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猫とボクと普通(?)の日々  作者: zaq2
第四部 雪がみせる街
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第四章 そこには道があった

 十二月二十四日の朝。

 雪はまだ降っていた。

 事務所の窓から見える道路は、昨日よりさらに白い。

 除雪は入っている。

 それでも、降る量が追いついていない。


「寝た?」


 田辺に聞かれ、千尋は一瞬だけ目を逸らした。


「少し」

「何時間?」

「……二時間くらい」

「それは寝たって言わないの」


 机の上に、温かい缶のお茶が置かれる。


「ありがとうございます」

「今日は倒れないでよ。倉橋さんいないんだから」

「それ、逆にプレッシャーなんですけど」


 田辺は笑って、自分の席へ戻った。

 千尋は缶を両手で包む。

 修司には昨夜のうちに概要を送ってある。

 返信は短かった。

 現場優先。

 危険が出るなら封鎖と応援要請を考えろ。

 正体は決めつけるな。

 いつも通りだった。


「幸徳井」


 宮坂が呼ぶ。

 机の上に、大きな紙が広げられていた。


「何です?」

「田辺さんに古い地図の場所を聞いた。市の公開資料にもいくつかあった」


 現在の住宅地図。

 その横に、何十年か前の街路図。

 さらに、商店街の古い写真が数枚。


「昔の地図?」

「お前、昨日『古い場所に偏ってる』って言っただろ」

「はい」

「だったら、どれくらい古いか見た方が早い」


 宮坂が昨夜の目撃地点を指す。


「まず、ここ」


 閉店した衣料品店。


「今はシャッターが下りてる。だが、昔の商店街資料だと普通に営業してる」

「それは、まあ」

「入口の位置は変わってない」


 千尋は写真を見る。

 人が出入りしている。

 店先に商品が並んでいる。

 現在のシャッターと同じ場所に、開いた入口がある。


「次」


 宮坂が別の場所を示す。

 昨夜の駐車場。

 現在は広い一枚の区画。

 古い地図では、細い道が通っていた。


「……道」

「あるな」


 千尋は二枚の地図を見比べる。

 男が歩いた方向。

 駐車場を斜めに横切り、フェンスへ向かった線。

 古い地図の細道と、ほぼ重なっていた。


「待ってください」


 千尋は昨日のメモを取り出した。

 配達員が見た人影。

 同じ駐車場。

 同じ方向。


「この人影も、この道を歩いてた?」

「可能性はある」


 宮坂は断定しない。

 千尋は別の地点を開いた。

 塀へ向かって消えた人影。

 現在の地図では住宅の境界。

 古い地図では。


「ここも……路地がある」


 細い道が一本、現在の塀を横切っている。

 千尋は黙った。

 今まで、壁や塀を抜けていると思っていた。

 だが。

 もし。


「……壁を抜けたわけじゃない」


 声に出す。

 宮坂がこちらを見る。


「どういう意味だ」

「この人たち、壁を無視してるんじゃなくて」


 千尋は古い地図の線を指でなぞる。


「道を歩いてる」


 現在にはない道。

 でも、昔はそこにあった道。


「今の街を歩いてない」


 言葉にすると、背中が少し冷えた。


「昔の道を、普通に歩いてるだけ?」


 宮坂が腕を組んだ。


「そう考えれば、少なくとも動きは説明できる」

「閉まった店に入った女の人も」

「当時、店が開いていたならな」


 千尋は古い商店街写真を見る。

 衣料品店。

 開いた入口。

 買い物客。

 紙袋を持つ人。


「じゃあ、あの人は閉店した店に入ったわけじゃない」


 当時なら、普通に買い物をしに入っただけ。

 そう見えていたものを、現在側から見たからおかしくなった。


「でも」


 千尋は顔を上げる。


「それなら、なんで大通りには何も出ないんです?」


 宮坂も黙る。

 そこが残る。

 古い場所にだけ何かが出ているのか。

 それとも。


「あ」


 千尋は洋菓子店を思い出した。


「昨日のケーキ屋」

「何だ?」

「外からは客がいっぱい入ってるように見えた。でも中は普通だった」

「そう言ってたな」

「あの店、ずいぶん古そうでした」


 千尋は商店街の古い写真を探す。

 あった。

 同じ店。

 看板は今と違う。

 外壁も塗り直されている。

 だが、入口の位置は同じだった。


「ここ、変わってない」


 昨日見た人影は、今も昔も同じ位置にある入口へ向かった。

 それなら、外から見ても不自然には見えない。

 クリスマスだから客が多い。

 そう受け取られてもおかしくない。


「……出てないんじゃない」


 千尋は立ち上がった。


「何が?」


 田辺が顔を上げる。


「大通りです。出ていないとは限らない。出ていても、気づかれてないだけかもしれません」


 千尋は現在の地図と古い地図を並べた。


「昔と今で同じ場所なら、普通に歩いてる人にしか見えない可能性があります」


 主要道路。

 昔から大きく線形が変わっていない場所。

 そこで過去の人影が歩いていても。

 今の歩行者と変わらない。

 異常だと思われない。


「変わった場所でだけ、変に見える」


 田辺が地図を覗き込んだ。


「なるほどねえ」


 千尋は昨夜の報告一覧を開いた。


「確認したいです」

「何を?」

「主要道路で作業してた人。変なものを見たか、じゃなくて」


 千尋は言葉を選ぶ。


「雪の中で、歩いてる人を見なかったか」


     *


 昼前には、いくつか返事が集まった。

 結果は、拍子抜けするほど普通だった。


「いたよ。二、三人」


 除雪作業員。


「こんな日に歩くなんて大変だな、くらいにしか思わなかった」


 配送業者。


「傘も差さず歩いてる人がいた気はする。でも雪でよく見えなかった」


 バスの運転手。


「歩道に人影は見た。別におかしくないだろ」


 少なくとも、誰も怪異を見たとは思っていない。

 その中に同じ現象が混じっていたとしても、報告には上がらない。


「……報告がない場所を、何も起きていない場所として扱えない」


 千尋は呟いた。

 異常が特定地点に偏っているとは、まだ言い切れない。

 過去と現在が食い違う場所だけが、異常として見つかっている可能性がある。


     *


 午後。

 千尋は再び旧商店街へ出た。

 確認したかった。

 地図の上だけで終わらせたくなかった。

 昨日、女性が消えた衣料品店。

 その前に立つ。

 古い地図の写しを手に持つ。

 現在の通り。

 過去の通り。

 店の位置。

 入口。

 しばらく待つ。

 雪の向こうに、人影が現れた。

 今度は男。

 古い形の帽子をかぶり、手には細長い包み。

 男は通りを歩く。

 千尋の前を横切る。

 声をかけない。

 ただ、見る。

 男は隣の建物へ向かう。

 現在は一枚の壁。

 古地図では、その場所に細い路地がある。

 男は壁へ向かい。

 そのまま消えた。


「やっぱり」


 千尋は地図を見る。

 男が歩いた線。

 昔の路地。

 重なる。


「壁を抜けたわけじゃない」


 今度は、確信を持って言えた。


「この人たちは、今の街を歩いてるんじゃない」


 昔そこにあった道。

 昔そこにあった店。

 昔そこにあった入口。

 それに従っている。

 そう見えるのは、昔の動きへ今の街を重ねて見ているからだ。

 千尋は端末を取り出した。

 宮坂へ連絡する。


「宮坂さん」

「どうだった」

「合ってました」


 千尋は壁の前に立ったまま言う。


「現在の障害物を無視してるんじゃありません。昔の街の形に沿ってます」

「なら、次は」

「はい」


 次に確かめるべきことがある。

 これは何なのか。

 昔の街を歩く人影。

 昔の動物。

 昔の店。

 もし、本当に過去にいた者たちだとするなら。


「幽霊、なんでしょうか」


 宮坂は電話の向こうで少し黙った。


「それを、これから調べるんだろ」

「……はい」


 千尋は古い地図を折り畳んだ。

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