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猫とボクと普通(?)の日々  作者: zaq2
第一部:タマモ
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第三章 相談は日暮れまで

 その後、訪ねてくる者が増えた。

 塀の上を通る順番でもめた者。

 人間の置いた鉢を、自分の居場所だと言い張る者。

 夜更けの声がうるさく、眠れぬという者。

 妾は猫の姿で裏手へ出て、話を聞いた。

 灰尾は、なぜか一緒についてくることが多かった。


「こいつが、話を聞いてほしいって」

「お主は案内役になったのか」

「一人で行くのは怖えって言うからよ」


 そう言った当人が、妾と目を合わせなかった。


 何も、来る者すべてを押さえつけるつもりはない。

 話せば済むことの方が、よほど多い。

 ただ、話す前から相手へ飛びかかろうとする者はいる。

 そういう場合には、その者の影を地へ縫い留めた。

 足が動かぬと気づいた者は、まず妾を見る。

 そこで「話が終わるまで待て」と告げれば、大抵はうなずく。

 落ち着いたところで術を解き、改めて言い分を聞くのである。


     *


 ある午後、灰尾は小さな雀を連れてきた。

 灰尾が塀へ飛び乗ると、その後ろに、雀によく似た妖が降りた。

 妾を見るなり、灰尾の背中の陰へ身を寄せてしまう。


「食わねえから、出てこい」

「それは妾が言うことであろう」


 灰尾が、困った顔をした。

 妾は塀から少し離れて座る。


「食べぬ。何を困っておるのか、聞かせよ」


 小さな頭が、そろそろと出てきた。


「小羽(こはね)っていうんだ。前に住んでた軒が、塞がっちまってな」


 灰尾に促され、小羽は塀の上へ戻った。


「板が、新しくなってた。入るところが、もうなくて」

「人間が直したのか」

「うん」


 妾たちの住処も、誰かが直してくださった家である。

 その仕事に文句をつけるわけにもゆかぬ。


「今は、どこにおる」

「その日で、違う」


 小羽の足が、塀の縁をつかみ直した。

 妾が尾を動かすと、また少し身を引く。


「灰尾。雨をしのげる場所に、心当たりはないか」

「二つばかり。けど、先に使ってる奴がいるかもしれねえ」

「ならば、まず聞いてくるのじゃ。空いて見えるからと、勝手に決めてはならぬ」

「分かってるよ」


 小羽は、灰尾と妾を交互に見た。


「軒貸しさんにも、聞いてみようかと思ってた」

「軒貸し?」


 妾が尋ねると、灰尾がうなずいた。


「住む先を紹介してる奴だ。空きを知ってることはある」

「ほう。ほかにも聞ける者がおるのか」


 それならば、選べる先も増えよう。


「まずは、今夜の分じゃ。長く住める先は、その後で確かめればよい」


 小羽は、小さなくちばしを一度だけ開いた。


「……ありがとう」


 夕方までには、物置の屋根の下へ、ひとまず身を寄せられることになった。

 先にいた者へ話が通ったと、灰尾が知らせに来る。


「今夜は大丈夫だとよ」

「そうか。小羽にも、無理をせずにおれと伝えよ」


 次には、妾が主様をお迎えする番である。


     *


 ある日、相談に来た者たちが帰った後、灰尾がこちらを見ながら言った。


「お前、もうちょっと、見た目で分かるようにはできねえのか」

「何が」

「そんだけの力があるってことだよ。初めて来る奴には、ただの若い三毛にしか見えねえんだ」


 確かに、いちいち驚かれていては話が進まぬ。

 妾は辺りを確かめた。

 物置に遮られた裏手には、人の目もない。


「こうか」


 妾は立ち上がる代わりに、姿を変えた。

 大人の女の身体に、猫の耳と尾を残す。

 長い髪を結い上げ、艶やかな柄の着物をまとった。袖をゆったりと垂らし、帯も目を引く形に整える。

 手首には、例の革の輪が収まっている。

 妾の知る妖の姿と、花魁の装いをもとに、こうあればよかろうと組み立てた姿である。

 力を強める必要はない。

 これまで猫の身体に収めていたものを、相手が見て察しやすい形で示せばよい。

 灰尾が、下から上まで妾を見た。


「……なるほどな」

「これならば、少しは落ち着いて話を聞けよう」

「だが、ずいぶん着飾るんだな」

「威厳が要るのであろう?」


 灰尾は何か言いたそうに、妾の袖と帯を見比べた。

 妾は、その視線に気づかぬふりをした。


 威厳は要る。

 だが、それだけのために姿を選ぶとも限るまい。

 袖を持ち上げ、手首の飾りを確かめる。

 この装いならば、主様も少しは、妾を女として意識してくださるであろうか。


 美しいと。

 できれば、そのように。


「おい」

「何か」

「何で急に、にやけてんだ」


 ……見られておったか。

 どうやら、思っていたことが顔に出ていたらしい。

 妾は何事もなかった顔を作り、持ち上げていた袖を静かに下ろした。


「本日の相談は、もうないのであろうな」

「……ああ」


 ならば、終いである。


 以後、相手や場所によっては、その姿を使うこともあった。

 普段の話なら、三毛猫のままで十分である。

 相談の長くなりそうな日は、早めに断った。


「今日は、もう終いである」

「まだこっちの話が」

「主様がお帰りになる」


 相手は家の方を見た。

 灰尾が、横から小さく首を振った。


「……明日でいい」


 物分かりがよくて、助かる。


 その夜も、現代の服をまとった大人の女の姿で、主様のおそばへ戻った。

 主様はパソコンの前で、何かを確かめておられた。

 同じ操作を繰り返し、手元の紙へ書き込む。


「七十二……うん。ここだね」


 ようやく止まった指先を見て、妾は隣へ椅子を寄せた。


「お仕事でございますか」

「ちょっとバグの確認。見つけた条件でちゃんと再現するか、試しておきたいからね」

「もう、お分かりなのでは?」

「うん。でも、やってみたいんだ」


 そうおっしゃる顔が、少し楽しそうだった。

 ならば、お止めする理由はない。

 妾は待つことにした。

 しばらくして、主様が肩をすくめた。


「タマちゃん、くすぐったい」


 いつの間にか、上体を寄せ、その肩口へ頬をすりつけていた。


「……失礼いたしました」

「そこ、気に入ったの?」

「はい。たいへん」


 主様の手が、妾の髪を撫でる。

 猫の姿であっても、この姿であっても、主様の手は優しい。

 そのことは、うれしい。


 けれど、たまには。

 この姿でいる意味にも、少しばかりお気づきいただければ。


「眠い?」


 妾は目を上げた。


「……もうしばらく、こうしていても?」

「いいよ」


 主様は再び画面へ向き直られた。

 その横顔を見ているうちに、口にしかけた言葉は、ひとまず胸の内へ収まった。


 今日は、このままでよい。


     *


 その頃、街の別の一室では、二人の調査員が記録を確認していた。


「この周辺からの報告、ここ最近、少なくなってますね」


 後輩の女性が、画面の一部を指した。

 先輩の男性は、示された日付と区域を順に見る。


「受け付ける先が変わったという話は?」

「今のところは、聞いていません」

「そちらも確認しよう。巡回は予定どおりで」


 女性はうなずき、次の記録を開いた。


「空間の揺れについては、観測地点が二つ追加されています」


 男性は、机に広げた地図へ目を落とした。

 道路や川に沿って、小さな印が散らばっている。


「前から見ている場所は?」

「目立った変化はありません」

「では、同じ条件で見ていこう。新しい二か所も回る」


 女性が、翌日の予定を書き足した。

 少なくなった報告の数とは裏腹に、二人の巡回先は増えていた。

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