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我々の教祖様は、我々に何も見なくていい、考えなくてもいいと教えてくれます。最初は手取り足取り、掃除の仕方から食事のマナーまで、過保護な子供に対するように教祖様ご自身が教えてくれます。手に手を重ね、背中に腕を回し。休憩の時は、生クリームの入った器を持たせて、居心地のいいふかふかのソファに座ることを指示します。もちろんスプーンで生クリームを掬って食べながら休みます。
頭を撫でられたり、毛布やショールを掛けられたり、着るものも食べるものもいつも気遣ってくれます。
そのうち、「どうやって考えるか」「何を考えるか」「どんな風に考えるか」ひいては「何を感じるか」まで教祖様は、とても上手に、脳をあやすみたいにして教えてくれます。
生きること以上のことは考えないの。今日の掃除当番は誰だったか。夕食に使う食材は何が残っていたか。今日が毎日と同じで幸せだった。さっきのリンゴジュースは美味しかったな。
そういうことしか考えなくなります。
私? 私は……、ある意味特別扱いですね。教祖に八つ当たりもされます。
ほとんどの信者については、入信したのが早い人間が、ほかの信者を管理・教育する役に回されます。その役目もただ便宜上のもので、他の信者より偉いというわけではないと教祖は言っていますが、時々勘違いする教育係がいるのも事実ですね。
そしてその入信した順番に限らないで、選ばれてしまうのが宦官です。
「先ほどの信者の方たちは、宦官の存在を本当に知らないのですか?」
「知りません」
「では、宦官になった人たちはどこに行くのですか?」
「先ほどの部屋に入ります。クローゼットがあった部屋ですよ」
「死刑囚の独房のようですね」
「ええ。宦官に選ばれたら、他の信者に分からないように、私がそっとその人を部屋に連れて入ります。要らない古着を床に敷き詰めて、ズボンとパンツを脱ぐように指示して、メスを渡します。ペニスを切り取って清らかな身体になることをその場にいる教祖が命令すると、信者は大抵躊躇します。そしたら、私が自分の下半身を露出して、下腹部から直接排尿しなくてはいけなくなった身体を見せます。教祖は、思い切り慈愛に満ちた、見損なったというような顔をします。どうして、すぐさま自分に従わないのだと――」
一樹は、閉じられた空間の生臭い支配の匂いに満ちた、その部屋を思い浮かべた。
「そうすると、大体の信者は従います。あなたの言っていた山辺敏彦さんもそうです。彼は――」
一瞬、足立は言葉を切った。
「彼は、長く尾を引く細い細い、乾いた叫び声を漏らしながら、一瞬で切り取ることができずに、何度も力をこめなおして切除しました。大事なところをね。白鳥の死ぬ間際の声っていうのはああいうのでしょうかね」
冗談のように言う足立に、一樹は、眉をひそめた。足立はそれに気付いて、
「ああ、すいません。でも、もう私は善悪でものを考える感覚がないのかもしれません」
「拒絶する信者はいませんか? 逃げ出そうとする信者は」
「それを捕まえるのは、私の役目です。彼らは心身を我々に投げ出しているので、捕まえるのも、私たちがどうにかできるようにしてしまうのも容易いです。捕まえた信者のペニスを教祖が、『あなたを宦官にして神の御許に捧げるのが私の役目。あなたは、自分を捧げるのが本当の幸せ』。とか『あなたは自分の意志を持つべきではないわ。あなた以外も。全て神のもの』とかいろいろ言いながら、一瞬でメスを使って下腹部から切り離します」
「止血はどうするんです?」
「私が尿道に気を付けながら焼きます」
「気を付けられるんですか?」
「自分のをやった時、尿を少し出しながら、大体の位置と僅かな特徴を覚えました」
「何故、そこまでするんです?」
足立は、それには答えなかった。その代わり、
「あなたは、支配がどこまでも過剰になれることを知りませんか?」
と逆に一樹に問うた。
「あなた方は、まるで喜んで支配下に入っているようです」
一樹が返すと、
「それは全人類共通の悦びの一つでは? 特に人生の責任を投げ出したい大人にとっては」
「いやらしい」
一樹が、思わずそう吐くと、
「まだ聞きたいことが山ほど残っているのでは?」
端正な顔を歪ませて、いじけたような笑い方をする足立に、一樹は質問を続けた。
「男性器の切除跡を焼く時、信者はどういう態勢ですか?」
「突っ立ってますよ」
「大人しく?」
「子供のように涙をとめどなく流して、大きな嗚咽を漏らしながらね」
「他の信者に聞こえませんか?」
「二階に人がいない時間を狙っているので。聞こえても信者たちは疑問を口にしません。一応、二階は防音仕様にしてあるようですがね。我々は疑問を綿菓子のように溶かすよう教育されていますので」
「それで、男性器を切除して、焼いて止血した後は?」
「切ったものを紙袋に入れて、その上からビニール袋に入れて、持たせて、その足で東京のあるアパートに行くように指示します。そこの木の根元に男根を埋めろって」
「交通費は?」
「出る時に持たせます。信者たちは何も考えられなくなってますからね。指示に従う以外頭にないんじゃないかと思う」
一樹は、口をすぼめてから一瞬息を止める、微妙な表情で視線を落としてから、また足立の顔を見た。顔を上げた一樹に足立は、
「彼らはね、痛かったでしょうね。肉体的には」
「は?」
足立は続けた。
「精神的には、楽で楽で仕方なかったと思いますよ。何をするのも、教祖と神に委ねているのだから。選択して想像することを諦めた人間ほど、楽で楽で、歪な縫いぐるみのように幸せな人間はいませんよ」
気持ちをささくれさせるような足立の言葉に動揺して、思わず足がテーブルに当たった。その途端、鞄が倒れて内ポケットからICレコーダーが飛び出した。
足立は、何も言わず、一樹のレコーダーを一樹の鞄の中に戻した。
「録音……、して頂ければいいです」
足立の目は、また澄んでいった。
美しさと歪みが交互に顔に表れるこの男は、まるで哀れを誘って、可愛く思える……、というと、一樹が変態のようだが、異性としての関心まで引いた。
「そうして……宦官になったと……」
「はい」
明瞭な足立の声を一旦沈黙で引き取ってから、一樹は、質問を重ねていった。
「何故、わざわざ東京に埋めにいくのですか? この近所の山の中なり野の中なりに埋めれば済むのでは? それも全員同じ場所に埋める意味があるのですか? むしろ、発覚しやすくなりませんか?」
「さあ。それは、教祖のお考えなので、私にははっきりわかりません。近所に埋めるよりは性器が見つかった時、疑いが向かないと思ったのかもしれませんし。そういえば、教祖様は、もともと東京の人らしいです」
「同じ場所に埋めたのは、最初にそこに埋めたときに発見されるのを免れたから、その後もずっとそうやっているのですかね?」
「さあ。わからないです。私は従っているだけなので」
「今、宦官は何人いるのですか?」
「私が最初の宦官で、今は私しかいません。というのは、宦官になるとすぐに死ななくてはいけなくなるので」
「死ななくてはいけない? え? なに、というと、宦官になるのは殺される準備だということ?」
「そうです」
宦官になって、東京から帰ってくるとあの部屋にまた入れられます。当然、彼らは、「なぜ」とか「どうなるの」とか聞くことはありません。そしてそれから程なくして、教祖が彼らのもとにやってきます。教祖は、包み込むような眼差しで彼らを見つめます。彼女は何だか、「清らかな巫女」というより「穢れを身体から流し落としたマグダラのマリア」といった方が正しいですね。時々、私の前では、頼りない女の子みたいな時もあるのですが。教祖は、彼らの激痛が走り続けている股に手を触れます。そして、彼らに説教するときに彼らから聞き出した、これまでの来し方の同情すべき点、後悔すべき点を挙げ連ねてから、こう告げます。
「可哀そうに。あなたを宦官にしたのは、心置きなくあなたが死ぬことができるようにするためなの。欲望の象徴の一つを失って、あなたはいくらかは清くなったわ。あなたは清い身で神の付き人にしてもらえる。男性は、そうじゃなきゃ、聖なるもののそばに置いてはもらえないの。でも、あなたは幸せよね? そうでしょ」
宦官になる前から脳みそが生クリームになっている信者は、痛みと辛さでもう思考能力なんかありません。大体、むしろ死にたいんじゃないかな。だから、「はい」とか「幸せです」とか「教祖様ありがとうございます」とか言うんです。私だって、そう言われていたら、ささっと教祖の望み通り首を吊りましたよ。
「さあ、そこのクローゼットを開けて」
教祖に従って、宦官がクローゼットを開けると、まるで運命のように輪っかがぶら下がっています。宦官は、黙ってそばにある椅子を引き寄せて足を乗せて、輪に首を通し、椅子を蹴り飛ばして、あとは、自重で首が圧迫されて死ぬのみです。椅子を蹴るまでの宦官たちの顔は、雲か霞みたいに落ち着いて穏やか、かつ無感覚なお人形の顔だけれど、首に縄が食い込んでいく、つまり死にゆく時は壮絶だな。目を剝いて、舌を出して、手で首から縄を外そうとして。でも、心が支配されているから、足をばたつかせて、教祖に不服従を示すような音を立てる奴はいませんね。
山辺敏彦は、「お母さーん」って高い声で絶命の瞬間に呟いて、涙を流して死にましたよ。
死に顔は、安らかでした。教祖は、わざと目を剝かせたり、口や鼻をひん曲げたりしてたけれど、すぐに穏やかな顔に戻ったな。
悪趣味な教祖が、他にも蹴り飛ばしたりもした死体を、僕がすぐ車で海岸に運んで、放って、捨ててきたわけです。
話している間、足立は断末魔の真似をしているのか目を剥いて、でも目じりが垂れ下がった、泣きたいような狂いたいような、それでも平静を保ち続ける、矛盾を含んだ皮肉な顔つきをしていた。
一樹は、写真に撮りたい――と思ったが、デジカメを出してシャッターを切る、その勇気が出なかった。
窓のない部屋には、自然光も入らず、天井の影に足立の表情は浮き上がってもいるし、沈んでもいた。
「あなたは、そういうことをして平気なのですか?」
「平気でない人は、自分でものを判断する資格のある人でしょうね」
「あなたにその資格はないと?」
「はい」
「なぜ?」
「信者だし……。僕は、そういう風に出来ているのでしょうね」
足立の一人称が変わったことに、一樹は気付いた。
「あなたは、なぜ、こんな場所に……? いえ、それよりも、なぜ警察の調べが入らないのです? 何か裏でつながりでもあるのですか?」
「そういう風に出来ている」と穏やかに微笑を浮かべる足立は、
「はっきりとは分かりません。ただまあ、教祖は何かつながりがあるのでしょうね」
「教祖のお名前は、ご存じですか?」
「知っていますよ」
「教えてください。お願いします」
一樹は、お願いしながら、息を止めるように緊張を感じた。いつの間にか、足立の顔は少しずつ、何か少年のような幼さを感じさせる表情に変わっていった。足立は、優し気に首をほんの少し右に傾けて
「『蒲生まり子』です」
「『蒲生まり子』……」
教祖の名前を掴んで、我を忘れる一樹の前で、足立は座ったまま、体操をするように手足を伸ばした。
「それは、本名ですか?」
「ええ。教祖様は、教祖としての名前など持たないので。ただ神から遣われし『巫女』ということなので」
「その本名を教団内で使っていたというわけでもなく?」
「教祖に名はないということになっていました。我々は、便宜上苗字で呼び合っていましたけれどね」
「教祖の警察との繋がりについて、本当に心当たりはありませんか?」
「分かりませんね。ただ、東京に性器を埋めにいかせたり、首を吊らせた遺体を海岸に捨てたり、なんというか、誰かに見せつけているというか、見つけてほしいみたいですよね」
一樹は、顎に手を当てて考えた。
確かに、全く合理的じゃない。性器を遠くの、発覚しても疑いがかからない場所に捨てにいくにしても遠すぎるし、アパートの敷地内で土を掘っていたら目立つはずだし、首吊り遺体を海岸に捨てるのもおかしい。首にロープの跡があるのだから、それにそってまた縄をかけ、どこかの林の木にぶら下げておくほうが余程うまくごまかせるはずだ。
いくら警察に知り合いがいるからって、あまりにも要領を得ない処理だ。
一樹は、鼻から大きく息を吸いながら、頭を切り替えて足立に尋ねた。
「あなたはどうして『頼所教』に入ったのですか?」




