第九話 横木の下
ベルグの灯りを追い、一行は歩幅を落としたまま古い運搬路の奥へ進んだ。
「もう一度、声を出せ!」
ヴァルドが呼びかけると、曲がりの向こうから返事があった。
「聞こえてる!」
さっきより近い。
「動けないのは一人だけか!」
「一人だけだ! 右脚を挟まれてる!」
「意識はある?」
セラが続ける。
「ある!」
それ以上は聞かず、ベルグが確かめる足元を追って進んだ。
もう一つ曲がると、古い運搬路の先に少し広い空間が見えた。作業場らしく、壁際には道具や使っていない材が残されている。
坑夫が三人いた。二人は灯りを手にこちらを見ており、その奥ではもう一人が床に横たわっている。
坑夫たちの姿が、ようやく灯りの中に見えた。
「三人で全部か!」
ヴァルドが声を張る。
「ああ! 俺たちだけだ!」
「そこで待て!」
ベルグは古い運搬路を出る手前で足を止め、作業場へ続く床と頭上へ灯りを動かした。
エルドたちがいる運搬路の口と向かい合うように、作業場の反対側にも坑道が続いている。そちらは崩れた石で半ば塞がれ、周囲の支えも何本か傾いていた。
「ここは入れる。向こうの崩れには寄るな」
ベルグが先に作業場へ入り、ヴァルドたちも一人ずつ続いた。エルドもベルグが踏んだ場所をなぞって中へ入る。
「この運搬路は使ってなかったのか?」
近くまで来てからヴァルドが尋ねた。
「ずっと使ってない。どこまで通れるかも知らなかった」
坑夫は反対側の崩れを指した。
「それに、救助の声はあっちから聞こえてたからな。こいつも動かせなかったし」
横たわる仲間へ目をやった。
「分かった」
ヴァルドが頷く頃には、セラはすでに負傷した男のそばへしゃがんでいた。
「右脚だね」
「ああ。膝の下だ」
中ほどで折れた支えの上半分が斜めに倒れ、その下端が男の脛を床へ押さえつけていた。上端は頭上の横木に引っかかり、その上には崩れた石がいくつか残っている。
「触るよ」
返事を待ってから、セラは膝の下から足先まで順に確かめた。
「足先、動かせる?」
男が顔をしかめながら力を入れると、靴の先がわずかに動いた。
「感覚は?」
「ある。痛いけどな」
「今は動かさないで」
ベルグもそばへ来たが、倒れた支えには触れなかった。灯りを上へ向け、折れた材が横木のどこを受けているのかを確かめていく。
「こいつを先に動かすのはまずいな。折れてても、まだ上を受けてる」
「どうする?」
「横木の下にもう一本立てる。先にそっちで上を受けて、それから倒れた方を、脚が抜けるだけ持ち上げる」
ベルグは壁際に残っていた材を一本ずつ確かめ、横木まで届くものの中から太い一本を選び出した。
ヴァルドとカイナスが材を運ぶ間に、ベルグは立てる位置を決めていく。エルドも近づこうとしたところで声が飛んだ。
「そこから上を照らしてくれ。横木の端だ」
「はい」
灯りを高くすると、それまで影になっていた横木の下面まで見えるようになった。
「もう少し奥。……そこだ」
ベルグの指示に合わせて材が立てられ、上端が横木の下へ入る。根元に楔を噛ませると、ベルグは何度か押してぐらつきがないかを確かめた。
新しく立てた支えのすぐ横には、男の脚を押さえている古い支えが斜めに残っている。
「セラ。持ち上げてる間だけ、石が落ちた時に受けられるか」
「小さいのなら。崩れごとは無理よ」
「それでいい」
セラは立ち上がり、男の上に残っている石へ片手を向けた。
伸ばした手の先で空気が揺れ、そこだけ灯りの形がわずかに歪む。やがて透明な板を立てたような境目が現れ、斜めから光が当たるたびに薄い輪郭が浮かんだ。
工房で物へ魔力を通すのとは、ずいぶん違う。
セラが手を下ろしても、透明な面はかすかな揺らぎを残したまま、その場所に留まっていた。
「長くは持たせないからね」
「ああ。脚が抜ければ終わりだ」
セラは男の足元へ戻り、膝の下と足首へ手を添えた。
ベルグとカイナスは倒れた支えの脇につく。
「カイナス、俺が言ってからだ。上げすぎるなよ」
「分かってる」
ヴァルドは新しく立てた支えと頭上の石から目を離さない。
「いくぞ」
二人が支えに力をかけると、木が低く軋んだ。
初めはほとんど動かなかった材が、カイナスが踏み込んだところでゆっくり浮き始める。
身体強化だ。
エルドも重い物を持つ時には使うが、あれだけ力をかけながら、ベルグの動きに合わせて少しずつ持ち上げ続けるのは難しい。
「あと少し」
セラの声に合わせて二人が持ち上げると、男の脚との間に隙間ができた。
その時、横木の上から小石が一つ滑り落ちた。
透明な面にぶつかって乾いた音を立て、横へ弾かれる。セラの肩がわずかに強張った。
ヴァルドの視線が、新しく立てた支えへ動く。
「続けろ」
男が息を詰める中、セラが膝の下を支えながら脚をゆっくり引いた。
踵が支えの下を抜ける。
「抜けた」
「下ろすぞ」
ベルグの声に合わせ、倒れた支えがゆっくり床へ戻っていった。
新しく立てた材も、頭上の横木も動いていない。
男を倒れた支えから少し離したところで、セラは防壁を消し、改めて脚の状態を確かめた。
「もう一度触るよ」
腫れている辺りへ手を当て、しばらく動かさない。
男の荒かった呼吸が、少しずつ落ち着いていった。
「折れてるか?」
ヴァルドが聞く。
「ここでは決められない。痛みと腫れがひどくならないようにしただけ」
セラは手を離すと、添え木を当てて布で固定していく。
「……治せないのか?」
負傷した男が聞いた。
「中がどうなってるか分からないまま治す方が危ない。外でちゃんと診る」
男はそれ以上聞かず、息を吐いた。
「歩かせられるか?」
「無理。運ぶ」
その答えを聞いた瞬間、途中の沈んだ床が頭に浮かんだ。
壁際に残っていたのは、一人で通るのがやっとの幅だった。
エルドは、横たわったままの男を見た。
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次回、第10話は10月17日21:10公開予定です。




