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足立は、自殺しようとしていたところを教祖に拾われたと簡単に一樹に説明した。
「拾われたと簡単に仰いますが、どういう状況だったのですか?」
「首吊りを邪魔されたのですよ」
「どういう風に?」
「さあ、どうでしたかね」
足立は言葉を濁した。
「失礼ですが、その時ご職業はありましたか? 足立さんに」
足立は頭を掻いた。
「あなたのご職業も本当に面倒に見受けられますね。私は会社を辞職してから首を吊ろうとしましたよ」
一樹は少し伸びたままの前髪を耳にかける仕草をした。
「本当に面倒で。どうして首を吊ろうと考えたのですか?」
「そうですね。漠然と何もかもが虚しかったので」
一樹は少しだけ目つきをきつくした。
「そんな人は他にも沢山いるとお考えになりませんでしたか? 漠然とじゃなくて、何か言い訳できないものですか?」
一樹の目つきは鋭く、口調はやんわりとしていた。
「そんな人は沢山いて、そんなことへの対処は人の数だけあるでしょうね」
今現在、この時が満ち満ちている一樹は、足立の返答の冷静さと行為の情けなさの不一致を鼻で笑いそうになったが、よくよく考えると、一理あるとも言えない返しだった。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
「そうですね」
一樹は息を吸った。
「足立さんが、どういう子供でどういう育ち方をされたのか、お聞かせ願えますか?」
暗く目を伏せた足立が、疲れたように息を吐いた。
「私ですか……」
物心ついた初めの記憶というのが、母が泣いている姿です。母はいつも泣いていました。でも、泣いている姿は一つのポーズというか、一つの状況、場所においてしか思い出せないのです。その一つのシーンが、何度別の泣き姿を見ても、それらに塗り替えられないのですよ。
どんなポーズ?
畳の縁の奥にある台所にくずおれて、身体をもたれさせて、ペラペラの薄いスカートから細くて白い足をいかにも可哀想に流して、顔を両手で覆って、声を上げずに泣いているポーズです。白い惨めなブラウスみたいなシャツみたいなポリエステルを着て……。
ポリエステルを分かるくらいの歳?
いえ、記憶が鮮明だから、後からその映像を頭の中で見て、ポリエステルの印象を持ったんですよ。
いいじゃないですか。記憶の話で、事実の話じゃないんだから。
まあ、事実らしいこともお話ししますよ。
母は美人でしたよ。それで、その美人の母がなぜ泣いていたかというと、これがいつまで経っても、今になっても分からないんですね。
それで、泣きながら洗濯をして、泣きながら食事を作って、泣きながら時々来る男の人から茶封筒――生活費じゃないかな――を受け取っていたんですね。で、これが私にとって厄介だったんでしょうが、母は、その美しい顔で涙に濡れた儚い薄い笑顔を作って、
陽ちゃん、ご飯作ったよ。ああ、食べてくれて良かった。作ってあげたんだもんね。
お洗濯してあげたよ。置いておくね。
今考えると、ちょっと恩着せがましい母親というか、普通の事をしてくれていただけだったんだけれど、子供の私は、
お母さんに、何かしてあげなきゃ。お母さんのために何かしなきゃ。
そう思わせられていましたね。
六畳一間の謎の収入で暮らす母子家庭。それが私の育った家の客観的な状況です。
いつの間にか、私の生きる基準は母が喜ぶか、母の為になるか、そういうことになっていきましたし、自分の好き嫌いも分からないまま自殺を一度決意するところまでいきました。
ええ、そう。疑問を感じないのが不思議ですよね。自殺しようと思ったのが、三十七。それまでの間、大人らしい意志を持たなかったのですから。母の意志を必死に身の内に宿そうとして、宿していましたから。
学校では、いつも休み時間に勉強していました。自分のやりたいことなんて無いから、勉強するしかないんですよ。母以外の人間に興味を持つこともありませんでした。
だもんで、家でも何の目的もなくドリルをひたすら解いていましたね。教科書の内容でもなんでもいいから心や頭に突っ込んでおくと、不安がなんだか解消されたので。
で、成績優秀でしたよ。テストの点がいいと、母が惚けたユリの花みたいに微笑むのが見られましたし。
そうですよ。母は呆けてたんですよ。
高校の担任に、息子さんを大学にあげるおつもりはありませんか? って三者面談で聞かれた時も、迷子の老人みたいにしくしく泣いただけですから。
そして、反抗を示さない、不良にも非行にもならない私はグズですね。
高校を卒業してから、ここの土地の地方銀行の事務として勤めました。
苦情処理が上手かったですよ。
家に帰ると、色んなことを面白おかしく話して、皿洗いをして、朝は洗濯して、ゴミをまとめて出して、労りの言葉を掛けて、たまに美味しいものや喜びそうな部屋の装飾を買ってきて、ずっとそうやってきました。
母は、簡単な料理と、掃除はずっとしてくれました。
一年に一回くらい、泣くのが専門のはずの母が取ってつけたような理由で怒り出して、喉が破裂するような声で喚き散らすことがあるんです。
その時、私の目には母が、「母」ではなくて「女」に見えるんですが、そういう時、
「お母さん、お風呂場、そろそろ綺麗に磨いたらどうかな?」
って言うと、メス猪みたいになった母は逆立った毛を落ち着かせたように、握った拳を解き、開いた両腕を下して、穏やかになって掃除をし出すんです。
母が心穏やかに生きられるように。
それが私の生きる道でした。
宥めたり、頷いたり、面白がらせてあげたり。
でも、本当はおかしいんですよね。そんな親子は。親は、子供が一人の人間としていつか歩き出せるようにするために子供を育てるはずなのに、親のそばにいて親の為に生きるために育てるなんて――。
今更、詮無いことですね。
とにかく、そういう子供で、そういう育ちですよ。




