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猫とボクと普通(?)の日々  作者: zaq2
第四部 雪がみせる街
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43/52

第二章 閉まった店へ入る客

 十二月二十三日。

 旧商店街までは、普段なら車で十五分もかからない。

 その日は、倍近くかかった。

 幹線道路にはすでに除雪車が入り、走れないほどではない。だが、降る雪が途切れず、少し前に除けられた路肩にもまた白い山ができ始めていた。

 千尋は速度を落としたまま、公用車を旧商店街へ向ける。

 助手席の座面で、タマモが窓の外を見ていた。

 人通りは少ない。

 当然だった。

 クリスマス前とはいえ、好き好んで吹雪の中を歩き回る者はそう多くない。

 たまに見かけるのは、雪かきをしている住民か、荷物を運ぶ配達員くらいだった。


「見えにくいですね」


 信号待ちで千尋が言う。

 近くに人はいない。

 タマモは外へ視線を向けたまま答えた。


「これだけ降ればの。目も鼻も利きにくくなる者は多かろう」

「タマモさんは?」

「妾を誰と心得ておる」

「ですよね」


 信号が変わる。

 千尋はまた車を進めた。


     *


 旧商店街は、名前だけなら今も商店街だった。

 だが、実際に営業している店は半分にも満たない。

 シャッターを下ろしたまま看板だけ残っている店。

 店の奥を住居として使っているらしい建物。

 すでに別の用途へ変わった店舗。

 空き地になった場所もある。

 昔から住んでいる人間には生活の一部なのだろうが、千尋の目には、ゆっくりと店が減っていった地方の商店街そのものに見えた。

 その通りの端に、除雪車が止まっていた。

 作業員が一人、車外で待っている。

 千尋は少し離れた場所へ車を止めた。


「私が話を聞いてきます。タマモさんは」

「妾はその辺を見ておる」

「しゃべらないでくださいね」

「分かっておる」


 少し不満そうだった。

 だが、一般人の前で猫が普通に会話するわけにはいかない。

 千尋が車を降り、助手席側へ回って扉を開けると、タマモも雪の上へ降り、積雪の浅い軒下へ移った。

 作業員は三毛猫を一度見たが、それ以上は気にしなかった。


「お待たせしました」

「いやいや。こっちも、こんなんで呼んで悪いね」


 五十代くらいの男だった。

 厚手の防寒着の肩には雪が積もっている。


「警察の方には話したんだけどさ。俺も、見間違いだとは思うんだよ」

「どの辺でした?」

「あそこ」


 男が指した。

 通りの向こう。

 色あせた看板の下に、灰色のシャッターが下りている。

 文字は半分消えかけていたが、衣料品店だったらしい。


「人が歩いてきたんだよ。女の人。茶色っぽいコート着て」

「年齢は?」

「さあ。雪だったから顔までは。若くは見えたかな」


 男は少し考えた。


「手に何か持ってた。紙袋かな」

「それで、その店に?」

「そう。普通に店の前まで行って、そのまま中へ入ったように見えた」


 千尋はシャッターを見る。


「シャッターは、その時も?」

「閉まってた。だから、え? ってなったんだよ」

「開いたりはしていない?」

「してない。そもそも、あそこもう何年も店やってないから」


 男は首を振った。


「雪で見間違えたんだろうけどさ。人がシャッターの向こうに入ったみたいに見えたから、気味悪くて」


 もう一件の目撃も、ここから百メートルほど離れた場所だった。

 そちらは住民が雪かきをしている最中、道路脇の塀へ向かって歩く人影を見たという。

 追いかけたわけではない。

 ただ、次に顔を上げた時にはいなくなっていた。

 塀の向こうへ抜けたように見えた。

 それだけだ。


「分かりました。ありがとうございます」

「こんなんで何か分かる?」

「まだ何とも。念のため周りを見てみます」


 千尋が答えると、男は「まあ、気をつけて」と除雪車へ戻っていった。

 エンジン音が遠ざかる。

 通りに残ったのは、雪の音と、時折風に鳴る古い看板だけだった。


「タマモさん」


 千尋が小さく呼ぶ。

 返事はない。

 少し探すと、閉店した衣料品店の軒下に三毛猫がいた。

 店の入口を見ている。

 周囲に人がいないことを確認してから、千尋も軒下へ入り、タマモの横にしゃがんだ。


「何かあります?」

「今のところは何も」

「霊とか」

「おらぬ」

「妖は?」

「少なくとも、この店の中に潜んでおるものは感じぬ」


 タマモは鼻先を少し上げた。


「古い匂いはするが、それだけじゃ」

「古い店ですからね」

「うむ」


 千尋はそのままシャッターの下端を覗き込んだ。

 錆び。

 積もった埃。

 下端には雪が吹き込んでいる。

 誰かが開けた形跡はない。


「やっぱり、見間違いですかね」

「なら、それで終わればよい」


 タマモが言った。


「終わらなかったら?」

「その時に考えればよかろう」


 もっともだった。

 千尋は立ち上がった。

 その時だった。

 通りの向こうに、人がいた。

 雪の向こうから、ゆっくり歩いてくる。

 女性だった。

 長いコート。

 片手には紙袋。

 顔は雪に紛れてよく見えない。

 ただ、歩き方におかしなところはなかった。


「……タマモさん」

「見えておる」


 低い声が返る。

 女性は千尋たちを見ない。

 そのまま歩く。

 閉まった衣料品店へ向かって。


「すみません!」


 千尋は呼んだ。

 反応はない。

 女性は店先まで来た。

 立ち止まりもしない。

 閉じたシャッターへ向かって、普通に一歩を出す。

 そして。

 消えた。

 何かに吸い込まれたような動きではなかった。

 霞んだわけでもない。

 ただ、そこから先へ歩いていったように見えたのに、姿だけがなくなった。


「……見ましたよね」

「見た」


 千尋はシャッターまで走った。

 タマモもそのあとを追い、すぐ横まで来る。

 触れる。

 冷たい。

 閉じたままだ。

 隙間から中を覗く。

 暗い。

 人の気配はない。


「式を入れます」


 千尋は小さな札を取り出し、指先で折った。

 形を得た式神が、シャッター下のわずかな隙間から中へ滑り込む。

 意識を寄せる。

 埃。

 古い棚。

 空の店内。

 誰もいない。


「いません」

「であろうな」

「タマモさん、あれは?」


 タマモはすぐには答えなかった。

 シャッターを見上げる。


「おるようで、おらぬ」

「はい?」

「妾にも見えた。じゃが、捕まえる相手がおらぬ」


 千尋は黙った。


「霊ではない?」

「少なくとも、妾が知る霊のありようとは違う」

「じゃあ、何なんでしょう」

「知らぬ」


 即答だった。


「分からぬものを、分かった顔で決めるでない」

「……はい」


 修司にも、似たようなことを言われた気がする。

 千尋は端末へ時刻と場所を記録した。


     *


 それだけなら、閉店した店に現れる妙な人影で終わっていたかもしれない。

 だが、商店街にはもう一つ、変なものがあった。


「あそこ、まだやっておるのか」


 タマモが通りの先を見る。

 古い洋菓子店だった。

 外観には年季が入っているが、店内には灯りがついている。

 窓には小さなクリスマス飾り。

 入口脇には、ケーキの予約受け取りについての紙が貼られていた。


「やってますね。ずいぶん古そうな店です」


 千尋が言った時、一組の男女がその店へ入っていった。

 数十秒後。

 今度は買い物袋を持った女が一人。

 さらに少しして、親子らしい二人。

 吹雪の中だというのに、妙に人が入っていく。


「クリスマスだからですかね」


 向かいで雪かきをしていた老人が、独り言のように言った。


「今日は繁盛してるなあ、あそこ」


 千尋も、そう見えた。

 この天気でこれだけ客が入るなら、忙しいだろう。

 だが。

 何となく引っかかった。


「ちょっと見てきます」


 タマモへ小声で告げ、千尋は洋菓子店へ向かった。

 扉を開ける。

 甘い匂い。

 暖かな空気。

 ショーケースの向こうに店員が二人。

 客は、一人だけだった。

 先ほど入ったはずの男女も、女も、親子もいない。

 奥へ通じる場所も見える。

 短時間で全員が裏口から出たとは考えにくい。


「いらっしゃいませ」


 店主らしい老人が声をかけてきた。


「あ、すみません。ちょっと聞きたいんですけど」

「はい?」

「今日、かなり忙しいですか?」


 老人が苦笑した。


「この雪で?」

「ですよね」

「予約はあるけどねえ。取りに来られないって電話の方が多いよ。店は見ての通り」


 千尋は店内を見る。

 確かに、忙しそうには見えない。


「さっき、何人か続けて入ってきませんでした?」

「さっき?」


 老人は首を傾げた。


「お客さんなら、今いる方くらいだけど」


 千尋は何も言えなかった。

 適当に礼を言って店を出る。

 外では、タマモが建物の脇で待っていた。

 誰も近くにいない。

 千尋はそのそばまで戻り、少し腰をかがめた。


「中は?」

「普通でした」

「今入った者どもは?」

「いません」


 タマモは店の入口を見る。

 ちょうど、また一人の男が歩いてきた。

 雪の中を、店へ向かって。

 扉の前へ。

 そのまま中へ入る。

 千尋はすぐに扉を開けた。

 店内。

 客は増えていなかった。


「……何なんですか、これ」


 今度は、タマモも答えなかった。

 閉まった店へ入れば、怪異に見える。

 開いている店へ入れば、ただの客に見える。

 けれど。

 どちらも、店の中にはいない。

 千尋は二つの場所を端末へ記録した。

 まだ、意味は分からなかった。

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