監察報告書(二)ifその2
監察報告書
宛 国王陛下 差出 監察官 エリアス・ヴェント
一、魔王軍への内通者として、第七騎士団長ヨルグ・ヴェルナを特定し、拘束した。同人の用いた経路は、閉鎖された。
二、ただし、敵手に渡った情報の中に、閉鎖された経路では説明のつかないものが、一件存在する。冬営の穀の集積、九千二百六十石。この実数を記載して回覧された文書は、全記録を検しても存在しない。実数は、輜重の内部帳簿にのみ在る。何者かが、回覧の外で、この数を敵に渡したと認めるほかない。
三、当該の第二の経路を、監察官は辿れなかった。その存在を否定できず、全容は、なお不明である。経路が現に閉じている保証は、ない。
以上、事実を記す。
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――この報告書を、私は書いた。
第十六日の夜、白紙を前に、ペンを取って、私はこれを書いた。事実を並べ、そのただ中に、一つだけ、事実のふりをした一行を置いて。あれから、二年になる。
報告書は夜のうちに勅使の手に渡り、明け方、裁可は下りなかった。総攻撃は延期された。「全容、なお不明」「経路が閉じている保証はない」——王の手を止めたのは、過去の総量ではなく、いま漏れているかもしれない、の一行だったと聞く。
攻めよ、の声は消えなかった。一人捕まえたではないか、と。だが報告書の物証は、本物だった。九千二百六十石は、誰が検算しても九千二百六十石で、その紙は、誰が探しても存在しなかった。よく作られた嘘は、本物の数字だけでできている。私はそれを、この戦争で一番よく知っている男から学んだ。
延期は、秋を跨いだ。冬が来て、両方の国庫が音を立てた。この規模の攻勢は、二度と組めない——どちらの側の帳面も、同じ答えを出した。窓は、閉じた。
春に、停戦が成った。魔王国の側では、老いた氏族の声が通ったと聞く。国境は一里も動かないまま、八年の戦争は、書類の上で終わった。誰も勝たなかった。ただ、それ以上、誰も死ななかった。
停戦に不満な者は、いまも多い。「あの時攻めていれば」——その言い方は、もう一つの伝承句になった。酒場で、練兵場で、退役者の集いで、人はそれを言う。第四の元団長も、言う側にいると聞く。彼女は九年目の朝も、十年目の朝も、指を折り続けているのだろう。折り方だけが、変わって。私はそれを笑えない。あの人たちの八年は本物で、私が止めた数千の死も本物で、二つの本物は、最後まで同じ帳面に載らない。
ヨルグ・ヴェルナは、吊るされなかった。裁きは停戦を挟んで長引き、終わった戦争の裏切り者は誰の見せしめにもならず、北の要塞に幽閉されて、いまもいる。谷の唄を、覚えたままで。
アルノー・ギースは、停戦の半年後、軍を去った。中継所の管理不備——監査で指摘された、あの破れ目の監督責任を問う査問を、彼は自分から請じた。降格と、退役。荷馬車一つで前線を離れたと、帳面の引き継ぎの書類で知った。
私は、見送りに行かなかった。二年、一度も会っていない。手紙もない。
会えば、あの一行は共犯の顔になる。嘘は、私一人の名で綴じておくと決めた。彼の帳面に載る必要はない。あの人の帳面は、もう十分に重い。
私が抱えているものは、一つだけだ。
殺害は、十二日目に決着した。調書があり、自白があり、裁きの手続きは踏まれた。世界にとって、あの事件は閉じている。閉じていない頁を持っているのは、私だけだ。第七日の一葉。餌の置かれた日に、師は中継所へ行き、帰らなかった。置いた男は知り得ず、知り得なかったことを言い訳の欄にしか書けないと言い、自分の帳面で、自分を裁いていた。
その帳面ごと、私は黙った。誰にも裁けない形の因果は、いまも私の抽斗の中で、誰にも読まれない頁のままだ。時々、開く。開いて、読んで、閉じる。それが私の、誰にも命じられていない定時報告だ。
師よ。あなたの報告書の、抜かれた三枚を、私は書き直した。書き直した紙は王に届き、戦争を止めた。そして、その三項は、嘘だった。事実だけを書けと教えた人に、私はまだ、これを説明できていない。あなたのペンは、あの夜、嘘の行も、事実の行と同じ滑らかさで書いた。道具は選ばない。選んだのは、私だ。
王都の監察局に、私は戻っている。仕事は変わらない。紙を読み、書いたことと、書かなかったことを読む。若い監察官に、綴じ方を教えることもある。紐は表で結べ、と教えている。
私は今も、王に仕えている。
あの一枚の嘘と、一緒に。
--あとがき--
三十三話、お読みいただきありがとうございました。
二つの報告書のどちらを正史とするかは、監察官殿の後任——あなたに委ねます。
目次を、もう一度。夜の話の頭だけ、できれば声に出して。
(完結)




