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騎士団長の誰かが、魔王軍  作者: 自ら


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監察報告書(一)ifその1

監察報告書

 宛 国王陛下  差出 監察官 エリアス・ヴェント


 一、魔王軍への内通者は、二名である。

 第七騎士団長ヨルグ・ヴェルナ。経路は特定され、閉鎖された。

 第五騎士団長アルノー・ギース。手口は、輜重の実数に基づく文書の合成と、集配経路への投下。目的は、総攻撃の阻止による終戦。証拠は、投下日と巡察日の包含、帳簿数字の筆癖の一致、暗号紙片の平文、および本人の自認。


 二、漏洩の全容は、解明された。残存する未知の経路は、ない。


 三、既に敵手に渡った情報の範囲は、二名の供述および記録によっても、全量の算定に至らない。漏洩は今後、生じない。過去に流出した情報は、回収できない。

 以上、事実のみを記す。



------------



 ――この報告書を、私は書いた。

 第十六日の夜、白紙を前に、ペンを取って、私はこれを書いた。一字一句、事実だけを。祈りも、憶測も、私の望みも書かずに。あれから、二年になる。

 報告書は夜のうちに勅使の手に渡り、明け方、王の名で裁可が下りた。第十七日の暁、王国軍は渡河した。

 私は司令部の丘から、それを見ていた。渡河は、教本のように進んだ。三十六艘と修理上がりの四艘が兵を運び、あの男の帳面の通りに、矢と糧が前へ流れた。昼までは、勝っているように見えた。

 夕刻、対岸の左翼が沈黙した。夜、右翼が崩れた。三日目に、渡河点そのものが焼け落ちた。

 敵は、待っていた。

 なぜ待てたのかを、当時の私は知らない。知るのは、ずっと後だ。敗走と、講和と、戦後処理の二年の間に、捕虜の証言や、敵の手に渡っていた文書の写しが、少しずつ戻ってきた。それを繋いで、いまの私が推定できることを、推定の印をつけて書く。

 敵は、六年分のヴェルナの紙を持っていた。総攻撃の骨子は一月前に固まり、そして骨子は、変更されないまま走った。「特定・閉鎖」の認定が、変更を求める声を焼いたのだろう。穴は塞がった、なら計画は無傷だ、と。認定は、そういう風に働く。私の報告書が、そう働かせた。

 アルノー・ギースの処刑は、発起の三日後だった。軍法会議は一日で終わった。前線が崩れ始めていた日で、立会は少なかった。私は、行った。

 彼は最後まで、いつも通りだった。刑場へ歩く途中、彼は私を認めて、少しだけ足を緩めた。

「お前は正しい。俺が間違っていたのかもな」

 それだけ言って、また歩いた。彼の言った「間違い」が、終戦を望んだことなのか、方法なのか、算術なのか、それとも私に委ねたことなのか――訊く時間は、なかった。永遠に、ない。

 彼が運んだ総量は、結局、誰にも分からなかった。軍の尋問でも、敵側の記録でも、全量は出なかった。俺が運んだ量は、俺が一番知らない――ヨルグ・ヴェルナの言った通りになった。ヴェルナ自身は、敗走の混乱の中で移送記録ごと消息を絶った。処刑の記録も、釈放の記録もない。谷の男の行方を、王国の紙は最後まで書けなかった。

 戦線は二月で百里下がった。講和は、冬に結ばれた。灰の谷は、国境ごと向こう側になった。

 この二年、私は戦後処理の文官として、接収と返還の目録を作り続けている。先月、その仕事で、焼け残った前線司令部の書庫跡に入った。崩れた棚の下から、綴りが出た。監察報告書、写し。私の名前が、差出の行にあった。

 私はそれを、灰の匂いのする床に立ったまま、最後まで読んだ。

 一、内通者は二名である。事実だ。二、全容は解明された。事実だ。三、全量の算定に至らない。回収できない。……その通りになった。算定できないものが、渡河点で待っていた。私は不確実まで、正確に書いた。それでも読まれたのは、閉鎖の二字だけだった。六年分の紙と、変更されない骨子と、認定を信じた軍。それは監察官の所掌ではない。所掌ではないと、あの夜の私は、正しく判断した。

 祈りも、憶測も、望みも書くな。事実だけを書け。

 教えの通りに書いた。師よ、私は教えの通りに書いた。

 四十七人の隣に、数千人の行が増えた帳面を、いまは私が引き継いで数えている。数えながら、時々、あの夜の白紙を思い出す。ペンを取る前の、まだ何も書かれていなかった一枚を。あの白紙の上でだけ、戦争は止まっていた。

 報告書は、一言一句、正しかった。

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