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19.急襲



その日の朝、空はどんよりとした雲に覆われていた。

今にも雨粒が落ちてきそうな微妙な天気で、まるで自分の心を映しているかのようだ。

季節は初夏だというのに自分がいる場所は、いやに空気がひんやりとしている。

腕をごしごしと擦りながら身体を温めようと試みるがうまくいかなかった。

自分の置かれた状況に大きくため息をついて辺りを見回す。

目にうつるのは石で出来た壁にはめ込まれた鉄格子の窓と、こちらからは開くことの無い重い鉄の扉、それから藁にシーツを掛けただけの粗末なベッドだけだった。

マリオンは再び大きく嘆息すると鉄格子の向こうの空を眺め、昨日まで一緒だったエルフ達のことを思った。


「私のせいで――っ 」


グッと言葉を飲み込み、口元を手で押さえた。

瞳を閉じて心を落ち着けるように深呼吸をしてみるが、上手くいかないのは彼等が無事なのか分からないからだ。

マリオンは両手で瞳を隠すと、頭にこびり付いて離れない昨日を思い返した。




―――――




「おはようございます。マリオン 」

「アルさん、おはようございます。今朝は……どうしたんですか? ユーリ様の傍にいなくていいんですか? 」


思いの外、言葉を刺々しく発してしまった。

理由は簡単で、ユーリが自分の傍にいないからだ。

いつもならユーリの傍で主人を甲斐甲斐しく世話をしているはずのアルが今朝はどうしてか自分の横にいて、その主人であるユーリは大抵の場合、朝からマリオンの傍にいることが多いのだが今日は近くにもいない。

というか、クロードとミカルと共に随分前を歩いている。

二日前の夜気づいた「避けられているのでは?」と思ったことが、強ち間違ってなかったんだなとなんだか悲しくなった。

皆とは普通に話しているのに、自分の傍には寄ってこないユーリを思い出して、つい八つ当たりをしてしまった。


「私のことは……、気になさらないでください 」

「いや、気になりますよ? 」

「……ふむ、そういうものですか 」


相変わらずの美貌と、その無表情さが相まって朝から美人度が半端無いアルが頷いた。


「そこは……まぁ、お気になさらずに。それよりもマリオン 」


真剣な声と、真っ直ぐに見つめるアルにドギマギしながらマリオンは息をのんだ。

先程の八つ当たりがばれてしまったのだろうか。


「は、はい。なんでしょうか…… 」

「先日はまさか……と思っておりました 」


八つ当たりの件ではなかったのだとホッとしたものの、目を細めてマリオンを見つめるアルが怖い。

いつぞやの笑顔と同じような雰囲気に、対応する顔が引きつってしまうのは仕方ないと思う。

そんなマリオンに気づく様子も無く、アルは更に目を細め言葉を続けた。


「あなたの胸の辺りから、ユーリ様の魔力を感じるのですが……。これは一体どういうことでしょう? 」


例の笑顔でにっこりと笑ったアルに、昨日ユーリから貰った守護石のことだとすぐに理解する。

しかし何故アルに守護石のことがわかったのだろうか。というか、ユーリの魔力が分かるなんてすご過ぎる。

笑顔が美しいが怖さもたっぷりなアルに怯えつつ、懐から袋を取り出すと中に入った守護石をアルに見せた。


「ええと。これ、のことですか? 」


マリオンの手のひらに収まっている守護石を見たアルは、笑顔を引っ込め大きくため息をつくと頷いた。


「……やはり、エルフの守護石でしたか。しかもこの大きさ…… 」


額を押さえて再びため息をついたアルの様子に戸惑ってしまう。


「あの、アルさん。エルフの守護石って一体どういうものなんですか? ユーリ様に聞いてもお守りみたいな物としか教えてくれなくて…… 」


マリオンの言葉にアルは目を見開くと大きく嘆息する。


「お守り――ですか……。ユーリ様も簡単に仰ってくれますね 」

「……アルさん? 」


眉間に皺を寄せたアルに顔色を伺うように尋ねると、再び大きなため息が零れる。


「マリオン…… 」

「は、はい…… 」

「エルフの守護石と言うのはエルフが自らの魔力を凝縮し結晶化させた物で、作った者の魔力によって様々な色や形になります。ああ、この守護石はユーリ様の瞳のように青く澄んでいるのですね。なんて美しい……流石ユーリ様です。私の主にふさわし―――― 」

「ア、アルさん!? 続きをお願いします 」


話が脱線していくアルに声をかけると、目を丸くしたアルは小さな咳払いを一つ落とした。


「……失礼しました、つい……。とにかく、エルフが魔力を結晶化すると守護石が出来るというのはわかりましたか? 」

「はい。ユーリ様が魔力を固めて作ったって…… 」


マリオンの返事にアルは頷くと先を進める。


「では、エルフの守護石がどんなものか説明しますね。守護石はその名の通り、持つ者を守る力を持っています。ただ、誰が持っても――などと都合のいいものではなく、作った者が守護する人間を指定しているので他の者には意味が無く……。ああ、といっても物によっては美しい宝石にみえるので他人が守護石を見た時、それに全く価値が無いとはいえませんけど 」

「確かに、すごく綺麗です。私が見ても魅力的な宝石にしか見えません。じゃあ、この守護石は私にしか意味の無いもの、ということなんですか? 」

「そういうことになりますね。後、守護石は作った者の魔力が諸に影響しますので、魔力が強い者が作ると守護石もまた強い物が出来ますし、作った者は守護石の居場所を探し出すことが可能です。つまり、ユーリ様が自分の魔力を探るだけで、あなたの居場所もわかる、ということです 」

「ええと……、それって―― 」


アルは目を細めてにっこりと微笑む。


「簡単に言えば、迷子札のようなものですかね 」

「……ええと。ペットと同じ……? 」

「そこは気にしては――、いや。考えてはいけませんよ 」


納得はいかなかったが、ユーリの「お守り」という説明は「迷子札」よりマシだったなぁ、と苦笑した。


「まぁ、ただの迷子札で終わればいいんですがね 」

「アルさん? 」


小さく呟いたアルの言葉の意味を図りかねたマリオンは首を傾げた。


「ああ、すみません。少し考え事を……。マリオン……、守護石のことでもうひとつ言っておかなければならないことがあります 」


声のトーンを落としたアルの様子にマリオンは口を噤んで言葉を待つ。

アルは目線を落とすと少し黙り、その後で重い口を開いた。


「……この守護石なんですが、魔力を凝縮させて作るといいましたよね? 」


頷いたマリオンに、確認するようにアルも頷く。


「守護石を作る時、普段の生活に影響の無い様に普通は一年程時間を掛けて作ります。この意味、わかりますか? 」


その言葉にマリオンは目を見開いた。

マリオンとユーリは出会ってまで数日しか経っていない。それにも関わらず手元にある守護石の存在に戸惑いを覚える。


「それにその石の大きさなんですが、普通はその半分程度なんです。一年程かけて半分ですよ? でも、ユーリ様はあの大きさの守護石数日で作った…… 」


瞬きも忘れ、マリオンはただアルをジッと見つめるしか出来ない。


「いくらユーリ様が王族で、光と氷の魔力値が大きいとはいえ流石に数日でこの大きさだと……どれほどの魔力を使ったのか―― 」


言い淀むアルにマリオンの不安は一気に膨れ上がった。

アルの言う通りなら、この守護石を作る為にユーリは相当な魔力を消費したはずである。

普通だと一年掛けて作るようなものを、数日で作ったユーリの負担は如何程のものなのだろうか。

そもそも何故、ユーリはそんな大層な物を自分などにくれたのだろう。だって出会ってたった数日だ。

最初は兄のように慕ってくれて、今では姉のように慕ってくれていると感じるユーリのことは本当の弟のように可愛い。

困っていることがあったら助けてあげたいと思うのに、むしろ助けられてばかりで。

だからなのかもしれない。ユーリは優しいから、頼りない自分を見るに見かねたのだろう。

自分と一緒に旅をしなければ、ユーリは守護石なんて作らなかったのに――――、そう考えると胸が苦しい。

でもそんな苦しさより、魔力を大量に消費しただろうユーリの負担のほうが絶対苦しいに違いない。

そういえば、最近ユーリの様子がおかしいと言ってたのは、まさか?


「最近、ユーリ様の様子がおかしかったのってまさか――――っ 」


青ざめたマリオンのを落ち着かせるようにアルが肩に優しく手を置いた。


「それは、また違う話なのですよ? でも、今は魔力を随分と失っていますからバローネ領に入るのは数日見合わせようと思っています 」

「すみません……。私の、せいですよね? 」


顔を俯けたままマリオンは小さな声で謝罪をする。


「いいえ。マリオンのせいではありません。これはユーリ様の失態です。元々あなたはバローネ領へ同行予定はなかったでしょう? しかし着いてきたあなたを心配して焦ったのです 」

「それって、やっぱり私のせいじゃ……? 」

「ふう……。何度も言いますが、あなたのせいじゃありません。これは王族なのに考えなしに行動しているユーリ様のせいです。本当にあの方ときたら…… 」


きっぱりと言い切るアルにマリオンはようやく頷いた。


「アルさん、私…… 」

「ああ、マリオン。そんな顔をしないでください。ユーリ様が心配します 」

「でも、アルさん……心配なんです。ユーリ様がそんなに魔力を使っているって知らなくて、私…… 」

「大丈夫です。今晩ゆっくり休めばユーリ様の魔力はおおまか回復します 」


にっこりと微笑んだアルの笑顔は怖くなく、ただただ美しくて、そして優しかった。

それに見惚れていると不意に思い出したようにアルが声を上げた。


「そういえば、忘れるところでした。あなたにこれを渡そうと思っていたんです 」


そう言ってアルが懐から取り出したのは小さな石。金茶色の透明な小さな石はアルと同じ瞳の色をしていた。


「あの、まさかこれって…… 」

「ええ、これも守護石です。私の魔力ですがユーリ様とは目的が違うので石の大きさは最小限にしましたが 」


アルの言葉に首を傾げながらマリオンは石を受け取る。


「目的、ですか……? 」

「ええ。この石は守護石といっても、あなたを守るというより居場所を知る為の石と思ってくださいね 」

「い、居場所ですか? でも、さっきユーリ様の石でも居場所が……って 」


アルは頷くと、マリオンの手のひらにある自分の作った石をつまみあげた。


「万が一、です。ユーリ様の守護石と離される場合も考えてのことですから。この程度の石には価値はありません。言うなれば、子供のおもちゃ程度の価値しかないので、もし何かあっても取り上げられることは無いと思います 」

「取り上げられるって、一体誰にですか? 」


苦笑したマリオンにアルは真面目な顔で返してくる。


「ですから万が一ですよ。守護石はただでさえ美しい宝石にみえるんです。邪な気持ちを持つものがいないとも限りませんからね。どちらも肌身離さないようにしてくださいね 」

「はい! ご心配ありがとうございます 」

「いえいえ、これであなたといつも一緒にいるユーリ様の居場所が掴めるのなら安い物ですから 」


最後の言葉は聞かなかったことにしよう、うん。


「ああ、それから。ここ最近ユーリ様の様子がおかしいと気にしておりましたが…… 」


不意に落とされた爆弾にマリオンの表情が固まってしまった。

アルの言葉にやっぱりか、と肩を落とす。


「やっぱり、ユーリ様は私を避けてるんですよ、ね? 」

「そう、ですね。でも、これもあなたのせいではありません。ユーリ様がお子様なだけなのです。もう少ししたら寂しくなってあなたの傍に来ると思いますよ? ほら 」


そういって、アルが指差した方に顔を向けると、前を歩いていたユーリがチラリとこちらを見た。目が合うとすぐに顔を背けたが。


「アルさん、本当にユーリ様来ますかね…… 」

「ええ、間違いなく。この私が言うのですから……、ユーリ様はあなたを間違いなく慕っていますよ。ただし、ユーリ様の侍従の立場は絶対に譲れませんけどね 」

「ですから、それは前にもいいましたけど、私にはなれる実力がありません 」


ジュルード湖でのやりとりを思い出してマリオンは小さく笑う。


「あなたは……笑っていたほうがいいですよ。あなたの笑顔にユーリ様も、私達もとても慰められていますから 」


静かに微笑んだアルの顔を見上げたマリオンはきょとんとした目で見つめた。


(やっぱり、アルさんは綺麗なおねえ……、お兄さんのようだなあ )


心の中で訂正を入れながら見惚れていると、急にアルに抱きすくめられた。

何が起こったのかわからないままアルを見つめる。

綺麗な顔が間近にありすぎて動揺してしまう。


「あ、え? あの、アルさん。一体、どうしたんです、か? 」


強い力で抱きすくめられたままマリオンの体は押し倒され、ますます動揺が隠せない。


「あ、アルさんーーー!? 」


その時、アルの肩越しから見えたのは思いもよらないモノ。

現れたのは十数人の男達で、皆一様に武装していた。


(な、なに?! どういうこと?! )


頭が混乱していると、男の一人がアルを無理矢理マリオンから引き剥がす。


「っち! なんだよ。すげえ美人がいるかと思ったらエルフだったもんで、つい刺しちまったぜ 」


アルの身体を地面に放り出した男は今度はマリオンに手を伸ばした。

何故、アルは起き上がってこないのだろうか。

さっき男が言った事は一体――?


「あ、アルさん? どうした―――っ!? アルさん!!! 」


地面に転がったアルの身体と地面の間から、赤い――――、赤い血が流れ出している。


「アルさんっ! アルさんーーーーっ!!! 」

「おい! そいつを黙らせろ! うるせえガキだなっ……あのエルフは眠り粉のついた短剣で刺されたから当分お寝んねだよって……おい、こいつ女だぜ? 」


男の言葉にマリオンは身体をビクリと揺らす。


(ばれた!! )


「細っい男かと思ったら、かわいい嬢ちゃんじゃねえか。こりゃ、楽しませてくれそうだなぁ、おい? 」


男はニヤニヤしながらマリオンの顎を上に向かせる。

アルの血と、自分が今からどうなるかと考えた時の恐怖で体が全く動かない。


(あ、あれだけ修行してたのに……っ )


いざとなれば動ける自信があったのに、悔しくて、怖くて溢れ出した涙が頬に流れた。

そして、いよいよ男の手がマリオンの服にかかろうとした、その時。


「やめないか。そいつは人質だ。人間のようだが……、エルフと旅をしている時点で同罪だ。精々役に立ってもらおう 」


周りの男よりも身分が上なのだろう。

態度と格好でそうだと分かる男はマリオンを一瞥すると、すぐに興味がないとでも言うように視線を逸らした。


「フェリオ王子! いいんですか? こんな女が人質になりますかね……、それならそっちのエルフのほう―――― 」


王子と呼ばれた男は「何度も言わせるな 」と男の言葉を遮ると、周りを一瞥してその場を去った。

恐怖で動けなかったマリオンだが王子が去ったのを見計らってアルを呼んだ。


「アルさんっ! 大丈夫ですか!! アルさんっっ 」

「っち、うるせえな。あいつは他の仲間をおびき寄せる為の伝言役だからギリギリ生かしてるよ。そんなことより、お前と遊ぶのは事が終わった後だとよ 」


いやらしい顔をした男はそういうとマリオンの腹を思い切り殴った。

急な痛みにマリオンの意識は失われた。

それからマリオンの記憶はさっぱり無い。

マリオンが連れ去られた後、刺されたアルが見つかるのはすぐのことだが、マリオンに知る良しもなかった。





マリオンは巻き込まれ体質&騒動を呼び込む体質……なのか?




まずは大変申し訳ございません。

一ヶ月以上UPが遅れてしまいました。

仕事やら家庭の事情やらありまして、なかなか更新できませんでした。

今後も出来るだけ早くUPをしたいのですが

色々まだ落ち着きませんので、更新はドン亀になると思います。


よろしくお願いいたします

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