第十一章 必要ならな
結晶は特事が回収した。
修司が直接触れず、専用の容器へ収める。
「本部へ送る」
「何か分かるんですか?」
千尋が聞く。
「分からん」
「即答ですね」
「分からないものを分かったと言う方がまずい」
「それ、最近よく聞きます」
千尋が灰尾を見る。
「見るな」
「別に」
「絶対俺見てただろ」
「気のせいです」
修司が容器を鞄へ収める。
「生物の一部なのか、本体なのか、何かの依り代なのか。それすら今は分からん」
「核でしょうか。それとも何かの器官?」
千尋が言う。
「可能性はある」
タマモが灰の残った場所を見る。
「少なくとも、これだけ見て本体だの器官だのと決めるのは早かろう」
「ですよね」
「分からぬものは、分からぬ」
「はい」
千尋は素直に引き下がった。
*
数日後。
灰尾は地方事務所へ呼ばれた。
正確には。
千尋からタマモへ連絡。
タマモから灰尾へ。
「面倒だ」
「妾に言うでない」
「何の用だ」
「知らぬ」
「知らねえのに呼んだのか」
「千尋が一度話したいと言うのでな」
「お前が聞いとけ」
「本人に聞けと言うておった」
「面倒くせえ」
「では行かぬのか?」
灰尾は少し考えた。
「……行く」
「ほう?」
「何だよ」
「いや?」
「その顔やめろ」
結局。
行った。
地方事務所の中は、思っていたより普通だった。
机。
棚。
書類。
端末。
少しだけ普通ではない札や道具が混じっている。
「本当に猫なんですね」
中年の女が言った。
「何だと思ってた」
「もっとこう、大きいのかと」
「何でだよ」
「田辺さん」
千尋が慌てて止める。
「いいじゃない。写真じゃ分からないんだから」
「普通に失礼ですよ」
「そう?」
灰尾は田辺を見る。
人間。
特に嫌な匂いはしない。
「別にいい」
「ほら」
「灰尾さんがいいって言ってもですね」
「面倒だな、お前」
「なんで私が怒られるんですか」
別の机から宮坂が顔を上げた。
「その辺にしておけ」
「こちらが灰尾か」
「ああ」
「宮坂だ。普段は裏方だ」
「そうか」
「淡白だな」
「名前聞いただけで喜べってのか」
「いや」
「ならいい」
宮坂は少し笑った。
修司が空いている机の端を軽く叩いた。
「こっちだ」
灰尾は床を蹴り、一息に机へ跳び上がった。
修司と千尋も、その机の脇へ寄る。
修司が資料を机へ置く。
「本題だ」
「早くしろ」
「今回の案件。こちらで現時点の処理は終わった」
「そうか」
「回収物は本部へ送った。既知の妖、動物、異界由来事象との照合は続く。ただ、現場で追う対象はもういない」
「それで?」
「事件前に出た、連鎖的な揺らぎの観測地点も確認した」
修司が資料の横へ地図を広げる。
いくつか印。
「全部、現在は通常範囲だ」
「異常なし?」
「少なくとも、こちらが測れる範囲ではな」
千尋が補足する。
「観測された地点のどこから来たのか、そもそも観測地点が通り道だったのかも、結局確定できませんでした」
「そうか」
「気になります?」
灰尾は少し考えた。
「気にはなる」
「ですよね」
「だが分からねえなら仕方ねえ」
修司が頷く。
「こっちも同じ結論だ」
「なら終わりだろ」
「もう一つ」
修司が紙を一枚、灰尾の前へ置いた。
「何だ」
「お前の記録」
「俺?」
「今まで『灰色の猫又』だった」
「ああ」
「今回、直接接触した。呼称も確認した。記録を更新する」
「勝手にしろ」
「一応本人に伝えておく」
紙には簡単な項目が並んでいる。
通称。
灰尾。
地域定着。
接触歴あり。
敵対性なし。
必要時、タマモ経由で連絡可能。
灰尾は最後の一行を見る。
「これ」
「嫌か?」
「別に」
「なら残す」
「直接連絡は?」
千尋が聞く。
「いらねえ」
「即答」
「用があればタマモに言え」
「タマモさん経由ならいいんですか?」
「必要ならな」
千尋が少し笑った。
「何だ」
「いえ」
「言え」
「最初より、ちょっとだけ増えましたね」
「何が」
「必要なら、の範囲」
灰尾は黙った。
修司が千尋を見る。
「余計なこと言うな」
「でも」
「黙っとけ」
「はーい」
灰尾は立ち上がる。
「もう帰る」
「待て」
「まだあんのか」
修司が言った。
「今回、助かった」
灰尾が止まる。
「……何が」
「お前がいなければ、あの個体の行動範囲を絞れなかった。最後の場所も選べなかった」
「お前らだけじゃ面倒だったろうな」
「そういうことだ」
「こっちも同じだ」
灰尾は修司を見る。
「お前がいなきゃ、あの一撃は作れなかった」
次に千尋。
「お前が見てなきゃな」
千尋が目を丸くする。
「え」
「何だよ」
「いや。ちゃんと言うんですね」
「二度と言わねえぞ」
「じゃあ覚えておきます」
「勝手にしろ」
灰尾は机から床へ飛び降り、出口へ向かう。
「灰尾さん」
千尋が呼ぶ。
「なんだ」
「また何かあったら、お願いします」
灰尾は振り返らない。
「必要ならな」
それだけ返した。




