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猫とボクと普通(?)の日々  作者: zaq2
第三部 灰色の猫
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28/52

序章 異常なし

 警報が鳴ったのは、日付が変わってしばらくしてからだった。

 地方事務所に残っていたのは三人。

 夜間当直の修司と千尋。

 それに、その夜は観測系の更新確認があり、備品管理担当の宮坂も珍しく遅くまで残っていた。


「……え?」


 千尋が端末から顔を上げる。

 地方事務所の夜間当直は静かだった。

 巡回記録の確認も終わり、残っている案件も急ぎではない。

 そのはずだった。

 画面の隅で、警戒表示が一度だけ赤く点滅した。

 すぐ消える。


「先輩」


 奥の机で書類を読んでいた修司が顔を上げる。


「見てる」


 千尋は表示を開いた。

 空間変動。

 観測地点は三つ。

 街の北側。

 河川沿い。

 住宅地の外れ。

 互いに数キロ離れている。


「三地点、ほぼ同時です」

「強度は」

「瞬間値だけなら……高いです」


 千尋の声が少し低くなる。

 通常の揺らぎとして処理するには、明らかに大きい。

 だが。

 波形は途中で切れていた。


「継続時間は?」

「二地点は一秒未満。長いところでも一秒ちょっとです」

「短いな」

「短すぎます」


 再測定を走らせる。

 一地点目。

 正常。

 二地点目。

 正常。

 三地点目。

 正常。


「……全部、通常範囲です」

「残留は」

「出てません」


 修司が立ち上がった。

 千尋は別系統の観測記録を開く。

 同じ時刻。

 別の機器も反応していた。

 通信異常ではない。

 単一機器の誤検知でもない。


「誤作動ではなさそうです」

「三か所とも?」

「はい」


 少し離れた机で、宮坂も自分の端末を操作していた。

 もともと今夜残っていた理由が観測系の確認だっただけに、動きは早い。


「観測系統は三地点とも別だな」

「はい」

「回線も違う。共通してるのは時刻くらいか」

「ほぼ同時です。完全な同時ではありませんけど」

「順番は?」

「北側、河川沿い、住宅地外れ。差は一秒にも届きません」

「……別々に出たっていうより、順に走ってるようにも見えるな」

「連鎖、ですか?」

「そう見えるってだけだ。三つ目で終わった保証もない」

「響振は?」

「値は上がってません。三地点とも通常範囲です」


 響振。

 妖力や霊力の大きな動きに伴って現れる、空間変動とは別系統の観測値だ。


 宮坂が眉を寄せた。


「これだけ空間側が振れて、響振なし、か」


 修司が千尋の画面を見る。


「既存事例は」

「今、かけます」


 国内記録。

 一致なし。

 過去の異界接触。

 一致なし。

 未分類の短時間変動。

 いくつか候補が出る。

 だが、どれも違う。


「完全一致、ありません」

「類似は」

「……待ってください」


 千尋の指が止まった。

 検索範囲を国際共有記録まで広げる。

 数件。

 古いものでは十年以上前。

 新しいものでも数年前。

 英国。

 北米。

 東欧の共同観測記録。


「あります」

「同じか?」

「そこまでは言えません」


 千尋は英国の記録を開いた。

 瞬間的な高濃度反応。

 継続時間は極端に短い。

 観測後、周囲は正常値へ復帰。

 原因特定できず。

 次。

 北米。

 似ている。

 だが波形の細部が違う。

 東欧。

 こちらは複数地点が、短い時間差で順に反応していた。


「似ているのは、立ち上がりと消え方。それと、複数地点の時間差ですね」

「結果は?」

「どれも原因不明です」

「その後に何か起きた記録は」

「分からないものが多いです。何か出た記録も、何も確認されなかった記録もあります。関連は断定されてません」


 修司はしばらく画面を見ていた。


「前例あり、でいいのか?」

「……言いにくいですね」


 千尋は首を振る。


「同じ現象の前例がある、とは言えません」

「じゃあ」

「似たものを、誰かが見たことがあるだけです」


 宮坂が候補地点の地図を出した。


「観測された三地点とも、今は異常なし」

「宮坂さん、今見られる映像は?」

「北側は駄目だ。道路管理のカメラじゃ反応地点が画角の外だ。住宅地外れは、今すぐ確認できる映像がない」

「河川沿いは」

「河川管理のカメラはある。ただ、反応地点は画角の端だ。通行人が一人映ってるが、異常な動きはない。それ以外は分からん」


 修司が腕を組む。


「高い反応が出た」

「はい」

「三か所。しかも順に」

「はい」

「一瞬で消えた」

「はい」

「今は何もない」

「……はい」


 千尋も嫌な感じがしていた。

 何かが続いているなら、調べる場所がある。

 残っているなら、測れる。

 だが。

 強い反応だけ出して。

 何も残さず消えている。


「……余計に嫌ですね」

「だな」


 修司が時計を見る。

 それから、地図へ目を戻した。


「確認しに行くか」

「三つともですか?」

「ああ。何もなけりゃ、それでいい」


 宮坂が横から言う。


「全部回ったら朝になるぞ」

「でしょうね」


 千尋は机の横に置いていた鞄を開ける。

 式神用の札。

 簡易測定器。

 現場記録用の端末。

 修司も結界具を確認して、上着を取った。


「先輩」

「なんだ」

「どこから回ります?」

「一番近いところからだ」

「了解です」


 宮坂が地図を送る。


「何か出たら連絡しろ」

「分かりました」


 修司が事務所の扉を開けた。


「行くぞ」

「はい、先輩」


 二人が外へ出る。

 宮坂は再び観測画面へ目を戻した。

 三つの地点。

 どれも表示は同じだった。


 異常なし。

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