第八話 途切れた溝
古い運搬路の入口へ灯りを向けたまま、ヴァルドが言った。
「ベルグ。次の曲がりまで、通れるか見てきてくれ」
「分かった」
「カイナスも一緒に行け。危ないと思ったら、そこで戻れ」
「了解」
「怪我人を背負って戻れる幅があるかも見てきて」
セラの言葉に、ベルグが頷いた。
「見とく」
「俺たちはここで待つ」
ベルグとカイナスの灯りが左へ遠ざかっていく。
正面の道には、一度目の救助隊が通った跡が残っている。あの時、戻ってきたヴァルドは、奥で道が図面と食い違い、支えもずれていると言っていた。
もう一度入るなら、同じ入り方はしないとも。
床の二本の溝は、二人の灯りが消えた暗がりへ伸びていた。
エルドは古い運搬路へ目を凝らす。
低い天井。壁際の支え。床の溝。
何も重ならない。
坑道の奥には、まだ人が残っている。けれど今は、声も物音も聞こえてこなかった。
しばらくして、ベルグとカイナスが戻ってきた。
「どうだ」
「次の曲がりまでは通れる。支えは古い。水も少し入ってるが、足元は保ってる」
「背負って戻れる?」
セラが聞く。
「曲がりまではな。狭いが通れる」
ヴァルドは少し考えてから、ベルグに聞いた。
「さっきの支え、エルドが言わなかったら止めて調べたか」
「……いや。そのまま通してたと思う」
「そうか。エルド、今は何か見えるか」
「いえ。何も」
答えたあと、分岐までと言われていたことが頭に浮かんだ。
古い運搬路を前にしても、今は何も見えていない。
ここで戻れと言われても、おかしくはない。
ヴァルドはしばらく黙っていた。
「連れていく」
エルドは顔を上げた。
「さっきの支えだけで、お前の見たものが正しいと決めたわけじゃない。だが、無視する理由もない」
「ベルグより前には出るな」
「分かりました」
「行くぞ」
◇
ベルグを先頭に、古い運搬路へ入った。
中へ入ると、天井は正面の道より低かった。
頭が当たるほどではないが、さっきまで歩いてきた坑道より狭く感じる。
床には、分岐から見えていた二本の溝がそのまま奥へ続いていた。
「これ、何の跡ですか?」
「昔の運搬車だ。今のやつとは幅が違う。石を外まで出すのに使ってた」
溝には泥が溜まり、ところどころ小石が入り込んでいる。
壁際の支えも、さっきまでとは少し違った。太さが揃っておらず、表面は黒く、削った跡も荒い。
ベルグが支えの一本に灯りを寄せた。
「支えも古い。今ならもう少し揃った材を使う。組み方も違う」
言われて見直すと、確かにそれまでの支えとは形が違っていた。
ベルグは根元まで確かめ、そのまま先へ進んだ。
横を通る時、エルドも同じ支えに目をやった。
道は緩く曲がっていた。
曲がりをいくつか抜けるうちに、振り返っても分岐は見えなくなった。
前後の灯りが揺れ、足音だけが狭い坑道に重なる。
何度目かの曲がりを過ぎたところで、前の床が大きく沈んでいた。
右側の土が崩れ、運搬車の溝も片方が途中で途切れている。
ベルグはしゃがんで灯りを低くし、土の端を何度か押した。
「壁際だけを踏め。一人ずつだ。沈んだ側には寄るな」
ベルグは足を置く場所を確かめながら、先に向こう側へ渡った。
ヴァルドが続き、そのあとエルドが壁際へ足をかける。
灯りを持つ手に力が入った。
人一人が通れるほどの幅は残っている。反対側は土が落ち込み、灯りを向けても底までは見えない。
「足元だけ見とけ」
後ろからカイナスの声がした。
エルドは灯りを少し下げ、ベルグが踏んだ場所へ足を置いた。
最初の一歩に体重をかけても、土は動かなかった。その跡を追って数歩進み、向こう側へ渡る。
床が崩れていること自体は、灯りを向ければ分かる。
続いてセラとカイナスも渡ってきた。
全員が渡り終えると、また奥へ進んだ。
古い運搬路はゆるく下っていた。進むほど、空気も少し冷たくなっていく。
しばらく進んだところで、
――コン。
暗い坑道の奥から、小さな音がした。
前を歩いていたベルグが止まった。
石が落ちた音にも聞こえた。
ヴァルドが片手を上げると、全員の足音が止まる。
――コン、コン。
今度は二度。
「落石じゃないな」
ベルグが奥を見たまま言った。
ヴァルドが声を張る。
「救助だ! 聞こえるか!」
声が壁に返りながら、坑道の奥へ消えていった。
しばらく何も返ってこない。
エルドが息を止めて待っていると、
「……聞こえる!」
かすかな声が返った。
遠い。それでも、間違いなく人の声だった。
「怪我人はいるか!」
一拍遅れて、返事が届く。
「一人、動けない!」
「分かった! そのまま待て!」
返事を聞いても、誰も駆け出さなかった。
ベルグの灯りが、次の足元を照らしていた。
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次回、第9話は10月15日21:10公開予定です。




