↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
重なる姿の向こう側 ~見える痕跡を読んで、次の一歩を選び取る~  作者: 夜更かし堂
セルネア

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/11

第六話 縄の内側

 救助に入っていた者たちが戻ってから、坑口の前では何人かが図面を囲んでいた。


 エルドたちが待っている場所からでは、話の中身までは聞こえない。


 サヴィンはしばらく様子を見ていたが、近くを通った男に声を掛けた。


「悪い、少しいいか。サヴィンだ。セルネアで触媒材を扱って商売してる。ここの石のことで話がある」


 男は眉を寄せ、足を止めた。


「……今は見ての通りの状況だ。石の苦情なら後にしてくれ」


「苦情じゃない。ここの触媒材が入った先で、妙なことが続いた」


「妙なこと?」


「俺が持ち込んだ石を試してる最中に、留め具が壊れた。別の加工場でも、同じ材を使ってる時に異常が出た」


 男は少し黙り、坑口の方へ目をやった。そこではまだ人が行き交い、縄や道具が運ばれている。


「それが、この崩落と関係あるのか?」


「分からない」


 サヴィンが首を振る。男は脇を通る人夫に道を空けてから、もう一度サヴィンを見た。


「じゃあ、何でここに来た?」


「二つとも同じ仕入れだ。出どころを調べたらここだった。そのあとで崩落があったって聞いた。関係ないかもしれないが、知らん顔をするのも違うと思ってな」


 男は一度坑口を見た。


「詳しい話は?」


「手が空いてからでいい。責任者には伝えてくれ。必要なら俺から話す」


「分かった。少し待っててくれ」


「ああ」


 サヴィンはそれ以上引き止めなかった。


 しばらくすると、坑口の前で広げられていた図面が畳まれるのが見えた。図面を囲んでいた者たちも、それぞれ縄や灯りの方へ動き始める。


 図面のそばにいた男も、支度に移った者たちへ次々に声を掛けていた。


「分岐までは、さっきと同じ道を使う」


 その声が、今度ははっきり聞こえた。


「分岐から先は古い運搬路を使う。ベルグ、先を見てくれ」


「昔は荷を通してた道だ。途中までは幅もある。その先は入ってみないと分からんぞ」


「分かってる」


 また中へ入る。


 そう思うと、ここで待っているだけなのが急に落ち着かなくなった。


「父さん」


「何だ」


「俺も中に行きたい」


「駄目だ」


 返事は早かった。


「お前は坑道に入ったこともない。救助もできん。入ったところで何をするんだ」


「中を見たい」


「何か見えると思ってるのか?」


「分からない」


 留め具も槍も、見ようとして見えたわけじゃない。坑道に入ったからといって、またあの痕跡が現れるとは限らなかった。


「……ここからじゃ中は見えない。何か見えるとしても、中に入らないと分からない」


「何も見えないかもしれんぞ」


「それは分かってる」


 自分でも、中へ入れば何ができるのかはっきりとは分からない。止められるのも無理はなかった。


 それでも、何もせずここに残る方が嫌だった。


「外で待ってて、あとで何かあったって聞くのは嫌なんだ」


 父はしばらく何も言わなかった。


「……俺が決めていい話じゃない」


「うん」


「向こうが邪魔になると言えば、それまでだ。それでも話すか?」


「話したい」


 父は小さく息を吐いた。


「来い」


 二人で縄のところまで行くと、さっきサヴィンと話していた男がこちらに気づいた。


「どうした?」


「救助を仕切ってる人と話がしたい」


「もうすぐ中へ入る。長くは無理だぞ」


「ああ」


 男は坑口の方へ向かい、父とエルドはその場に残った。


 待っている間にも、出発の支度は進んでいく。縄をまとめる者の横を、灯りを抱えた者が坑口へ向かっていった。


 ほどなくして、さっき指示を出していた男がこちらへ来た。


「ヴァルドだ。今は俺が救助をまとめてる。石のことで話があるとは聞いた」


「ああ。オルンだ。石の話にも関わるんだが、息子が中へ入りたいと言ってる」


 ヴァルドがエルドを見た。


「理由は?」


「こいつは二度、まだ壊れてないものが壊れた状態を見てる」


「……どういう意味だ?」


「壊れる前に、壊れたように見えたってことだ。最初はうちの留め具だった。こいつが止めろと言った直後に、本当に同じところが壊れた」


 ヴァルドは少し間を置いた。


「二度目は?」


「市場街で槍が折れた。折れる前に、こいつには折れた状態が見えてたらしい」


「見間違いじゃなく?」


「そこは俺にも分からん。ただ、俺もそばにいた。こいつが先に警告して、そのあと本当に折れた」


「それと、この鉱山がどう繋がる?」


「最初の留め具は、ここの触媒材を試してた時だ。二度目も、同じ材を使ってた加工場で異常が出た直後だった」


「槍そのものに、その石が使われてたわけじゃないんだな」


「ああ。だから、石が原因だとは言えん」


 ヴァルドがエルドに聞いた。


「自分で見ようとして見えるものか?」


「いえ。いつ出るかも分かりません。今も何も見えてません」


 エルドが答えると、父がその先を引き取った。


「中でも同じものが見えるなら、何か起きる前に知らせるくらいはできるかもしれん」


 ヴァルドはそれには答えず、エルドに聞いた。


「坑道に入ったことは?」


「ありません」


 ヴァルドは少し黙ってから首を振った。


「それだけじゃ、中には入れられない」


 返す言葉がなかった。


 見えるとも言えない。中へ入れば役に立てるとも言えない。


 何か言えないかと考えた時、さっき聞こえた声が頭に浮かんだ。


 分岐までは、さっきと同じ道を使う。


「……分岐まででも駄目ですか」


「分岐まで?」


「さっき、そこまでは入ったんですよね」


「ああ」


「そこまででいいです。ここからじゃ、坑道の中は何も見えないから」


 ヴァルドは答えず、少し離れたところにいた年嵩の男を呼んだ。


「ベルグ。分岐まで、戻る時に変わったところは?」


「なかった。行きも帰りも通れてる。支えも見た範囲じゃ動いてない」


 ベルグはそこで言葉を切った。


「だからって、安全って意味じゃないぞ」


「分かってる」


 それきり、ヴァルドは黙った。


 エルドも何も言わなかった。もう、自分から言えることはなかった。


 坑口の方では、灯りを持った者が一人、中を覗き込んでいる。その脇を、縄を抱えた男が通っていった。


 断られるなら、今度こそ終わりだ。


「分岐までだ」


 一瞬、返事が遅れた。


「……はい」


「そこまでは俺たちが通って戻った。その先に連れていくかは、その場で決める。途中でも危ないと思えば戻す」


「分かりました」


「何か見えたら、すぐ言え。自分で確かめに行くな」


「はい」


 父はまだ黙っていた。エルドの左腕を見て、それから坑口の暗がりへ目を向けた。


「戻れと言われたら戻れ。それだけは守れ」


「うん」


 しばらくして、父の視線がエルドへ戻った。


「……行ってこい」


 その一言を聞いて、ようやく肩の力が抜けた。


 縄の脇へ移ると、担架のそばで道具を確かめていた人がこちらへ来た。


「ヴァルド、この人も入るの?」


「分岐までだ。救助はさせない」


 ヴァルドの返事を聞くと、その人はエルドの方へ向き直った。エルドの姿を確かめるように視線を動かし、左腕のところで止める。


「私はセラ。中で何かあったら私に言って。その腕、怪我してる?」


「エルドです。朝、赤角羊に腕をかすられました。まだ少し痛みますけど、動かせます」


 そう言って肘を曲げてみせると、セラは頷いた。


「痛みが強くなったら言って。無理に庇いながら歩く方が危ないから」


「分かりました」


 セラは持っていく道具の方へ戻っていった。


 セラが離れると、ヴァルドは今度は別の方へ声を掛けた。


「カイナス、灯りを一つ渡してやってくれ」


 近くで縄を肩に掛けていた若い男が顔を上げた。エルドより、いくらか年上に見える。


「ああ。これでいいか?」


 ヴァルドが頷くと、若い男――カイナスが灯りを差し出してきた。


 受け取ると、思っていたより重かった。


「坑道は初めてか?」


「はい」


「じゃあ、まず足元はよく見とけ。慣れてないと、何もないところでも結構つまずく」


 カイナスはエルドの持つ灯りを指した。


「それも落とすなよ。暗い中で探す羽目になる」


「気をつけます」


「それでいい」


 そう言うと、カイナスは肩の縄を持ち直した。


 周りでは、救助に入る者たちがそれぞれ支度を終えつつあった。さっきまで縄の外にいた自分だけが、急にその中へ混ざったような感じがした。


 縄の外には、父とサヴィンが残っている。


 父と目が合った。エルドが一度だけ頷くと、父もわずかに頷き返した。


「行くぞ」


 ヴァルドの声に、ベルグが先に坑口へ入った。ヴァルドも続く。


 エルドは灯りを持ち直し、暗がりへ足を踏み入れた。


 数歩進んだだけで、背後のざわめきが遠くなった。


 湿った土と石の匂いが濃い。足元には濡れた石と泥が続き、灯りが揺れるたびに壁や支えの影が形を変える。


 思っていたより暗い。前を歩く者の背中も、灯りから外れるとすぐに輪郭が薄くなった。


 カイナスに言われた通り足元を確かめながら進む。それでも、壁や支えには何度も目が向いた。


 灯りの先で、坑道はまだ奥へ続いていた。

お読みいただきありがとうございます。


ここまで読んで少しでも「面白いな」「続きも読みたい」と思っていただけたら、ブックマークや★評価で応援していただけると嬉しいです。

皆さまの応援が、執筆の大きなモチベーションになります!


次回、第7話は10月11日21:10公開予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。