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重なる姿の向こう側 ~見える痕跡を読んで、次の一歩を選び取る~  作者: 夜更かし堂
セルネア

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第五話 古い鉱山

 工房へ戻ると、母が帳場から顔を上げた。


「遅かったね。何か分かった?」


 父は上着を脱ぎながら答えた。


「材料の出所まで辿れた。少し前に動かし始めた古い鉱山だ」


「鉱山?」


「そこで坑道が崩れたらしい。中に人も残ってる」


 母の手が止まった。


「サヴィン、その石もそこから?」


「ああ。先に街へ入った分も、今日来る予定だった分も、同じ荷場を通ってた」


 母の目がエルドの左腕へ移った。


「腕は?」


「まだ少し痛いけど、動くよ」


 肘を曲げ、手を握って開いてみせる。


「そう」


「オルン、今日はもう止めるの?」


「ああ。あの材料には触らん」


「分かった。来たお客さんには私から言っておく」


「俺は一度、河岸へ戻る」


「運びか?」


「ああ。鉱山へ行った組が戻ってれば話が聞ける。まだなら、仲買が顔を出してないかも見てくる」


「分かった」


 サヴィンはそのまま工房を出ていった。


 灰白色の石を入れた木箱は、朝から同じ場所に置いたままだ。父が周りの道具を退け、そこだけ空けてある。


 運送屋の帳面にあった、同じ荷場の名が頭に残っていた。


「父さん」


「何だ」


「鉱山、行くの?」


 父はすぐには答えなかった。


「状況次第だ」


「材料のこと、伝える?」


「行くならな。崩落と関係があるとは限らんが、同じところから出た材料で二度異常が出た。知らんままにしておく話でもない」


「うん」


 遅い昼食を済ませても、サヴィンはまだ戻らなかった。


 それからしばらくして、工房の戸が開いた。


 サヴィンだった。


「運びが戻ってた。荷はなしだ。崩落で、鉱山の荷場も止まってるらしい」


 サヴィンが短く息を吐いた。


「中に人が残ってるって話も本当らしい。救助も入ってるそうだ」


「俺は鉱山へ行く。売った石のことは、向こうにも話しておきたい」


 父は上着を手に取った。


「俺も行く」


「一緒に行っていい?」


 父はエルドを見た。


「何をしに行く」


「……分からない」


 口にしてから、少し考えた。


「何か見えるとも限らない。でも、あの石が出た場所なら見ておきたい」


 父の目線がエルドの左腕へ落ちた。


「荷運びも救助もできんぞ」


「分かってる」


「邪魔になるなら離れろ」


「うん」


 父は頷いた。


 母が帳場から言った。


「その腕で無理しないこと。向こうで止まれと言われたら、ちゃんと止まる」


「分かってる」


「オルンも」


「ああ」


 三人で工房を出た。


◇


 市街を抜けるころには、日が少し傾き始めていた。


 石畳が途切れ、道の両側に畑と低い林が増えていく。


 途中から、同じ方向へ急ぐ人間を何度か見かけた。肩に縄を掛けた男が二人歩き、その後ろを長い木材を積んだ荷車が進んでいた。水桶を吊った棒を担ぐ人夫ともすれ違った。


 歩き続けるうちに、市街の音は聞こえなくなっていた。


 道の先に荷車が集まり、その向こうに削られた斜面が見えてくる。


 斜面の下に、坑口が黒く開いていた。人や荷車の影が長く伸びている。


 近づこうとすると、手前に張られた縄のところで男に止められた。


「ここから先は入らないでくれ」


 サヴィンが足を止める。


「鉱山の人間に話があるんだが」


「今は手の空いてる奴がほとんどいない」


「待つよ。急がせるつもりはない」


 男は縄の外側を指した。


「なら、あっちにいてくれ。坑口の前は空けておきたい」


「分かった」


 三人は言われた場所へ移動した。


 泥のついた作業着の男たちが行き来し、地面には縄や灯りがまとめて置かれている。少し離れた場所には担架が何台か並んでいた。


 誰かが怒鳴り続けているわけではない。それでも、立ち止まっている人間はほとんどいなかった。


 木材を運ぶ者がいて、別の男は灯りを一つずつ確かめている。坑口から出てきた者には、すぐに水が渡されていた。


「救助に入った組は、まだ戻ってないのか?」


 父が近くにいた男へ聞いた。


「ああ。まだだ。奥に残ってる人を探しに行ってる」


 男は坑口から目を離さなかった。


 外からでは、坑口の少し奥までしか見えない。


 父とサヴィンも同じ場所で待っていた。


 やがて、坑口の近くにいた男たちが動いた。


「戻ったぞ」


 暗がりの中に一つ灯りが見え、その後ろにももう一つ揺れている。


 泥で汚れた男たちが順に外へ出てくる。


 先頭の男は坑口を抜けると、後ろを振り返った。


「全員揃ってるか見てくれ」


 脇にいた男が人数を数え始める。


 最後の一人が出てくるまで、先頭の男は坑口の前から動かなかった。


「揃ってる」


「分かった」


 そこでようやく先頭の男は坑口から離れた。


 並べられた担架は、どれも空いたままだった。


「どうだった、ヴァルド」


 鉱山側の男が近づく。


「このままじゃ奥へ行けない。途中までは通れるが、その先が図面と違う」


「奥に残ってる連中は? 見つかったのか」


「声は聞こえた」


 エルドは坑口を見た。


 あの暗がりの先に、まだ人がいるのだ。


 男がヴァルドを見た。


「なら、もう一度入れば――」


「今は入らない」


「ここまで戻れたんだろ。もう一度行けないのか?」


「奥で支えがずれてる。このまま進めば、助けに入った方まで埋まる。入り直すなら、先に道を決める。今と同じ入り方はしない」


 何か痕跡がないか目を凝らしたが、何も見えなかった。

お読みいただきありがとうございます。

次回、第6話は10月10日21:10公開予定です。


今後は2日に1話を目安として更新します。

よろしくお願いします。

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