↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士団長の誰かが、魔王軍  作者: 自ら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/33

どの頁を、誰が抜いたか

第八日――総攻撃まで、あと九日。

 昼前に、詳報が届いた。

 第九騎士団長ガーヴィン・モロー。第八日未明、灰の谷北方の哨戒線付近において、魔王軍斥候の襲撃を受け、戦死。

 戦死。

 私はその二文字を、読んだ。読んで、もう一度読んだ。三度目は、読めなかった。目は文字の上にあるのに、意味が像を結ばない。紙を読むことが仕事の男が、二文字を読めずにいた。

 安置の天幕へ行った。

 行って、見て、戻った。何を見たかは、書かない。書けないのではない。私の目が覚えているものは、報告書に書くべき事実ではないからだ。一つだけ書く。あの人は、静かな顔をしていた。それだけだ。

 最期の様子を、想像しかけた。夜の道、外套の襟、乾いた足音、そこへ――やめた。

 想像は、事実ではない。事実だけを書け。祈りも、憶測も、お前の望みも書くな。

 ……事実だけを、と教えたのは、あなただ。

 午後、原本が届いた。詳報に添えて、監査に係る文書として請求していた分だ。文書課の写しではない、あの人の手の、あの人の紙。私は執務室の扉を閉めて、机の上を全部空けて、綴りを置いた。

 読む前に、数える。教わった通りに。

 表紙。標題、日付、そして記載。全七枚。

 現物を数えた。一、二、三、四。

 四枚。

 数え直した。一、二、三、四。指が震えていたから、もう一度。一、二、三、四。三度数えて、三度、四枚だった。

 表紙は全七枚と言っている。手の中には四枚しかない。三枚が、ない。

 綴じの紐を見た。師の結びは、表で終わる。十二年前、綴じ方から教わった。紐は表で結び、余りは穴に戻す。几帳面の極みのような結び方で、私は今もそうしている。

 この紐は、裏で終わっていた。

 解いて、結び直した者がいる。師の手ではない手が。穴の縁には、急いで通した毛羽が立っていた。

 最後の頁を見た。丁付、四/七。文は「即ち」で、頁の末尾ぴったりで終わっている。切れたのではない。続きの頁が、そこにあったのだ。五、六、七。あの人の所見の、核心の三枚が。

 私は椅子の背にもたれて、天井を見た。それから、もう一度、綴りを見た。

 考えろ。読め。

 敵の斥候が、夜の哨戒線際で王国の団長を襲う。あり得ることだ。八年の戦線では、あり得てきたことだ。だが、敵の斥候は、殺した相手の報告書の紐を解いて、七枚から三枚を選んで抜き、結び直して、残りを置いていくか。

 山賊は頁を数えない。斥候は、抜く頁を選べない。どの頁に何が書いてあるかを知らなければ、選べない。

 選べたのは、読める人間だけだ。

 王国の文字を読め、報告の書式を知り、どこからが核心かを見分けられて、そして、抜いた事実を隠すために結び直すだけの冷静さを持つ者。

 これは、戦死ではない。

 あの人は、読まれて、殺されたのだ。

 ――どれだけの間、そうしていたのか分からない。気がつくと、窓の外が暮れかけていて、廊下に物音がした。葬送の支度の音だった。

 出てみると、支度は、もう整っていた。

 棺。灯。護送の馬車と、儀仗の兵。明朝、遺体は王都の遺族のもとへ発つという。前線から王都まで護送を仕立てるのは、戦時には容易なことではない。それが、半日で整っていた。

 差配していたのは、アルノー・ギースだった。

 彼は私に気づくと、帳面を閉じて、静かに頭を下げた。


「監察官殿。……この度は」

「これは、あなたが」

「勘定は、私の仕事です」


彼は棺の方を見た。


「馬車も、護送の兵糧も、街道の宿次も、詰まるところは兵站ですから。せめて、道中で何一つ欠けないように。――良い方でした。第九の台帳は、軍で一番綺麗だった。台帳を見れば、分かります」


 台帳を見れば、分かる。

 この男も、紙で人を読むのだ。私は礼を言った。言葉は短くしか出なかったが、彼は気にする様子もなく、また頭を下げて、灯の点検に戻っていった。欠けのない葬送だった。あの人が生きて見たら、所見に「手配、健全」と書いただろう。


 夜。執務室に戻って、私は残された四枚を、もう一度最初から読んだ。

 回覧に破れなし。管守に外出の形跡なし。紙片二葉、同筆、筆の主は順路の内に見当たらず。経路は回覧に非ず、物流と共に在り。即ち。

 即ち、の先をあの人は書いた。書いて、奪われた。

 明日の朝、俺の報告を読め。全部そこに書く。

 ――それが、師の最後の教えになった。

 私は餞別のペンを取って、手帳の新しい頁を開いた。頁の頭に、こう書いた。

 第九騎士団長の報告、続葉三枚。所在不明。内容不明。ただし、存在した。

 存在したものは、書かれたものだ。書かれたものは、読める。誰かが読んで、奪ったのなら、私はその誰かごと、読み直すまでだ。

 抜かれた三枚を、私が書き直す。事実だけで。

 師は戦死していない。読まれて、殺されたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。