最初の紙は、嘘から届いた
第一日――総攻撃まで、あと十六日。
王国と魔王国の戦争は、八年目に入っている。きっかけは国境の資源地――灰の谷の取り合いだったと言われるが、八年も経てば、始まりの理由を正確に言える人間のほうが少ない。
国境線はもう三年動いていない。動かないまま、両国の国庫と若者だけが減り続けている。
その膠着が、十六日後に終わるかもしれない。王国軍は総攻撃を決めた。参謀本部の見立てでは勝算はある。魔王国の消耗は、我々よりも深いからだ。ただし、条件がひとつ。
作戦が、漏れていなければ。
二十日前、第六騎士団の前哨部隊が消えた。四十七人、魔王軍の待ち伏せだった。敵はこちらの進路を知っていた。
進路を記した作戦文書に触れられるのは、騎士団長級の権限を持つ者だけ――つまり、あの丘で四十七人を殺した最初の一撃は、剣ではなく、どこかの机から放たれている。
私の名はエリアス・ヴェント。王都監察局の文官だ。腰に剣は帯びているが、抜いたのは任官式の礼法で一度きり。代わりに、私は読む。人が紙に残すもの――書いたことと、書かなかったことを。
今朝届いた軍報も、紙としてはひどいものだった。戦時の再漉きで、繊維の奥に前の文書の墨が幽霊のように残っている。それでも読み取れることはある。「監査」の二字だけ、筆圧が強い。厄介事だと思って書いたのか、ただ力の入る癖なのか――そこまでは、紙には残っていない。
紙は喋る。ただし、書かれたことしか喋らない。
王は総攻撃の裁可を保留した。「調査の結果を待つ」と。私が王城の小さな部屋で受けた命は、二重だった。
表は、決戦前の文書統制監査。裏は、漏洩の調査――容疑者は、十人の騎士団長。
懐には帯封の勅書がある。開いていいのは内通者を特定したその時だけで、それまでの私は、帳簿の埃を数えに来た退屈な文官だ。そう見えていなければならない。
着任の挨拶に出てきた参謀のひとりは、私の顔を見ると、気の毒そうな笑みを浮かべた。
「これはこれは、監察官殿。王都から十日の道中、ご苦労なことです。しかしまあ、間の悪い話でもある。実を言えばですな、漏れた口なら、もう塞がっておるのですよ。ヘム団長です。お聞き及びでしょう――壊滅したのは彼の前哨、漏れたのは彼の進路。そして彼が死んで以来、漏洩の報せはぱたりと絶えました。死人に口なし、とはよく言ったもので。参謀本部の中には、この時期の監査そのものを『いまさら』と言う者もおります。いや、あなたを責めているのではありませんよ。ただ、あなたのお仕事が空振りに終わることを、心から祈っております」
好意的に訳せば、歓迎の言葉だ。死んだロタール・ヘムが内通者だった――司令部の半分は、そう思いたがっている。死者を犯人にすれば、誰も傷つかないからだ。死者のほかは。
私は曖昧に頷いて、それ以上は聞かなかった。決めていることがある。この十六日、私の口が出すのは監査の言葉だけだ。
相手は一軍を預かる団長たち――監査と関係のない問いをひとつ口にすれば、「なぜそれを聞く」が生まれる。生まれたら、終わりだ。
口は監査、目は捜査。
だから私は、漏洩のことは誰にも訊かない。訊く代わりに読む。
執務室で名簿を開く。十人、いや、生きているのは九人。目が上から順に落ちていって、第七の行で止まった。
ヨルグ・ヴェルナ。灰の谷出身、魔族系――敵国の、種族。
と、そこまで滑った自分の目を、私は恥じた。紙より先に血筋を読む者は、監察官の名に値しない。
摘要の続きにはこうある。開戦初期に忠誠審査、潔白判定。八年前、この男は軍の疑いに紙で答えて、紙で潔白を勝ち取っている。私が読むべきはその紙であって、彼の生まれた谷ではない。
灯を落とす前に、今朝の軍報をもう一度取り上げ、末尾の一行を指でなぞった。「なお、本件に関する追加の調査は予定されない」。
予定されない調査のために、私は王都から十日かけて来た。着いた朝の最初の一枚が、もう嘘を運んでいる。
上等だ。
この軍の紙は、どこかで嘘をついている。
私の仕事は、その頁を探すことだ。




