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木造アパートの根元から切断された男性器⁉
八月二十四日火曜日の午後二時半ごろ。千代田区内の、ぎらつく太陽の下で影を落とすある木造アパートの庭に立つ樹木の下で、信じられないものを筆者は発見した。その樹木は、なんとも不気味な雰囲気だったのだが、根元には掘り返した跡があった。筆者は、ジャーナリストの端くれの好奇心のせいか、もしくはいやらしい野次馬根性のためか、ついその箇所の地面を再び掘り返してしまった。土は柔らかく容易に掘ることができた。するとなにか皺皺とした赤黒いものが土から覗いた。さらにそこから土を払うと、それは筆者の知識から判断したところ、男性の生殖器だった。おぞましさに手を払って、よく洗い、警察に電話した。それから警察が駆け付けるまでに、なんと一時間を過ぎた。もし、緊急性のある事件が絡んでいたら、どうするつもりだったのだろう。筆者は、警察に電話した時、
「アパートの庭の土が気になったので、掘り返してみたら、男性のペニスがありました」
そう説明してから、住所を教えた。もし男性器の持ち主が今現在命の危機にあったら、すぐに探し出さなくてはならないのではないだろうか。
警察官は二人やって来た。あろうことか、「なんで、掘っちゃたの?」とさも迷惑そうに聞いてくる。手間が増えたことを迷惑がるより、そんなものが見つかった事実を追求する態度はないのか。
そのあとは、まともな対応を講じているようにも見えず、鑑識らしき人間が一人うろうろと入ってきて、規制線を張るわけでも、メディアが集まるわけでもなく、掘った後がいつの間にか埋められて、たったそれだけでその日は終わった――。
いくつかの角度の埋めた跡の土の写真と、アパートの外観の写真を添付して、メールで家森のパソコンに送った。すぐに、明日発売の号にねじ込むと連絡が来た。メールで、
「警察の発表に気を付けておくから、記者会見の模様があれば、すぐにお前を送り込んでやる」
と言われた。
夜の七時前に、一樹は付近の聞き込みを始めた。外に出た途端、湿った生暖かい風がひゅっと顔に吹き付けた。
まずアパートの一階の部屋の中で住人が入っている101、102、105号室を訪ねた。101号室は不在だった。102号室のインターフォンを鳴らした。
五歳くらいの女の子供が扉を開けにきてくれて、
「和葉、やめなさい」
と叱りつけながら、後から母親が玄関に出てきた。
「おねーさん、こんにちは」
屈託のない子供とは違い、母親の方が、こちらを窺うように怪しんでいた。
「こんばんは」
「何か、御用ですか?」
キツイ調子で応対された。
「ご飯時にすみません。今日の三時から四時頃に警察がここの敷地にいたのですが、ご存知ですか?」
「存じ上げません」
「実は、男性の身体の一部がここの敷地から発見されたんですよ。土に埋められていたので、最近怪しい人物とか、掘り返す音とか聞かれませんでしたか? あ、発見した時は、土は柔らかかったので、掘り返しても大して音はしなかったと思いますがね。もしかしてさっきの音も聞こえました?」
「さっきはきこーえなーい。前によるねてるときに、ガサッ、ザクッって音がしたよー」
「へえー。えらいね。よく聞いてるね。前っていつかな?」
一樹はしゃがみ込んで、子供の目の高さに合わせた。
「やめなさい!」
母親は、子供の頭を強か叩き、耳を引っ張って、部屋の奥に連れていってから、また戻ってきた。
「何も聞いてません。あの子はすぐにいい加減な嘘を吐くんです。あなたの気を引きたいだけです。それとね、あなたどこのどなたなの?」
「失礼しました。私こういうものです」
一樹は、「フリーライター 藤堂一樹 電話番号XXXX―XXXX」と記載してある極力お金を掛けないで作った簡素なデザインと質素な厚紙の名刺を渡した。母親の顔は目が吊り上がって、さっきまでは割ときれいな顔だったのに、般若のようになった。
「いいですか。今……、今、録音してますからね」
母親の言葉に、一樹は動揺せず、
「結構ですね」
と、さらっと返した。
「このネタを週刊誌に持っていけば、私にもかなりお金が入ります。あなたの証言がそれに役立てば、その中から私はあなたに幾らか渡すこともできるかもしれません」
あくまで「かもしれません」としか言えないが。普通情報提供者にお金なんか渡さない。彼女が改めてしつこく要求したら、彼女の証言を使った記事をその時に突き付けられたりしたら、仕様がないから渡すだろう。
母親の目がうろうろとし出した。焦点が合いかけた時に、
「この辺で怪しいものを見かけませんでしたか?」
と尋ねた。母親の目は一樹の顔の像を結んだらしく、きっとした顔付きで、
「あなたですね」
と答えた。
「そうですか。ところでお母様は働いていらっしゃいますか? お父様はいらっしゃいます?」
「家は貯金を切り崩して生活しています。もう帰って下さい」
母親は泣き叫ぶようにしながら、いつの間にかぐいぐいと玄関に侵入していた一樹を突き飛ばし、尻もちをつきかけた一樹が真っ直ぐ部屋の中を見つめるその前で、バタンと戸を閉めて、わざとらしく施錠の音を立てた。
嫌われるのは慣れているが、大して突っ込んだ聞き方もしていないのに、えらく露骨なものだ、と思った。
105号室には、スーツを着た男が二人いた。二人とも髪型は普通だし、染めてもいないが、スーツはホストみたいに太い縞のラメが入っていたり、いやに高級そうだったりして、どうも推し量れなかった。顔立ちは、一人はぼんやり、一人は強欲そうで、両者とも頭が悪そうだった。ぼんやりした顔の方は、
「えーっと……、どうなのかな?」
ともう一人に聞いた。
「何も知らんで。警察なんておったんや」
「ここ、警察の方が喋っていた場所と近いですよ。壁も薄いし、何か聞こえませんでした?」
「知らんな」
「最近、木の下の様子が変わったのに気付きませんでした?」
「いつ?」
「いや、分かりませんけれど、いつ掘り返されたのかなって」
「なーんも知らん。ねえちゃん、しつこいな」
「怪しい人とか見かけてません?」
「俺らが怪しいもんかもなー」
二人の男は、大袈裟に哄笑した。
「お二人は、何をしてらっしゃるのですか?」
「何もしとらん。これからするんや」
一樹は、にっこり笑った。
「実業家さんですか?」
男の機嫌が目に見えて良くなった。
「そうや、そうや」
「ちなみに元手は……?」
男の顔色がサッと変わって、怖そうな、暴発しそうなものに変わった。
「あんたに関係ないわ。帰れ」
一樹は玄関から押し出された。
二階の人間も訪ねて回ったが、はかばかしい結果は得られなかった。警察なんて見てない。木の根元が掘り返されていたのも知らない。怪しい人間なんて見てない。あんたが怪しい。そして、アルバイトを除いた定職についている人間が一人もいなかった。一樹の205号室の隣の203号室の水商売風、むしろ風俗風のフリーターの女には、
「あんただって『フリー』なんでしょう!」
と顔や胸を叩かれながら、部屋を辞した。
フリーター……と自分で答えた矢先に、勝手に怒り出したのだ。
アパートの両隣と、向かいの三軒(このうち一軒は、幅四メートルはある、立派な構えの豪邸だ。どうして寂れたこの辺りに家を建てたのか)も同様に訪ねて回ったが、ほとんど証言は得られず、また年金暮らしの人が多かった。
「怪しい人と言っても、この辺りは、夜中に徘徊すると言うか、うろつく人はしょっちゅういるからね。ほら、水商売の人とか、ニートとか。隣町のパチンコ店への通り道だし。変わったことは何もないよ」
「そうですか。ありがとうございます」
丁寧に答えてくれた、間口の狭い家に住む、足の悪い老人に頭を下げた。
豪邸だけが、玄関前の上部に防犯カメラを取り付けてあったが、
「警察でもない方に見せるのは気が進まない」
と最近の映像を見せてもらうことはできなかった。筋肉質の恰幅の良い、幅の広い顔をした中高年の男性だった。こざっぱりとしたものの良さそうな紫のポロシャツを着ていた。
次の日の午前中の十時に、町会に連絡した。アパートの名前を告げて、その周辺に監視カメラは取り付けてあるか、聞いてみた。実は、昨日確認したところ、アパートをもしかしたら端に映しているかもしれないという位置の電信柱の上部に、黒い半球の硝子がつるりと光るそれらしきものが取り付けられてあった。硝子は、柱から柱の高いところに渡された電線を丸く歪めて映していた。
電話に出た女性は、すぐに旦那らしき人間に代わった。
「はい。町会長の駒田です」
「私、藤堂と申します。コーポ大西というアパート周辺に監視カメラは取り付けてあるでしょうか?」
「さあ、どうだったかな。ちょっと行ってみなくちゃ分からないよ。今から行こうか?」
「お願いします。こちらの住所を伝えた方がいいですか?」
「うん。じゃあ、一応……」
住所を教えてから電話を切った。
表で待っていると、十五分ほどで肥満体の老年の男性がやって来た。事なかれ主義のやる気のない福の神みたいな顔をしている。照り付ける日光に汗を流しながら、カメラを仰ぎつつこちらを認めた。
「藤堂さん?」
「はい」
「あー。あのね、ここね……。防犯カメラは警察関係者以外見せられないことになってるんだわ。さっき市の条項を確認したら」
「町会と市は独立しているのでは……?」
「いやいやいや。見せたら私が怒られるの。しかし暑いねえ。蒸して嫌だよ」
一樹は、何か腑に落ちないものを感じると同時に、暑いのに加え、空腹を覚えた。
「そうですか。ありがとうございます」
あー、暑い暑い。参った参った、と言いながら、狸のような腹に手を当てて、町会長は回れ右して帰っていった。




