どの頁を、誰が抜いたか
第八日――総攻撃まで、あと九日。
昼前に、詳報が届いた。
第九騎士団長ガーヴィン・モロー。第八日未明、灰の谷北方の哨戒線付近において、魔王軍斥候の襲撃を受け、戦死。
戦死。
私はその二文字を、読んだ。読んで、もう一度読んだ。三度目は、読めなかった。目は文字の上にあるのに、意味が像を結ばない。紙を読むことが仕事の男が、二文字を読めずにいた。
安置の天幕へ行った。
行って、見て、戻った。何を見たかは、書かない。書けないのではない。私の目が覚えているものは、報告書に書くべき事実ではないからだ。一つだけ書く。あの人は、静かな顔をしていた。それだけだ。
最期の様子を、想像しかけた。夜の道、外套の襟、乾いた足音、そこへ――やめた。
想像は、事実ではない。事実だけを書け。祈りも、憶測も、お前の望みも書くな。
……事実だけを、と教えたのは、あなただ。
午後、原本が届いた。詳報に添えて、監査に係る文書として請求していた分だ。文書課の写しではない、あの人の手の、あの人の紙。私は執務室の扉を閉めて、机の上を全部空けて、綴りを置いた。
読む前に、数える。教わった通りに。
表紙。標題、日付、そして記載。全七枚。
現物を数えた。一、二、三、四。
四枚。
数え直した。一、二、三、四。指が震えていたから、もう一度。一、二、三、四。三度数えて、三度、四枚だった。
表紙は全七枚と言っている。手の中には四枚しかない。三枚が、ない。
綴じの紐を見た。師の結びは、表で終わる。十二年前、綴じ方から教わった。紐は表で結び、余りは穴に戻す。几帳面の極みのような結び方で、私は今もそうしている。
この紐は、裏で終わっていた。
解いて、結び直した者がいる。師の手ではない手が。穴の縁には、急いで通した毛羽が立っていた。
最後の頁を見た。丁付、四/七。文は「即ち」で、頁の末尾ぴったりで終わっている。切れたのではない。続きの頁が、そこにあったのだ。五、六、七。あの人の所見の、核心の三枚が。
私は椅子の背にもたれて、天井を見た。それから、もう一度、綴りを見た。
考えろ。読め。
敵の斥候が、夜の哨戒線際で王国の団長を襲う。あり得ることだ。八年の戦線では、あり得てきたことだ。だが、敵の斥候は、殺した相手の報告書の紐を解いて、七枚から三枚を選んで抜き、結び直して、残りを置いていくか。
山賊は頁を数えない。斥候は、抜く頁を選べない。どの頁に何が書いてあるかを知らなければ、選べない。
選べたのは、読める人間だけだ。
王国の文字を読め、報告の書式を知り、どこからが核心かを見分けられて、そして、抜いた事実を隠すために結び直すだけの冷静さを持つ者。
これは、戦死ではない。
あの人は、読まれて、殺されたのだ。
――どれだけの間、そうしていたのか分からない。気がつくと、窓の外が暮れかけていて、廊下に物音がした。葬送の支度の音だった。
出てみると、支度は、もう整っていた。
棺。灯。護送の馬車と、儀仗の兵。明朝、遺体は王都の遺族のもとへ発つという。前線から王都まで護送を仕立てるのは、戦時には容易なことではない。それが、半日で整っていた。
差配していたのは、アルノー・ギースだった。
彼は私に気づくと、帳面を閉じて、静かに頭を下げた。
「監察官殿。……この度は」
「これは、あなたが」
「勘定は、私の仕事です」
彼は棺の方を見た。
「馬車も、護送の兵糧も、街道の宿次も、詰まるところは兵站ですから。せめて、道中で何一つ欠けないように。――良い方でした。第九の台帳は、軍で一番綺麗だった。台帳を見れば、分かります」
台帳を見れば、分かる。
この男も、紙で人を読むのだ。私は礼を言った。言葉は短くしか出なかったが、彼は気にする様子もなく、また頭を下げて、灯の点検に戻っていった。欠けのない葬送だった。あの人が生きて見たら、所見に「手配、健全」と書いただろう。
夜。執務室に戻って、私は残された四枚を、もう一度最初から読んだ。
回覧に破れなし。管守に外出の形跡なし。紙片二葉、同筆、筆の主は順路の内に見当たらず。経路は回覧に非ず、物流と共に在り。即ち。
即ち、の先をあの人は書いた。書いて、奪われた。
明日の朝、俺の報告を読め。全部そこに書く。
――それが、師の最後の教えになった。
私は餞別のペンを取って、手帳の新しい頁を開いた。頁の頭に、こう書いた。
第九騎士団長の報告、続葉三枚。所在不明。内容不明。ただし、存在した。
存在したものは、書かれたものだ。書かれたものは、読める。誰かが読んで、奪ったのなら、私はその誰かごと、読み直すまでだ。
抜かれた三枚を、私が書き直す。事実だけで。
師は戦死していない。読まれて、殺されたのだ。




