第五章 灰尾でいい
会ったのは、川沿いの古い遊歩道だった。
人通りの少ない場所。
遊歩道の脇には、古い木のベンチが一つある。
タマモが話を通したらしい。
灰尾が着いた時、タマモはその座面に座っていた。
「遅え」
「待ち合わせの時刻より早いぞ、お主」
「遅れてねえならいい」
「難儀な猫じゃな」
しばらくして、人間が二人来た。
男と女。
二人はベンチの前で足を止めた。
灰尾も地面を蹴り、タマモのいる座面へ跳び上がる。
男の方が一歩前へ出る。
「倉橋 修司だ。内閣府特殊事象統合管理局、地方事務所の特殊事象捜査官」
女も続く。
「幸徳井 千尋です。同じく特殊事象捜査官です」
「……長ぇな」
灰尾が言う。
タマモが横から口を挟む。
「特事、と呼ばれておるそうじゃ」
「それなら短い」
灰尾は遊歩道の両側へ目をやった。
「こんなとこで喋ってていいのか」
「両側は式神に見てもらってます。人が近づけば分かります」
「ならいい」
修司は灰尾を見る。
「こちらでは、以前からこの地域に灰色の猫又がいることは把握していた」
「勝手に見てたってことか」
「そうなる」
「いい趣味だな」
「俺もそう思う」
灰尾は修司を見た。
言い訳をしない。
妙な人間だった。
「で、俺が犯人だって?」
「今のところ、あんたを犯人扱いする理由はない」
修司はベンチの前へ片膝をついた。
鞄から資料を一枚出し、灰尾たちにも見えるよう座面へ広げる。
写真。
時刻。
場所。
「これが撮られた時間、別地点でこちらの観測記録に灰色の猫又が残っている」
「俺だな」
「おそらく。少なくとも同一個体と考えるには行動が噛み合わない」
千尋が別の写真を、その隣へ置く。
「こちらもです。反応の出方が少し違います」
「何が違う」
「まだ断定はできません。ただ、同じものを二重に見ているとは考えにくいです」
灰尾は写真を見る。
話は通じる。
少なくとも、灰色だから全部自分だと言っているわけではない。
「そいつは猫じゃねえ」
灰尾が言った。
修司が目を上げる。
「根拠は?」
「足。匂い。歩き方。関節。全部少しずつ違う」
「妖か?」
「知らねえ」
「獣?」
「それも知らねえ」
灰尾は修司を見る。
「分からねえものは、分からねえ」
千尋が僅かに笑った。
「同感です」
「何がだ」
「こちらも関連がまだ確定していません」
彼女は携帯端末を座面へ置き、画面を灰尾たちへ向けて観測記録を開く。
「事件の少し前、三地点で短時間の空間変動が記録されています。ほぼ同時ですが、厳密には順番がある。ただ、今回の個体と関係があるのか、観測地点そのものが通り道だったのかは分かりません」
「今は?」
「三地点とも通常範囲に戻っています。何かが出てくるところを観測したわけでもありません」
知らないことを知らないと言う。
それも悪くない。
修司が座面の資料をまとめ、立ち上がった。
「ところで」
「なんだ」
「呼び方を確認したい」
「呼び方?」
「記録上、今までは『灰色の猫又』だった」
「雑だな」
「話したことがなかったからな」
「灰尾でいい」
千尋が確認する。
「はいび、ですね。字は、灰色の『灰』に、尻尾の『尾』で?」
「ああ」
「分かりました。灰尾さん」
千尋が少し嬉しそうに頷いた。
「何だ」
「いえ。名前で呼べる方がいいので」
「何が違うんだよ」
「違いますよ」
「そうか」
よく分からない。
*
話は共同調査の段取りへ移った。
「俺はこいつの跡を追う」
灰尾が言う。
「土地も俺の方が分かる」
「こちらは目撃情報と道路、それに確認できる映像を当たる」
修司が答える。
「必要なら結界で逃走経路も――」
「まだ張るな」
「理由は?」
「あいつ、見られてるのに気づく」
修司は少し考えた。
「分かった。必要になるまでは出さない」
千尋が手を上げる。
「式神は?」
「多すぎると同じだ」
「三体くらいなら?」
「それならいい」
「分かりました」
話が早い。
灰尾は少しだけ評価を上げた。
「一つ言っとく」
修司を見る。
「お前らの下につく気はねえ」
「こっちも、あんたを部下にした覚えはない」
「ならいい」
次にタマモを見る。
「お前は好きにしろ」
「随分な扱いじゃな」
「お前に細かく指図して何になる」
「それもそうじゃな」
灰尾は三人を見る。
人間だからといって、信用する気はない。
今もそれは変わらない。
だが、この二人は知らないことを知らないと言った。
灰尾の話も聞いた。
自分たちのやり方を押しつけるより先に、理由を聞いた。
まだ仲間ではない。
信用したわけでもない。
ただ。
少なくとも今回の調査では、勘定に入れてもいい。
その程度だった。




