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騎士団長の誰かが、魔王軍  作者: 自ら


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30/33

類のない、誠実な裏切り

第十五日――総攻撃まで、あと二日。

 午後、私は最後の検算をした。

 第一日の朝、着任と同時に預かった、あの読めない紙片だ。十四日間、物入れの底で眠っていた一葉を机に置いて、初めて「読める目」で見た。数字の底が、定規で引いたように揃っている。癖B。昨夜、帳簿の海で見たのと同じ手だった。

 地誌を開いて、十五の三つ組を、一つずつ引いた。

 紙。は。嘘。を。運。ぶ。

 途中で手が止まりかけたが、止めずに最後まで引いた。

 紙は嘘を運ぶ。運ばせた男を捜せ。

 私は書き上がった一文を、長いあいだ見ていた。

 第五日の一葉も、引いた。中身は、彼の帳場の内からしか出ない数字だった。文面は、ここには書かない。報告書に書く。

 十五頁の二行目が、目の端にある。川は嘘を運ばぬ。谷の言い伝えだ。この一文は、その裏返しだった。鍵の本の頁から、鍵の本の諺を裏返して、鍵の本の字で書かれた——自白だ。

 そして、宛先を考えた。

 この紙は、鍵を持たない者には数字の羅列で、鍵を持つ者にだけ文になる。書いた男は、それを知って書いている。つまりこれは最初から、「いつか鍵に辿り着く誰か」に宛てられていた。軍が拾えば保全記録に眠り、読める者が現れれば、届く。第一日の朝、着任した私の机に載った一葉は、十四日かけて届いた、手紙だった。

 運ばせた男を、捜せ。

 捜し終えている。招かれているのなら、行くだけだ。

 第二日の通行記録を、思い出していた。午前に彼が通った集配台を、午後の私が検めていた。初日から、同じ台の上で、すれ違っていたのだ。

 夕刻、第五騎士団の帳場を訪ねた。倉の脇の、灯りの早い部屋だ。アルノー・ギースは帳簿の前にいて、私を見ると、いつも通りに立ち上がった。


「監察官殿。報告書の確認ですか。補給の数字なら――」

「読んでいただきたいものが、あります」


 私は机の上に、紙を順に置いた。

 二つの日付の列の写し。九千二百六十石の突合の記録。第五日の紙片とその平文、彼の帳簿の数字を並べた対照。そして最後に、第一日の紙片と、その平文。

 彼は座り直して、読んだ。一枚ずつ、丁寧に、監査の初日に請求一覧を検めたときと同じ手つきで。長い時間だった。灯りの油が音を立てるのが聞こえるほど、部屋は静かだった。

 読み終えると、彼は紙の角を揃えて、私の方へ戻した。


「……ここまで読んだ人は、初めてです」


 否認は、なかった。


「一つだけ、先に言っておきます。第七の彼を先に見つけたのは、あなたではない。私です。四年前、移送目録で彼の本に、目が留まった。『辺境地誌 改訂版』。四度の移営で四度、版まで同じ地誌を几帳面に運ぶ男。気には留めましたが、それだけです。帳面の違和感は、帳面が裏を取るまで寝かせる。——一年前、検品で、数字だけの紙片を拾いました。荷に紛れた、宛先のない一葉を。あとは、あなたと同じです。帳面は、人を読める」

「では、四年前から」

「知っていて、使いました。彼の経路に、私の紙を乗せた。彼は知りません。今も知らないはずだ」


 彼は帳簿を閉じて、両手を膝に置いた。それから、静かに話し始めた。誰よりも協力的な男は、自白においても、誰よりも協力的だった。


「目的から言います。終戦です。八年、私は両軍の胃袋を数えてきた。矢を数え、穀を数え、馬車を数え——そして、輜重は死者も数えるのですよ、監察官殿。後送の馬車の帳面でだ。往路に矢を運んだ車が、復路に何を何人運んで戻るか。八年分、私の帳面には全部ある。数えられるものは、いつか尽きる。両方の国庫が尽きる前に、両方の若者が尽きる。私の帳面では、そうなっています」

「だから、作戦を売った」

「売った、は正確ではない。差し上げたのです、対価なしで。方法は二つ。一つは、彼の経路に乗せる紙。台帳の実数を書き写して、迷子のふりをさせて、巡察の朝に置く。彼が拾えば運ばれ、拾わなければ屑になる——どちらでもよかった。急ぎのときは、私が直接置いた。壊滅に繋がったあの一枚は、そちらです」


 彼はそこで初めて、少しだけ間を置いた。


「四十七人。私の勘定に入っています。言い訳はしません。攻めれば数千が死ぬ計画を潰すために、四十七人が死ぬ情報を流した。それが私の算術です。正しいとは言わない。ただ、私はその算術で八年生きてきて、別の算術を持つ人たちのことも知っている。第四のロンド卿の八年も、私の帳面に載っています。焼けた館も。……それでも、生きている者の列の方が、長い。私は長い方の列を守ることにした。それだけです」

「漏洩を、わざと気づかせた」

「ええ。八年、静かに流すだけでは戦は終わらなかった。だから最後は、足のつく漏洩に切り替えた。王国が『漏れている』と知れば、総攻撃は延びる。延びれば、窓が閉じる。今年の窓が閉じれば、この規模の攻勢は、もう二度と組めない。両方の国庫が、許さない」

「一人捕まれば、軍は慎重になる——そう、読んでいた」

「読み違えました」


 彼は頷いた。


「彼が捕まって、軍は慎重になるどころか、走り出した。穴は塞がった、と。……通達を読みましたか。『終息したものと認める』。認める、ですよ。軍が必要としているのは真実ではなく、認定なのだと、あの一行で思い知りました。私の誤算です。彼一人の逮捕は、蓋になってしまった」

「なら、なぜ動かなかった。第二の経路がある、と一枚囁けば済む」

「済みません」


 即答だった。


「私が匿名の紙を一枚流せば、その紙には私の手の匂いがつく。作られた疑義は、調べれば作為が出る。作為が出れば、主戦派はこう言う——『敵の攪乱工作である』と。そして疑義ごと焼かれて、機密は回復し、攻撃は走る。疑義というものは、監察官殿、あなたのような人が、誰にも頼まれず、独力で、紙だけから拾い上げたときにだけ——報告書の中で、生きるのです」


 だから、待った。この男は、職務を完璧に続けながら、ただ待った。


「私の名を書いても、同じことです」

 

 彼は続けた。


「アルノー・ギースが第二の内通者だった、特定した、閉鎖した——それは通達の二枚目になるだけだ。特定は閉鎖に、閉鎖は機密回復に変換される。私の首は認定の材料にしかならない。私に必要なのは、私の名ではない。『全容、なお不明』の五文字が、王の読む報告書の中で、生きていることです。それだけが、王の手を止める」

「あなたが来なければ、と考えたことは」

「発起の前夜に、名乗り出るつもりでした」


 彼は初めて、疲れたように笑った。


 「最弱の手段です。自首は、作られた疑義の最たるものだ。半分も信じてもらえず、よくて攻撃が一日延びる。それでも、何もしないよりはましだと——そこまで追い詰められていた。あなたが今夜来たことで、その必要はなくなりました」


 私は、最後に残していた問いを出した。


「第七日の一葉」


 彼の顔から、笑いが消えた。


「餌を置いた日の夜、モロー卿は中継所にいた。あなたは、知っていたのか。知り得たのか」

「知り得ませんでした」


 声は静かなままだった。


 「私が決めるのは、置く日だけです。彼がいつ回収に出るか、誰があの夜あそこを検めるかは、私の帳面の外だ。モロー卿が何かを追っていることすら、私は知らなかった。——ですが」


 一拍あった。帳簿の男の、記帳の間のような一拍だった。


「モロー卿は、私の勘定に入っています。四十七人の、隣の行に。知らなかった、というのは、帳面では言い訳の欄にしか書けない。私の紙があの夜あの場所にあなたの師を立たせたのなら、その死の遠因は、私です。誰にも裁けない形の因果ですが——私は自分の帳面では、裁いてあります」


 私の師であることを、彼は知っていた。驚かなかった。葬送を差配した男だ。台帳を見れば、分かる、と言った男だ。

 沈黙が、長く続いた。灯りの油が、また鳴った。


「身柄は」


 私は言った。


「逃げませんよ。逃げれば、疑義が私の形になって焼かれる。明日も明後日も、私はいつも通り、この帳場にいます。兵站に空白は作らない——それが使われる計画であれ、使われない計画であれ」


 彼は立ち上がって、窓の外の倉の列を見た。それから振り返って、この十五日間で一番静かな声で、言った。


「あなたは十五日で、誰にも頼まれなかった仕事を、ここまで運んだ。あとは一枚だけです。真実を全部書けば、私は正しく処刑され、認定が立ち、攻撃は走る。書かなければ——いや、これは私が言うことではないな」


 彼は頭を下げた。監査の初日と、同じ角度だった。


「で、監察官殿。報告書には、何と書く?」

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