↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫とボクと普通(?)の日々  作者: zaq2
第一部:タマモ
PR
2/51

第一章 留守番の範囲

 翌週には、主様はいつものお勤めへ戻られた。

 朝、身支度を整え、玄関で靴を履く。

 妾は猫の姿で少し離れて座り、そのお姿を見守った。


「じゃあ、行ってきます。留守番、お願いね」

「お任せくださいませ」


 主様は妾の頭をひと撫でしてから、扉を開けた。

 やがて、カブの音が遠ざかる。

 妾は耳を澄ませた。

 音が聞こえなくなってから、人の姿に変わる。

 洗面所で手を洗い、袖をまくった。

 朝の食器を洗い、洗濯物を干し、部屋を整える。


 さて、留守番である。


 家の中で、今するべきことは済ませた。

 ならば、住処の周りも確かめておくべきであろう。

 妾は再び三毛猫となり、猫用の扉を抜けた。


 風には、すでに覚えた匂いが混じっていた。

 隣家の煮炊き。道路の砂埃。塀際の草。

 その奥に、こちらをうかがう気配があった。


「おい」


 その気配の主が、物置の陰から姿を現した。

 大きな灰色の猫である。毛はあちこち跳ね、片耳には古い傷があった。そして、その尾は根元から二股に分かれている。


「新入りだろう、お前」


 妾は座った。


「そうであるな」

「挨拶もなしに、ずいぶん我が物顔で歩くじゃねえか」

「挨拶を望むなら、まず名乗るものではないか」

「……灰尾だ」


 名乗れる程度の分別はあるらしい。


「妾はタマモ」

「人間がつけた名前か」


 灰尾の目が、妾の首輪へ落ちた。

 口の端が持ち上がる。


「首輪までつけられて。飼いならされたか」


 妾は、少しだけ胸を張った。


「大切にしていただいておる」

「褒めてねえよ。人間の膝で丸くなるしか能のない奴が、こっちをうろつくなと言ってるんだ」

「ほう」

「その飼い主にも、よく言い聞かせ――」


 妾は前足を上げ、地面へ軽く下ろした。

 灰尾の影が、四つの足元で濃くなる。

 その影を、地へ縫い留める。

 踏み出しかけた灰尾の身体が止まった。

 足を引こうとしても、肉球が地から離れない。


「な、何だ、これ」

「まず、口の利き方を改めよ」


 妾は猫の姿のまま、灰尾を見上げた。

 その身体には触れていない。傷もつけていない。

 ただ、ここから動けぬようにしただけである。

 二本の尾だけが、遅れて逃げようとしていた。


「妾がどう暮らすかについて、お主の許しを求めた覚えはない」

「ま、待――」

「我が主に何を言い聞かせるつもりであった?」


 灰尾は、しばらく口を開け閉めしていた。

 待ってやると、ようやく言葉になった。


「……人間を、こっちの揉め事に連れてくるなと」


 妾は目を細めた。

 なるほど。

 言いたいことは、それか。


「それについては同意する。主様のお手を煩わせるつもりはない」


 前足を上げ、術を解く。

 影の色が戻っても、灰尾はすぐには動かなかった。

 前足を一本、そろそろと持ち上げる。

 自由に動くと分かってから、ようやくこちらを見た。


「この家に用があるなら、妾へ申せ。話は聞こう」

「……いきなり動けなくしてからか」

「先に礼を欠いたのは、お主であろう」


 灰尾は耳を伏せた。

 何か言いかけたが、結局は口を閉じる。

 帰り際、その目がもう一度、妾の首輪へ向いた。


「何か?」

「何でもねえ」


 灰尾は慌てて目をそらし、物置の陰へ消えた。

 よろしい。

 主様と暮らす住処の周りには、静けさが必要である。

 まずは、その程度のことを知っておいてもらわねばならぬ。


     *


 夕方、カブの音が近づいてくると、妾は窓辺から飛び下りた。

 猫の姿のまま廊下を走り、玄関の手前で座る。


 鍵が回る。


「ただいま。タマちゃん、お待たせ」


 主様がしゃがんでくださる。

 こちらへ伸ばされた手を待ちきれず、妾は頬を寄せた。


「はいはい。先に荷物を置かせてね」


 そうおっしゃりながらも、指は妾の耳の後ろを撫でてくださる。

 妾は目を細めた。

 灰尾には、ああ言われたが。

 主様の膝で丸くなることには、相応のよさがある。

 少なくとも、ほかの者へ譲ってやる気はない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。