↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/142

40 最後の槌は、自分の手で

三日間、ラークの工房の煙突からは、一度も煙が途切れなかった。


鍛冶通りの職人たちのあいだでは、ちょっとした噂になっていたらしい。錬成帝が、三日三晩、炉の前から一歩も離れずに、一振りの剣を鍛えている。槌の音が、夜中じゅう、一定の拍子で響き続けている。あれは、王家の宝剣でも打っているに違いない、と。


実際に打っていたのは、一年生の女の子の剣だったわけだけど。


「……ハスト様。私、変じゃないですか?」


四日目の放課後。工房の前で、フィアットは、自分の格好を何度も見下ろしていた。


学園の制服ではなかった。ラークが用意した、厚手の生成りの作業着。袖をまくり上げて、髪は後ろで一本にきつく編んである。手には、真新しい革の手袋。


「変じゃない。似合ってる」

「ほ、本当ですか?」

「あぁ。鍛冶屋の娘みたいだ」

「……それは褒め言葉、なんですよね?」

「最大限の」


フィアットは、少しだけ頬を膨らませてから、ふっと笑った。それから、胸に手を当てて、深呼吸をひとつ。肩が、小さく上下した。


緊張している。当たり前だ。今日、この子は、自分の剣に、最後の槌を打つ。


「……ハストさま」


反対側の袖を、くいっと引かれた。


「わたしも、いていい?」


セルカだった。今日は、ちゃんと最初からついてきた。紺色のエプロンドレスの上に、なぜか、ラークのお下がりらしい大きすぎる革の前掛けを巻いている。裾が、地面につきそうだった。


「お前、その前掛け……」

「……ラークが、くれた。姐さんも工房に入るなら、って」

「あいつ、甘いな」

「……セルカさん」


フィアットが、セルカのほうを見た。


「今日は、来てくれて、ありがとうございます」


セルカは、少しだけ目を丸くした。それから、ぷいっと横を向いた。


「……別に。ハストさまが、いるから、来ただけ」

「ええ。わかってます」


フィアットは、くすりと笑った。セルカの耳の先が、ほんのりと赤くなっていた。


……この三日で、何かあったのか、この二人。


◇


工房の扉を開けた瞬間、熱が、壁みたいにぶつかってきた。


「親父ィ……!! お嬢ォ……!! 姐さァん……!!」


炉の前で、ラークが振り返った。


ひどい顔だった。目の下には真っ黒な隈。頬はこけて、褐色の肌が煤でさらに黒くなっている。三日間、ほとんど寝ていないのが、一目でわかった。


なのに、目だけが、異様なほどぎらぎらと輝いていた。


「待ってたッス……!! 見てほしいッス……!!」


ラークは、金床の上を指さした。


そこに、一振りの剣が、横たわっていた。


まだ、柄も鍔もついていない。刃も研がれていない。ただの、細長い鋼の板。でも、その形は、四日前に俺が紙の上に引いた線と、寸分違わなかった。


鈍い銀色の鋼の奥で、青白い光が、ゆらゆらと揺れている。まるで、呼吸をしているみたいに。


「白鋼を、八百四十回、折り返したッス」


ラークの声が、かすれていた。


「普通の鋼なら、二百回も折り返せば、粘りが死ぬッス。でも、白鋼は違う。折り返すたびに、鉄が、細かく、強く、しなやかになっていく。……そして、八百四十回目で、鉄が、もうこれ以上は要らないって、言ったッス」

「鉄が、言った……?」


フィアットが、首を傾げた。


「言うんスよ、お嬢。いい鉄は、ちゃんと、言うッス」


ラークは、真顔だった。冗談を言っている顔じゃなかった。


俺は、金床に近づいて、剣身の上に、そっと手をかざした。


触れはしない。触れたら、俺の魔素が移る。それでは、意味がない。


手のひらの下で、鋼の奥の青白い光が、かすかに揺らいだ。……まだ、眠っている。誰のものでもない、まっさらな鉄だ。


「……いい仕事だ、ラーク」


ラークの顔が、くしゃくしゃに歪んだ。


「お、親父に……親父に、褒められ……ッ」

「泣くのは後にしろ。まだ終わってない」

「……ッス!!」


ラークは、作業着の袖で、乱暴に顔を拭った。


◇


「最後の仕上げ打ちは、百打ちッス」


ラークが、フィアットに、一本の槌を手渡した。


小ぶりの、片手で振れる槌だった。柄は、使い込まれて、飴色に光っている。


「これは、オレが、初めて自分で打った槌ッス。……お嬢の手には、ちょっと重いかもしれないッスけど」


フィアットは、両手で槌を受け取った。それから、片手に持ち替えて、軽く振ってみる。


「……大丈夫です。剣より、軽いですから」

「頼もしいッス」


ラークが、火ばさみで剣身を掴んで、炉の中に差し入れた。白に近い橙色の炎の中で、鋼が、ゆっくりと赤く染まっていく。


「火の色が、桜の色になったら、出すッス。そしたら、金床の上で、お嬢が打つ。冷めて、色が黒っぽくなったら、また炉に戻す。それを繰り返して、百打ち」

「はい」

「一打ちごとに、ちゃんと、鉄の声を聞くッス。強すぎても、弱すぎてもダメ。……って言っても、最初は、わかんないと思うッスけど」


ラークは、ちらりと俺のほうを見た。


俺は、フィアットの隣に立った。


「フィアット」

「はい」

「打ち方の技術は、ラークの言う通りにすればいい。でも、それとは別に、ひとつだけ」


フィアットが、俺を見上げた。


「一打ちごとに、自分の道を、ひとつずつ叩き込め」

「……道」

「お前が、この剣で、何を斬って、何を守って、どこへ行きたいのか。それを、一打ちごとに、思い出せ。考えるんじゃない。思い出すんだ。お前が今まで歩いてきた道の中に、もう全部ある」


フィアットは、しばらく黙っていた。


それから、槌の柄を、ぎゅっと握り直した。


「……はい」


炉の中で、鋼が、淡い桜色に染まった。


「今ッス!!」


ラークが、剣身を炉から引き抜いて、金床の上に置いた。


フィアットが、槌を振り上げた。


一打ち目。


澄んだ音が、工房の中に響いた。火花が、ぱっと散る。


フィアットは、目を閉じていた。


二打ち目。三打ち目。


最初の十打ちは、ぎこちなかった。音が揃わない。強さもばらばら。ラークが、黙って首を横に振る。鋼が冷めて、炉に戻される。


フィアットの額に、汗が浮かんでいた。


――思い出せ。


俺は、声に出さずに、心の中で繰り返した。


十一打ち目。


音が、変わった。


さっきまでより、ずっと澄んでいた。ラークの眉が、ぴくりと動いた。


十二打ち目。十三打ち目。


フィアットの唇が、小さく動いていた。声は聞こえない。でも、何を言っているのかは、なんとなくわかった。


――遅刻魔で、居眠り魔だと思っていた人が、実は『覇王』だった日。


――屋上で、何もできない自分が情けなくて、しょげていた日。


――レイラさんに魔術を、陛下に幻術を、シュベルトさんに剣を、クレハさんに戦い方を教わった日々。


――順位戦の決勝。見えない拳を、見えないものを見る目で、斬った日。


音が、揃い始めた。


一定の拍子。強すぎず、弱すぎず。まるで、ラークが三日間、夜通し響かせ続けた槌の音を、そのまま受け継いだみたいな音だった。


ラークが、目を見開いていた。


「……嘘だろ。四十打ちで、鉄の声、掴みやがった……」


五十打ち。六十打ち。


フィアットの手袋の中で、たぶん、マメが潰れている。槌を握る指が、白くなっている。それでも、拍子は乱れなかった。


七十打ち。


――ハスト様と、二人で、中央市場を歩いた日。


――屋上の、溶けない氷の花の前で、五分間、立ち尽くした日。


ほんの一瞬、音が揺らいだ。


でも、次の一打ちで、すぐに戻った。いや、むしろ、さっきまでより、ずっと強く、まっすぐな音になった。


八十打ち。九十打ち。


工房の中の空気が、変わっていくのがわかった。


鋼の奥の、青白い光。さっきまで、ゆらゆらと眠るように揺れていたその光が、一打ちごとに、少しずつ、少しずつ、形を持ち始めていた。


一本の、細い線。


剣身の芯を、柄から切っ先まで、まっすぐに貫く、一本の光の線。


――あれは。


俺は、息を呑んだ。


あの線は、俺が引いた線じゃない。ラークが鍛えた線でもない。


フィアットの、線だ。


九十九打ち。


フィアットが、目を開けた。


槌を、高く振り上げる。


「――私は」


初めて、声が出た。


「私は、ハスト様の隣に立つために、剣を握ったんじゃありません」


え。


「……隣に立ち続けられる、私でいるために。昨日の私より、明日の私が、ちょっとだけ強くなっているために。……そして、その強さで、誰かの明日を、まっすぐに守るために」


フィアットは、金床の上の剣を、まっすぐに見つめた。


「それが、私の道です」


百打ち目。


今までで、一番澄んだ音だった。


音が、工房の壁に跳ね返って、いつまでも、いつまでも、鳴り止まなかった。


剣身の芯の光の線が、一瞬だけ、強く輝いた。


それから、すうっと、鋼の奥へ沈んでいった。


◇


しばらく、誰も、口を開かなかった。


炉の唸る音だけが、工房の中に響いていた。


「……焼き入れ、ッス」


最初に我に返ったのは、ラークだった。声が、震えていた。


「最後に、水に浸けて、一気に冷やすッス。それで、鋼が締まって、剣になる。……でも、白鋼の焼き入れは、水の温度が、ものすごく難しいッス。冷たすぎると割れる。ぬるすぎると締まらない。普段は、オレが、三日かけて水を寝かせて――」

「……わたしが、やる」


全員の視線が、工房の隅に集まった。


セルカが、大きすぎる前掛けの裾を引きずりながら、水槽の前に歩いていった。


「……ちょうど真ん中の、冷たさ。バターと、同じ」


セルカは、水槽の水面に、そっと手のひらをかざした。


指先から、白い冷気が、ふわりと降りる。水面に、薄い霜の膜が一瞬だけ張って、すぐに溶けた。もう一度。また溶ける。三度目。今度は、霜は張らなかった。ただ、水面が、ほんの少しだけ、きゅっと引き締まったように見えた。


「……これで、いい。たぶん」


ラークが、恐る恐る、水槽に指を入れた。


それから、目を剥いた。


「……完璧ッス。オレが三日かけて作る水と、まったく同じッス……!!」

「……サリナさまに、習った」


セルカは、そう言って、フィアットのほうを見た。


「……フィアット。あなたの剣。最後は、あなたが、浸けて」


フィアットは、セルカの顔を、じっと見つめた。


「……いいんですか?」

「……いい剣に、なってほしいから」


セルカは、少しだけ目を逸らした。


「ハストさまの、線だから。……あと、あなたの、線だから」


フィアットの目が、大きく見開かれた。


それから、ゆっくりと、柔らかく細められた。


「……ありがとう、セルカさん」


ラークが、炉で最後にもう一度赤めた剣身を、火ばさみごとフィアットに手渡した。


フィアットは、両手で火ばさみを握って、剣身を、水槽の中へ、まっすぐに沈めた。


真っ白な湯気が、工房の天井まで立ち昇った。


湯気が晴れたとき、フィアットの手の中にあったのは、もう、ただの鋼の板じゃなかった。


一振りの、剣だった。


◇


柄を据え、鍔をはめ、刃を研ぎ上げるのは、ラークが一刻ほどで仕上げた。


その間、俺たちは、工房の裏の、試し斬り用の小さな庭で待っていた。


日は、もう傾きかけていた。鍛冶通りの煙突の向こうに、橙色の空が広がっている。


「……お待たせ、ッス」


ラークが、両手で、一振りの剣を捧げ持って、裏口から出てきた。


細身の、まっすぐな片手剣。白鋼の刃は、夕日を受けて、淡い銀色に光っていた。その奥に、青白い光が、静かに沈んでいる。鍔は、飾りのない薄い十字。柄には、フィアットの手の形に合わせて削った、黒い革が巻かれている。


柄頭には、小さな窪みが、ひとつ。何も嵌まっていない。


フィアットは、震える両手で、剣を受け取った。


握る。


その瞬間、フィアットの表情が、変わった。


「……あ」


小さな声が、漏れた。


「……手に、吸いつく」


フィアットは、剣を、ゆっくりと持ち上げた。片手で、まっすぐに構える。切っ先が、ぴたりと止まった。揺れない。


「重さが、どこにもないみたいです。……違う。重さは、あるんです。でも、全部、私の手の中にある。剣の先に、引っ張られる感じが、全然しない」

「重心を、鍔から指三本ぶん先にしたからな。振り終わりで、剣のほうから止まってくれる」

「……振っても、いいですか?」

「そのための庭だ」


ラークが、庭の真ん中に、試し斬り用の鉄の杭を打ち込もうとした。


その前に、セルカが、すっと前に出た。


「……待って」


セルカが、地面に、手のひらをついた。


庭の真ん中に、白い霜が渦を巻いた。それが、みるみるうちに、上へと伸びていく。


透き通った、一本の氷の柱。フィアットの背丈ほどの高さ。太さは、大人の腕を二本束ねたくらい。夕日を受けて、中で光が、きらきらと屈折していた。


「……わたしの氷。斬れる?」


セルカが、まっすぐに、フィアットを見た。


挑発じゃなかった。少なくとも、俺にはそう見えた。むしろ、何かを確かめたがっているような、真剣な目だった。


「……姐さん、それ、鉄より硬いッスよ……」


ラークが、小声で呟いた。


フィアットは、氷の柱を、じっと見つめた。


それから、セルカに向かって、ゆっくりと頷いた。


「斬ります」


フィアットは、氷の柱の前に立った。


足を、肩幅に開く。剣を、右肩の上に担ぐように構える。


目を、閉じた。


庭の空気が、しんと静まり返った。


鍛冶通りの槌の音が、遠くに聞こえる。夕方の風が、フィアットの編んだ髪の先を、わずかに揺らした。


一呼吸。


二呼吸。


フィアットの輪郭が、ふっと、揺らいだ。


幻術だ。陛下に習った、幻術。でも、前みたいに、自分の姿を隠すためのものじゃない。剣の軌道だけを、ほんの一瞬、三本に分けて見せる、薄い薄い幻。


……あいつ、いつの間に、こんな使い方を。


フィアットが、目を開けた。


踏み込む。


剣が、走った。


右上から、左下へ。


音は、しなかった。


氷の柱を、銀色の光が、一筋、斜めに通り抜けた。それだけだった。


フィアットの剣は、振り終わりで、ぴたりと止まっていた。手首で止めたんじゃない。剣のほうから、止まった。俺が線を引いた通りに。


一秒。


二秒。


氷の柱の上半分が、斬り口に沿って、音もなく、すうっと滑り落ちた。


ことん、と、地面に落ちる。


斬り口は、鏡みたいに、なめらかだった。夕日が、その面に映り込んで、きらりと光った。


「……斬れた」


フィアットが、呆然と呟いた。


そのときだった。


フィアットの手の中で、剣が、かすかに鳴った。


鈴の音のような、細く、澄んだ音。


剣身の奥に沈んでいた、あの青白い光の線が、ほんの一瞬だけ、刃の表面に浮かび上がった。柄から切っ先まで、まっすぐに。


それから、また、静かに沈んでいった。


「……い、今の」


ラークが、口をぱくぱくさせていた。


「白鋼が……鳴いた……? オレ、ガキの頃から鉄を打ってきて、白鋼が鳴くのなんて、一回も……」


俺は、何も言わなかった。


言えなかった。


――その剣は、己が信じる道のために。絶対の向上心をもって振ること。聖剣は、そのとき応えるだろう。


頭の中に、あの誓いの言葉が、勝手に浮かんでいた。エスピノーザの家に残った、空っぽの鞘の内側に刻まれていた、シャロンの最後の誓い。


まさか。


これは、聖剣じゃない。ただの、いい鉄で打った、いい剣だ。


でも。


フィアットは、百打ち目に、自分の道を、はっきりと声に出した。誰かに言わされたんじゃない。自分の言葉で。


そして、剣は、鳴った。


……偶然だ。たぶん。


俺は、そう思うことにした。今は、まだ。


「――セルカさん」


フィアットが、剣を下ろして、セルカのほうを振り返った。


セルカは、斬り落とされた氷の柱の上半分を、両手で拾い上げていた。斬り口を、指でそっとなぞっている。


「……きれい」


セルカは、ぽつりと言った。


「……ずれてない。欠けてない。まっすぐ」

「あなたの氷が、まっすぐだったからですよ」


フィアットが、セルカの前にしゃがんだ。


「芯まで、少しも濁ってなかった。斬る前から、わかりました。……すごく、きれいな氷でした」


セルカは、しばらく、フィアットの顔を見つめていた。


それから、ふいっと目を逸らして、氷の欠片を、フィアットの胸に押しつけた。


「……あげる」

「え?」

「……溶けない、ように、しておく。……記念」


フィアットは、氷の欠片を受け取って、目をぱちぱちさせた。それから、くしゃりと笑った。


「……屋上の花の、隣に置いてもいいですか?」

「……だめ。あそこは、わたしの」

「じゃあ、私の部屋の窓辺に」

「……それなら、いい」


……やっぱり、この三日で、何かあったんだな、この二人。


◇


「ハスト様」


帰り道。鍛冶通りの出口で、フィアットが、立ち止まった。


腰には、新しい剣が下がっていた。黒い革の鞘は、ラークがおまけで仕立ててくれたものだ。父親の剣は、布に包んで、大事そうに胸に抱えている。


「この剣、名前を、まだ決めてないんです」

「あぁ。好きにつければいい」

「……名前は、この剣で、初めて誰かを守れたときに、つけようと思います」


フィアットは、柄頭の、何も嵌まっていない窪みに、そっと指を当てた。


「この窪みも、まだ、空けておきます。私の道は、まだ途中だから。……いつか、ここに何を入れるか、自分でわかる日が来るまで」


俺は、少しだけ、言葉に詰まった。


それから、フィアットの頭に、ぽんと手を置いた。


「……いい答えだ」


フィアットの顔が、夕日よりも赤くなった。


「お父様の剣は、今夜、お返しします。……きっと、泣かれると思いますけど」

「泣くだろうな。確実に」

「ふふっ。ですよね」


隣で、セルカが、俺の袖を、くいっと引いた。


「……ハストさま」

「ん」

「……わたしも、今日、がんばった」


俺は、笑って、もう片方の手を、セルカの頭に置いた。


「あぁ。お前も、偉かった。水の温度、完璧だったってさ」


セルカは、目を閉じた。撫でられるまま、じっと動かなかった。


……四十九、と、小さく呟いたような気がしたけど、たぶん、気のせいだ。


工房の煙突から昇る白い煙が、三日ぶりに、細く、細く、途切れようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。