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53 ちょっと寝てろ、姫さん

大聖堂の裏手は、回廊に囲まれた中庭になっていた。


白い列柱。手入れの行き届いた芝生。中央に、光の神の白い石像が立つ噴水。表の広場の喧騒が嘘みたいに、ここだけは、しんと静まり返っていた。


黒い外套の男は、その中庭を横切って、回廊の奥の、小さな扉へ向かって走っていた。


扉の向こうは、教皇宮へ続く地下通路だ。そこに逃げ込まれたら、追うのは面倒になる。


俺は、走りながら、右手を振った。


碧い炎が、手のひらから鎖の形になって、伸びた。


鎖は、芝生の上を蛇のように這って、男の足首に巻きついた。男が、前のめりに倒れる。顔から芝生に突っ込んで、黒い外套が、泥にまみれた。


俺は、男の前に回り込んだ。


男――ヴェルナー・フォン・グラウは、芝生の上で、身体を起こして、俺を見上げた。


「……子ども、だと?」


蛇のように細い目が、俺の全身を、値踏みするように眺めた。それから、俺の手の中で揺らめく碧い炎に、目を留めた。


「その炎……さっき、祭壇で暴れていた小僧か。何者だ。サロバニアの、手の者か」


俺は、答えなかった。


ヴェルナーの胸元の、銀の紋章を見下ろしていた。


黒い狼。三本の茨。


「――二年前の、冬」


俺は、言った。自分の声が、ひどく遠くから聞こえた。


「サロバニアの、辺境の村。雪が、降ってた」


ヴェルナーは、眉をひそめた。それから、何かを思い出したように、ああ、と薄く笑った。


「あの村か。第三皇子殿下への忠誠を拒んだ、愚かな村だ。見せしめが必要だった。……それが、どうした」

「女の子が、いた」

「女の子?」


ヴェルナーは、心底、わからないという顔をした。


「さぁな。小娘の一人や二人、いたかもしれん。見せしめとは、そういうものだ。いちいち、顔など覚えておらん」


――覚えて、いない。


あの子の顔を。


あの子の、名前を。


この男は、覚えてすら、いない。


俺の手の中で、碧い炎が、色を変えた。


濁った碧が、さらに濁っていく。暗く、暗く、底なしの沼の、そのまた底へ。黒に近い、碧。


炎が、勝手に、刃の形を取った。権が、俺の手の中に生まれていた。俺が呼んだわけじゃない。俺の中の何かが、勝手に、それを形作っていた。


権の切っ先が、ヴェルナーの喉元に、触れた。


ヴェルナーの顔から、初めて、笑みが消えた。


「ま、待て……! 私を殺せば、サロバニアとジセリアの密約の証拠が……!」

「黙れ」


権が、ヴェルナーの喉の皮膚に、ほんのわずかに、食い込んだ。


あと、指一本ぶん。


それで、終わる。


――そのとき。


肩に、手が置かれた。


大きな、熱い手だった。


振り返らなくても、わかった。


アルスは、何も言わなかった。


怒鳴りもしなかった。止めろとも言わなかった。俺の手首を掴むこともしなかった。


ただ、俺の肩に、手を置いていた。


路地裏で、俺が泣き止むまで、隣に座っていてくれたときと同じ手だった。


俺は、長いあいだ、動かなかった。


権の切っ先が、震えていた。


「……わかってる」


俺は、言った。


それから、権を、くるりと手の中で回して、柄の側で、ヴェルナーのこめかみを打った。


ヴェルナーは、白目を剥いて、芝生の上に崩れ落ちた。


「お前は、殺す価値もない」


俺は、気を失ったヴェルナーを見下ろして、言った。


「陛下の前で、全部、吐け」


権が、手の中でほどけて、消えた。


肩の上の手が、俺の頭に移って、乱暴に、がしがしと撫でた。


「……よくやった」


アルスの声は、少しだけ、震えていた。


◇


ガブリエルの姿は、もう、どこにもなかった。


アルスが言うには、心臓が砕けた混乱の中で、大階段の裏から、教皇宮の地下へ逃げ込んだらしい。


「追うか?」

「……いや」


アルスは、教皇宮の白い壁を、睨み上げた。


「あの地下は、迷路だ。何百年もかけて、教皇どもが掘り広げてきた逃げ道だ。今から追っても、半日は捕まらねぇ。その間に、お前の姫さんが、また狙われる」

「……わかった」


――そのとき、俺たちはまだ、知らなかった。


教皇宮の地下の、どこまでも続く暗い通路を、血まみれの手を押さえながら歩いていた男が、何を呟いていたのか。


『……まぁ、よいでしょう』


男は、薄く笑っていたのだという。


『心臓など、また探せばいい。この大陸には、あの神の欠片が、まだ、いくらでも眠っているのですから』


◇


広場に戻ると、騒ぎは、少しずつ、静まり始めていた。


何百人もの聖騎士たちが、倒れたまま、うめき声を上げていた。群衆は、遠巻きに、祭壇の周りを囲んでいた。誰も、もう、石を投げてはいなかった。


祭壇の前で、ラザロが、膝をついたままだった。


その傍らに、ミリエルとレイアーヌが、寄り添って座っていた。


俺とアルスが近づくと、ラザロが、ゆっくりと顔を上げた。


火傷の顔は、ひどく老けて見えた。


ラザロは、法衣の懐から、一冊の古びた手帳を取り出した。


革の表紙。掠れた金文字。


『旧サロバニア王国第二王女 アリアーヌ 書記』

「……ガブリエル卿から、預かっていた。浄めの儀のあと、この娘と共に、火にくべるようにと。……妙な書だ。卿は、これまでに三度、この書を焼こうとしたそうだ。三度とも、灰になったはずの書が、翌朝には、何事もなかったように卿の机の上に戻っていたと」


ラザロは、手帳を、両手で、俺に差し出した。


「持っていけ」

「……いいのか」

「私には、読む資格がない」


ラザロは、目を伏せた。


「二十年。私は、この書に何が書かれているのかを、一度も知ろうとしなかった。知れば、信仰が穢れると言われて、その言葉を、疑いもしなかった。……疑うべきだったのは、教義のほうだったというのに」


俺は、手帳を受け取った。


思っていたより、ずっと、軽かった。二百年分の嘘を暴く言葉が詰まっているとは、とても思えないくらいに。


「あんたは、どうするんだ」

「残る」


ラザロは、広場を見回した。倒れた聖騎士たち。呆然と立ち尽くす群衆。地下牢から這い出してきて、陽の光に目を細めている、首輪の外れた人々。


「聖騎士団長として、異端審問卿として、私が焼いてきたものの数を、数えねばならん。……数えきれるとは、思わんがな」


◇


ミリエルは、レイアーヌの手を握ったまま、首を横に振った。


「……私も、残ります」

「ミリエル……!」


レイアーヌが、ミリエルの手を握り返した。


「約束したでしょう!? ここを出るときは、一緒だって……!」

「はい。だから、私、もう、ここを出たんです」


ミリエルは、微笑んだ。


面紗を、外していた。陽の光の下で見るミリエルの頬には、ほんの少しだけ、血の色が戻っていた。胸から伸びていた糸は、もう、一本もなかった。


「あの暗い場所から。心臓の前から。……私は、もう、出ました。レイアーヌ様が、連れ出してくださったんです」


ミリエルは、広場の隅で、身を寄せ合っている人々を見た。地下牢から出てきた人々。その中に、中環の広場で引きずられていった、外環の母親がいた。母親は、娘を抱きしめて、声を上げて泣いていた。


「あの方々には、手当てが必要です。……でも、もう、この国の司祭様方の石は、全部、壊れてしまいました。奇跡は、もう、起きません」


ミリエルは、アルスのほうを見上げた。


「さっき、あなたが、広場の皆さんに使った光。あれは、本当に、ただの魔術なのですか」

「ああ」


アルスは、頭を掻いた。


「第三階梯。……お前なら、三日で覚える。心臓に何年も命を吸われて、それでも生きてたんだ。魔素の通り道は、誰よりも太い」


アルスは、外套の内ポケットから、くしゃくしゃの羊皮紙を一枚取り出した。顎に手を当てて、目を閉じる。それから、羊皮紙の上に指を走らせた。指がなぞったあとに、紅い光の線が焼きついていく。ほんの数十秒で、羊皮紙は、治癒魔術の術式で、びっしりと埋め尽くされていた。


「やるよ。にわか司祭からの、餞別だ」


ミリエルは、羊皮紙を、両手で胸に抱きしめた。


「……ありがとうございます」


それから、ミリエルは、レイアーヌに向き直った。


「この国の人たちに、本当の治癒を。司祭様の石じゃなくて、自分の手で。……それが、私の、ここを出たあとの、最初の仕事です」


レイアーヌは、しばらく、唇を噛みしめていた。


それから、ミリエルを、ぎゅっと抱きしめた。


「――いつか」


レイアーヌの声は、震えていた。


「いつか、必ず、会いに来る。今度は、ちゃんと、王女として。正面の門から」

「はい。……お待ちしています」


大階段の上で、三重の冠の老人が、ぼんやりと空を見上げていた。


その唇が、小さく動いた。


「……ようやく……静かに、なった……」


老人は、そう呟いて、また、首を傾けて、眠ってしまった。


◇


その夜。聖都から遠く離れた、国境近くの丘の上。


アルスの転移で、俺たちは、聖都を抜け出していた。


アルスは、少し離れた木の根元で、縛り上げたヴェルナーを見張りながら、外套にくるまって眠っていた。正確には、眠ったふりをしていた。


焚き火の前に、俺とレイアーヌが、並んで座っていた。


レイアーヌは、アルスの予備の外套を羽織って、膝を抱えていた。煤で汚れた顔は、丘の下の小川で洗ってきたらしい。髪は、まだ、もつれたままだった。


「……ねぇ」


レイアーヌが、焚き火を見つめたまま、言った。


「名前。今なら、教えてくれる?」


俺は、少しだけ迷った。


それから、焚き火に、小枝を一本くべた。


「……ハスト」

「ハスト」


レイアーヌは、その名前を、舌の上で、大事そうに転がした。


「ハスト。……ありがとう」

「礼なら、陛下に言え。俺は、頼まれただけだ」

「嘘。頼まれる前から、来てたくせに」


俺は、答えなかった。


焚き火が、ぱちりと爆ぜた。


「ねぇ、ハスト。……あの、碧い炎。もう一度、見せて」

「…………」


俺は、手のひらを、上に向けた。


小さな碧い炎が、手のひらの上に、ぽっと灯った。


――あれ。


俺は、自分の炎を見つめて、少しだけ、驚いた。


濁っていなかった。


いや、まだ、完全に透き通っているわけじゃない。でも、二年前の冬から、ずっと底なしの沼みたいだった碧が、今は、ほんの少しだけ、底が見えるような気がした。夜明け前の、湖の色みたいに。


「……きれい」


レイアーヌが、身を乗り出して、炎を覗き込んだ。


炎の碧が、レイアーヌの瞳に映り込んで、揺れていた。


「私ね、ハスト」


レイアーヌは、炎を見つめたまま、言った。


「もっと、強くなる。剣で。……今日みたいに、誰かが燃やされそうになったとき、ただ構えてるだけじゃなくて、ちゃんと、助けに行けるくらいに。あなたの隣に、立てるくらいに」


俺は、炎を消した。


それから、懐から、一本の木切れを取り出した。


古い椅子の脚。地下の牢で、レイアーヌが握り続けていたもの。


「……預かってたやつだ。本物の剣と、交換って約束だったな」


俺は、木切れを、両手で握った。


錬成術。


木の繊維が、俺の手の中で、ゆっくりとほどけて、並び直していく。ただの椅子の脚が、少しずつ、形を変えていく。刃の反り。鎬の線。鍔の膨らみ。柄の握り。


数呼吸のあと、俺の手の中には、一振りの、木の剣があった。


子ども用の、小さな木剣。でも、刃の形は、本物の剣と寸分違わない。柄には、あの子の手が、何日も握り続けて擦り減らした、黒い跡が、そのまま残してあった。


「本物は、無理だった。……悪い」


レイアーヌは、木剣を受け取って、しばらく、何も言わなかった。


それから、木剣を、胸に、ぎゅっと抱きしめた。


「……ううん。これが、いい」


◇


夜明けが、近づいていた。


東の空が、ゆっくりと、白み始めていた。


レイアーヌは、木剣を抱いたまま、焚き火の前で、うとうとしていた。


俺は、その横顔を、じっと見ていた。


――忘れさせなければならない。


ガブリエルは、逃げた。あの男は、この子が書記を読んだことを知っている。この子が生きている限り、いつか、また、狙ってくる。この子が、あの書記に書かれていたことを覚えている限り。そして、この子が、碧い炎を使う子どもに助けられたことを覚えている限り。


それに、この子は、きっと、確かめに行く。


アリアーヌの書記に書かれていたことが、本当なのか。創成神の姫君とは、誰なのか。碧い炎の少年は、何者なのか。


この子は、そういう子だ。本当のことを知りたいと思ったら、たとえ地の果てでも、木切れ一本で、歩いていってしまう。


だから。


「……ハスト?」


レイアーヌが、目を開けた。


俺の顔を見て、それから、俺の手のひらに集まり始めた、淡い光の陣を見た。


レイアーヌの目が、見開かれた。


「……忘れさせるの?」

「ああ」

「いやだ」


レイアーヌは、俺の外套の袖を、ぎゅっとつまんだ。


「いやだ。忘れたくない。あなたのことも、ミリエルのことも、あの火のことも。全部、怖かったけど、全部、忘れたくない」

「……ごめんな」


俺は、袖をつまんだ手を、振り払わなかった。


ロリババアに教わった忘却術は、記憶を消す術じゃない。記憶に、蓋をするだけの術だ。蓋には、必ず、鍵がある。鍵があれば、いつか、蓋は開く。


十三の俺には、まだ、蓋を何十枚も重ねるような真似はできなかった。一枚だけ。たった一枚の、薄い蓋。


鍵は――この碧だ。


「お前が、自分で思い出したら」


俺は、言った。


「そのときは、また、会える」

「……ほんとに?」

「ほんとに」


レイアーヌは、俺の袖をつまんだまま、じっと俺の目を見ていた。


それから、ほんの少しだけ、笑った。


泣き出しそうな、笑い方だった。


「……約束、だからね。聖歌隊の、チビ」

「チビって言うな」


俺は、光の陣を、レイアーヌの額に、そっと当てた。


「――大丈夫だ、姫さん」


陣が、淡く輝いた。


「……ちょっと、寝てろ」


レイアーヌの瞼が、ゆっくりと、閉じていった。


袖をつまんでいた指から、力が抜けた。


それでも、木剣だけは、最後まで、胸に抱きしめたままだった。


◇


国境の関所の手前で、陛下が待っていた。


護衛は、ひとりもいなかった。王冠も、王衣もなかった。灰色の運動着に、王都で流行りの運動靴。どこからどう見ても、休日の散歩中の、くたびれた若い父親だった。


陛下は、アルスの腕の中で眠っているレイアーヌを見た瞬間、駆け寄ってきた。


娘を受け取って、抱きしめて、その髪に顔を埋めて、しばらく、動かなかった。


肩が、震えていた。


やがて、陛下は、顔を上げた。


目が、赤かった。


「――サリナから、話は聞いてる」


陛下は、俺を見下ろした。


「お前が、あいつのところの、ハストか」

「……はい」

「そうか」


陛下は、レイアーヌを片腕に抱いたまま、もう片方の手で、俺の頭を、くしゃりと撫でた。


「ありがとうな。――はっす〜」

「……は?」

「ハストだから、はっす〜。いいだろ?」

「よくないです」

「いいだろ」


陛下は、にやりと笑った。そのときにはもう、さっきまでの泣き顔は、どこにもなかった。


俺は、懐から、アリアーヌの書記を取り出して、陛下に差し出した。


「これを。……それと、あいつを」


木の根元に縛りつけたまま、まだ気を失っているヴェルナーを、顎で示した。


陛下の顔から、笑みが、すっと消えた。


「……グラウ伯爵、か」

「ジセリアの筆頭枢機卿と、密約を結んでいました。王女を浄火の儀で焼いて、陛下が兵を国外に向けた隙に、第三皇子派が王都で立つ手筈だったそうです」


陛下は、しばらく、ヴェルナーを見下ろしていた。


それから、静かに、言った。


「……書記は、禁書庫の、一番奥に戻しておく。今度は、誰にも見つからないように。グラウは、俺が責任をもって裁く」


陛下は、腕の中で眠る娘の顔を、見下ろした。


「――娘の記憶は、お前が?」

「蓋を、しました。一枚だけ。……鍵があれば、いつか、開きます」

「そうか」


陛下は、目を閉じた。


「なら、約束しよう。この子が、自分で思い出すまで、俺も、誰も、何も言わない。……この子が、怖い夢を見ずに、済むように」


◇


帰り道。サロバニアの、春の街道。


俺とアルスは、また、二人で並んで歩いていた。


行きと同じ、埃っぽい道。でも、なぜか、行きよりも、ずっと明るく見えた。


「……なぁ、アルス」

「ん」

「俺さ」


俺は、前を見たまま、言った。


「世界を回ってみて、俺には、やりたいことができた」


アルスが、足を止めた。


「……言ってみろ」


俺は、少し考えてから、口を開いた。


あの白い都で見たもの。免罪符の柵の中の子どもたち。熱冷ましのおまじないで引きずられていった母親。名札のついた何万本もの薪。地下に積み上げられた、名前を消された骨。


それから、俺の国で見たもの。雪の村。黒い狼と三本の茨。俺が、間に合わなかったもの。


全部、同じだった。


力を持たない者が、力を持つ者に、理不尽に、終わらされていく。国が違っても、神が違っても、それだけは、同じだった。


「――俺は内側から、お前は外側から」


俺は、アルスを見上げた。


「言い方を変えようか。……お前は表側で、俺は裏側で。この国を、変える」


アルスは、長いあいだ、俺の顔を見ていた。


それから、ふっと、笑った。


「表側、ってのは、なんだ」

「お前、教師に向いてると思う」

「……は?」

「ミリエルに術式を渡してたとき。それから、聖騎士を一人も殺さなかったとき。……お前、誰かに何かを教えてるときが、一番、いい顔してた」


アルスは、口をぽかんと開けた。


それから、片手で顔を覆って、空を仰いだ。


「……教師、ねぇ」

「貴族の学校じゃなくて、平民の子どもの学校がいい。理不尽に終わらされないように、最低限、生きていける力を教える学校」

「で、お前は?」

「俺は、裏側。表に出ない。誰にも知られないところで、理不尽を、片っ端から潰す」


アルスは、しばらく、黙っていた。


やがて、顔を覆っていた手を下ろして、俺の頭に、どさりと乗せた。


「――ガキのくせに、生意気だ」


アルスは、笑っていた。


「乗った」


春の風が、街道を吹き抜けていった。


――それが、四年前の春。アルスと二人で歩いた、最後の旅の話だ。


俺は、十三歳だった。


そして、あの日から、あの人の隣を歩くだけじゃなく、自分の道を、歩き始めた。


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