裏切り者は、静かに頷いた
第十一日――総攻撃まで、あと六日。
朝の摘要を、私は対応表の横に置いた。
ケレトの瀬。双子瀬。灰輪川旧渡し。
件B。哨戒線再編の通達、第七宛の写しにだけ仕込まれた、三つの警戒指定。一字も違わず、三つとも、敵の杭列になって川岸に立っている。
網が、囀った。
落ち着け、と自分に言った。証明を混ぜるな。昨夜わかったのは、師が網を張っていたことだ。今夜わかったのは、その網に獲物が掛かったことだ。別々の証明だ。網の存在は、師の手癖が教えた。網の獲物は、敵の杭列が教えた。そして杭列が教えているのは、正確にはこうだ——第七騎士団宛の写しの内容が、敵に渡った。
写しは、団を指す。まだ、人を指していない。
二段目を、既に持っている材料だけで組む。
一。写しに触れられるのは団長級の権限だけだ。監査の初日に、私は自分の足でそれを検証した。第七の陣に、写しを扱える者は一人しかいない。
二。その一人は、文書を人に触らせない。三日目の一巡で、この目で見た。提出済みの控えを、彼は自分の手で示した。副官にも書記にも渡さず、地図の前から一歩も動かずに。削ぎ落とす完璧さ。あの完璧さは、管理の癖であると同時に、独占の癖だ。
三。第七の哨戒担当区は、中継所を含む。破れ目のある、あの集配の結節点を、彼の団が毎夜巡回している。拾うのに、忍び込む必要すらない。
団長級の権限。文書の独占。破れ目への日常の接近。三つの線が、一つの名の上で交わった。
ヨルグ・ヴェルナ。
私は名簿の第七の行を、長いあいだ見ていた。灰の谷出身、魔族系——名簿の摘要の続きが目に入って、そこで、確かめるべきことを確かめた。この推論のどこかに、彼の出自を使った箇所があるか。一から三まで、指でなぞり直した。権限。癖。担当区。……ない。出自は、この推論のどこにも要らない。要らないことを確かめてから、私は立ち上がった。
参謀次長フェルゼンの執務室には、まだ灯りがあった。
私は懐から、十一日間持ち歩いた帯封の勅書を出して、机の上に置いた。
「開封には、立会をお願いします」
フェルゼンは封の王璽を一目見て、それから私の顔を見た。長い沈黙のあと、彼は言った。
「……監査では、なかったのか」
「監査でもありました」
帯封を切った。十一日ぶりに開いた勅書の文言は、王城の小さな部屋で読み上げられたときと同じだった。内通者を特定したとき、監察官に身柄の拘束を命じる権限を与える。前線司令部は、これに兵力を付すべし。
フェルゼンは二度読んで、静かに息を吐いた。
「名は」
「ヨルグ・ヴェルナ。第七騎士団長」
彼は問い返さなかった。証拠は、と訊かれれば、朝までかけて説明する用意があった。だがこの老練な文書屋は、王璽と、十一日間の私の顔だけで足りると判断したらしい。衛兵の分隊が、四半刻で整った。
第七の陣は、灯が少なかった。
天幕の中で、ヨルグ・ヴェルナは灯りの下、地図の前に立っていた。十一日前と同じ姿勢で。私が衛兵と共に入っても、彼は驚かなかった。顔を上げて、私を見て、それから私の後ろの衛兵を数えるように見た。数え終わると、視線は私に戻った。
「監察官殿」
「勅命により、あなたの身柄を拘束します。嫌疑は、魔王軍への内通」
私は言うべきことを、法の言葉で全部言った。彼は最後まで聞いた。聞き終えると、地図を一度だけ振り返った。八年間、彼が守り続けた哨戒線の地図を。それから、両の手首を揃えて、前に出した。
ヨルグ・ヴェルナは、抵抗しなかった。
「……長かった」
と、故郷の音で言った。
読んで下さりありがとうございました!
★★★★★評価と[[[ブックマーク]]]、リアクションお願いします!
Youtubeにて作品公開中!
http://www.youtube.com/@mizukara-h2z
ご感想やご質問など、ぜひコメントでお聞かせください。




