になっている場所もある。

 消えた路地の先が、現在は段差や工事区画になっているところもある。


「過去の道を今の道だと思って歩いたら危ない。人影を本物の人だと思って追いかけるのも危険です」

『なら、何をする』


 千尋は答えを待った。

 だが、電話の向こうは黙っている。


「……倉橋さん?」

『聞いてる』

「判断、もらえます?」

『何の』

「現場対応です」


 一拍。


『現場を見てるのはお前だろ』


 千尋は口を閉じた。


『電話越しの俺が決める方がおかしい』

「でも」

『分からないところは聞け。必要なら応援も上げる。だが、今そこにいる担当はお前だ』


 言われてしまった。

 千尋は雪の積もった歩道を見る。

 少し遠くを、除雪車がゆっくり進んでいる。


「……分かりました」

『何をする』

「現象そのものを止める前提では動きません」


 口に出すと、考えが形になった。


「危険になる場所を先に洗います。昔の道と今の危険箇所が重なるところ。交通量のある道路、段差、工事区画、水路。そこを優先して見ます」

『うん』

「警察と除雪側には、雪で視界が悪いから歩行者の誤認に注意してほしい、って表向きで共有します」

『うん』

「必要なら、その場だけ人を止めます」

『それでいい』


 短かった。

 それだけだった。


「……簡単に言いますね」

『お前が言ったんだろ』

「そうですけど」

『じゃあやれ』


 電話が切れた。

 千尋はしばらく画面を見ていた。


「先輩って、こういう時だけ雑なんだから」


 愚痴は出た。

 けれど。

 さっきまでより、足元は少しだけ固まっていた。


     *


 午後に向けて、千尋は危険箇所の一覧を作った。

 宮坂が古地図と現在の地図を重ねる。

 田辺が、市の道路工事と除雪予定を拾う。

 千尋が現地対応の順番を決める。


「ここ、昔は橋だったの?」


 田辺が古地図を覗き込んだ。


「今は暗渠ですね」

「じゃあ大丈夫そう」

「こっちは?」

「今は立体駐車場の出入口です」

「そこはまずいな」


 宮坂が印を付ける。

 千尋はその横へ赤い丸を描いた。


「優先します」


 それから一瞬、手が止まる。

 修司の席は空いたままだ。

 昨日までなら、その席へ地図を持っていったかもしれない。

 今日は。

 自分の机の上で、決めた。


「行ってきます」


 千尋は地図を畳んだ。

 雪の街では。

 今も、昔の誰かが歩いている。

 現象そのものを止める必要があるのかも、まだ分からない。

 だが。

 どこを歩くのかは、少しずつ読めるようになっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。