謎は、動機に宿らない
第六日――総攻撃まで、あと十一日。
半日遅れの朝の文書を読み終えて、私は消去の作業に取りかかった。
容疑者が十人いるとき、監察官のやることは犯人探しではない。犯人でない者を、証拠で消していく作業だ。疑いは想像でいくらでも増える。だが消すのは、紙でしかできない。
今日は二人、消しにかかった。
一人目は、第二騎士団長ロズリーヌ・ヴァレ。
彼女には、九人の中で唯一の「敵と会った記録」がある。捕虜交換の交渉役として、この八年で四度、魔王軍の軍使と直接に言葉を交わしている。内通の経路として、これほど分かりやすい線もない。
だから私は、その四度を全部読んだ。
結論から言えば、分かりやすすぎた。交渉は全て軍使旗の下、立会人は毎回三名以上。発言は逐語で記録され、記録には立会人全員の署名がある。交換の名簿は事前に参謀本部の承認を経て、事後には相手方との突合まで残っている。
考えてみれば当たり前のことだ。公開の場での接触は、軍で一番よく見られている接触だ。密を運びたい人間が、三人の立会人の前で運ぶはずがない。敵と会った記録がある者は、敵と会ったことを隠している者より、よほど白い。
名簿の第二の欄に、線を引いた。接触歴、全て公式。経路たり得ず。
二人目は、厄介だった。第八騎士団長、ユスト・ブラン。
この老軍医は、九人の中でただ一人、終戦を公言している。防疫の報告書にすら「戦の長期化は疫の温床である」と書く人だ。動機、という物差しで測るなら、彼が第一容疑者になる。戦争を終わらせたい者が、戦争を終わらせるために作戦を売る――筋書きとしては、書けてしまう。
だから私は、動機ではなく動線を測った。
医務と防疫の文書は、作戦系の回覧と別の川を流れている。彼の団の受領印がある文書の綴りを三月分めくって、作戦文書の回覧順に第八の名が載った例は、一度もなかった。壊滅した前哨の進路も、総攻撃の骨子も、彼の机は通らない。読みたくても、読めない位置にいる。
午後、医務品の帳簿確認の名目で、天幕を訪ねた。老人は帳簿を若い衛生兵に運ばせて、自分は薬湯を啜っていた。
「監査のついでに、儂の顔でも検めに来たかね」
「帳簿だけです」
「つまらんな」
老人は笑って、それから、笑いを消さないまま言った。
「なあ、王都の人。儂は終戦論者でな。隠しもせん。軍の中では、それだけで半分裏切り者の扱いだ。だが一つ、数字の話をしようか。死者の数は、両軍で数えるとちょうど倍になる。当たり前のことだと思うかね。その当たり前を、この八年、誰も数えん。王国は王国の死者だけ数え、あちらはあちらの死者だけ数える。儂は医者だから、運ばれてくる方を数える。こちらの兵も、あちらの捕虜もだ。倍で数える人間が軍に何人いるか――少なくとも、儂の帳面には両方の数字が載っておるよ」
帳簿は、その言葉の通りだった。治療記録には王国兵と並んで捕虜の欄があり、どちらも同じ書式で、同じ精度で埋まっている。
私は礼を言って、天幕を出た。
夕刻の食堂は、岩麦の粥だった。列の少し前に、ユストとヨルグが前後して並んでいた。
「おう、第七の。今年の岩麦は当たりだの」
「岩麦は、雨の年がいい。今年は、いい年です」
「違いない」
器を受け取って、二人は別の卓に分かれた。私も自分の粥を受け取って、湯気の向こうで今日の消去を反芻した。
接触歴のある者が、白い。動機のある者が、白い。
手帳に、作業の所感を書いた。動機で追うと外れる。手続きは、嘘が下手だ。
書いてから、自分に釘を刺した。これは今日の作業の感想であって、法則ではない。裏返して「では動機なき者を疑え」と言い始めたら、それは推理ではなく占いだ。動機は白の証明にも黒の証明にもならない。証明になるのは、経路と、記録と、手続きの痕だけ。
それでも、消去の表を眺めると、妙な形をしていた。
死んだ第六は、死後の漏洩で消えた。第一は、変更が伏撃に寄与しないことで消えかけている。第二は、接触歴の完全さで消えた。第八は、動線の不在で消えかけている。
動機のある者から順に、白くなっていく。
この事件は、どこかが逆さまだ。




