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27 二代目『覇王』

「あのさぁ。お前らマジ面倒クセェから、消す(・・)わ。俺の努力がパーになるの、一番腹立つんだよな」


俺がそう言い放った瞬間、周りがざわついた。


隣でシュベルトが、あちゃー、とでも言うように額に手を当てる。こいつは知っているのだ。俺が「面倒クセェ」と言ったあとに何が起きるかを。


包囲の輪のあちこちから、くすくすと笑い声が漏れた。


「おい、聞いたか今の」

「ガキがいるぞ」

「フードかぶってイキってんじゃねぇよ。声変わりしてんのか?」


無理もない。ローブを着ていても、俺の背丈は隠せない。囲んでいる殺し屋たちの大半より、頭ひとつ分は低い。


そして、その笑い声の中に。


聞き捨てならない発言――いや、禁句(・・)が混じっていた。


「チビのくせして、生意気言ってんn――」


刹那。


その男の首は、胴体から離れていた。


何の音もなかった。何の前触れもなかった。誰一人として動いていない。俺も、シュベルトも、一歩も動いていない。


ただ、男の首があった場所を、碧い権(・・・)がゆらりと漂っているだけだった。


首が石畳に落ちて、ごとりと転がる。それを見て、ようやく周りの連中が今起きたことを理解した。凍てつくナイフを慌てて構え直す者。悲鳴を上げて腰を抜かす者。後ずさりして、後ろの仲間にぶつかる者。反応は様々だった。


「あ゛ぁ?」


俺はフードの下から、包囲の輪をぐるりと睨め回した。


「誰が(ダ・レ・ガ)チビだって……?」


同時に、シュベルトが一歩前に出た。フードの奥で、いつもの軽い声のまま。


「さて。僕は、キミたちのオーダーは今すぐにでもキャンセルすべきだと思うけど、いかがかな? 今引いてくれるなら報酬金は払う。その上で、見逃してあげるけどね」


最後通告だった。


剣聖が、殺し屋相手に「見逃す」と言う。それがどれだけ破格の条件か、たぶんこの場の誰にもわかっていない。シュベルトの顔を知っていれば話は別だったろうが、フードの下は見えない。


女は、震える唇を噛みしめた。


「……ッ! このオーダーは絶対だ。交渉決裂、キサマらを排除する! お前たち、かかれ!!」


女の号令とともに、周囲の構成員たちが一斉にナイフをこちらへ向けた。銃の撃鉄が、あちこちで起こされる音がした。


俺はシュベルトの耳元に、ひとことだけ囁いた。


「――あの女は、殺すな」


シュベルトは一瞬だけ動きを止め、それから小さく頷いた。理由は聞かなかった。こいつはいつもそうだ。


俺はローブの留め具を外し、その場に脱ぎ捨てた。


黒い布地が、ばさりと石畳に落ちる。切れかけの照明の下に、制服姿の俺が晒された。王立学園の、万年最下位の、どこにでもいる冴えない男子生徒の姿が。


「じゃあ、俺も敬意を表して、改めて挨拶しようか」


胸に手を当て、芝居がかった仕草で一礼する。


「どうも。二代目『覇王』(・・・・)の、ハスト・アーネットです。これが最後でしょうけど、以後お見知りおきを」


顔を上げると同時に、俺は蓋を外した。


毎晩指先ほどに絞り続けてきたもの。全部だ。


覇気が、爆発するように周囲へ広がった。


空気が、重くなった。いや、重いなんて言葉では足りない。この場の空気そのものが、俺の覇気に押し潰されて、吸い込めるものではなくなった。


最初に膝をついたのは、包囲の外側にいた連中だった。喉を掻きむしり、口をぱくぱくと開け閉めして、そのまま白目を剥いて崩れ落ちていく。次に内側の連中。ナイフを取り落とし、銃を取り落とし、這いつくばって必死に息をしようとして、それもできずに意識を手放していく。


歓迎の挨拶としては、ちょっと強すぎたかもしれない。


俺の右手に、碧く燃え盛る一本の権(けん)が生まれた。実体を持たない、炎そのものを押し固めたような権。それをどの流派にも属さない我流の構えで、だらりと下げる。


その横を、シュベルトが音もなく駆け抜けた。


剣聖の剣が閃くたびに、気を失った者たちの身体から、赤い花が咲いた。一輪、また一輪。シュベルトは一切の躊躇なく、倒れた殺し屋たちを斬って回った。さっきまで社畜みたいに頭を下げていた男と、同じ人間とは思えない。


自ら蟻地獄の巣に這い込んできた、哀れな蟻たち。そんな光景だった。


数十秒後。通路に立っていたのは、俺とシュベルトと――目の前の女、ただ一人だけだった。


女は、俺の覇気に耐えていた。


膝を震わせ、歯を食いしばり、高すぎるヒールでかろうじて石畳を踏みしめて。それでも、立っていた。


「まぁ、一般的には、今の僕たちの行動を理不尽な虐殺と呼ぶんだろうね」


シュベルトが剣を振って、刃についた血を払った。


「でも、それにも因果関係ってものが存在する。ごめんね。残念ながら、今回は例外だ」

「お前たちは、相手を間違えちまった」


俺は碧い権を消し、両手を制服のポケットに突っ込んだ。


「人の努力を、外からにじり倒す。それだけは、この立場(・・)としても絶対に許せないんだよな。……なぁ?」


ポケットに手を入れたまま、首だけ傾けて女を見る。舐め腐った態度だ。わざとそうしている。


女は、震える右手に握った氷のナイフを、もう片方の手で押さえつけるようにして俺に向けた。切っ先が、細かく揺れている。


戦う気概は……いちおう、ありってとこか。


「俺はさっきも言った通り、今代の覇王(・・)だ」


俺は女の周りを、ゆっくりと歩き始めた。


「……だが、お前の顔を見る限り、そんな頂天者は知らない。そうだろ?」


剣聖、賢者、格闘王、博識王、弓王、槍聖、銃王、錬成帝。世間が『頂天者』と呼ぶのは、その八人だけだ。九人目の名前は、どの新聞にも、どの記録にも載っていない。


歩く俺の周りを、碧い覇権がふわふわと漂う。俺は手をポケットから一度も出さない。覇気も全開のまま。


通路の暗がりで、気絶したふりをしていた男が、そっと銃口を持ち上げた。漂っていた覇権がひとひら、そちらへ流れていく。男は声を上げる間もなく、静かになった。


崩れた壁の陰に隠れていた女が、ナイフを投げる構えを取った。覇権がまたひとひら流れていく。同じように、静かになった。


俺は一度もそちらを見なかった。見る必要がなかった。


「残念ながら、これは御伽噺でもない。世の中には、知らねぇほうがいいことがある」


女の背後で、足を止める。


「お前たちが全部を知ってると、勘違いすんじゃあねぇ。本当に全部を知ってるのは――」


俺はくるりと振り返り、女と正面から向き合った。


右手の先に、覇権を集める。碧い炎がうねり、形を変えていく。細く、薄く、鋭く。女が握っているのとまったく同じ形のナイフに。ただし、氷ではなく、碧い炎で。


その切っ先を、女の喉元に突きつけた。


「俺だけだ」


圧倒的な実力差に、空気が凍りついた。女の氷よりも、ずっと冷たく。


女の喉が、ごくりと鳴った。碧いナイフの切っ先が、その白い肌から髪の毛一本分のところで止まっている。


同じ形の刃を突きつけられる。それがどういう意味か、この女ならわかるはずだ。お前の手の内は、全部見えている。お前が何年もかけて磨いてきたものを、俺は一瞬で真似られる。


女の顔が、くしゃりと歪んだ。


「ッ……! 何が、知っているだ……!」


声が、震えていた。恐怖ではなかった。もっと別の、ずっと奥の方から絞り出されるような声だった。


「わたしの……わたしたちのことを……ッ! 恵まれたやつが、わたしたちの何を理解できるって言うんだ!!」


女の目から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。化粧が崩れて、黒い筋になって頬を伝っていく。


「ぁ〜あ。はっす〜、女の子泣かせた〜。いっけないんだ〜」

「うっせぇ、オメーは黙ってろ!」


背後からの茶々に怒鳴り返してから、俺は慌てて女に向き直った。


「……ああもう、泣くなって。なぁ」


別に泣かせる予定はなかった。本当に、なかったのだ。でも、震えながら泣きじゃくる姿は、さすがに見るに堪えない。


俺は碧いナイフを消して、ポケットからハンカチを取り出した。サンドイッチの包み紙と一緒に突っ込んであった、ちょっとしわくちゃのやつだ。


「だぁぁぁっ! 俺が悪役みたいになっちまってんじゃねぇか!」


頭をがしがしと掻きむしってから、俺は女の前にしゃがみこんだ。高すぎるヒールのせいで、そうすると目線がちょうど同じ高さになった。


「オメーのその気持ちは、わからなくもねぇ。俺は元々捨て子でさ。川を流れてたところを、たまたまそこにいた先代の覇王が拾ってくれた。ただそれだけなワケ」


女が、涙で濡れた目を瞬かせた。


「拾われたのも、拾われなかったのも、創造神の乱数ミスってとこだ。誰が悪いわけでもねぇ。……とは言っても、俺と違ってオメーは、縋るもんを間違えちまったんだよ」


俺は女の右手にそっと手を伸ばした。氷のナイフを握りしめた手。あかぎれで、指の関節がいくつも赤く割れている手。


「とりあえず、お前さんもナイフ置いて。な?」


指を一本ずつほどいて、ナイフを取り上げる。それから、後ろにぽいっと放り投げた。


「あっぶな! 何すんのさ、はっす〜!」


後ろからシュベルトの抗議が聞こえるが、無視しよう。剣聖ならあれくらい避けられる。


ナイフを取り上げた女の右手を、俺はそのまま自分の両手で包んだ。


冷たかった。氷みたいに冷たい手だった。ずっとこんな手で、生きてきたのだろう。


手のひらに、ほんの少しだけ覇権を通す。錬成術の要領で、皮膚の割れ目を内側から繋ぎ合わせていく。赤く割れていた関節が、ゆっくりと塞がっていく。冷え切っていた指先に、じんわりと血の色が戻っていく。


女が、息を呑んだ。


「ただな。お前さんも俺みたいに、境遇は最悪だ。でもだ、ちょうどいいことに――」


俺は女の手を握ったまま、言葉を探した。こういうのは苦手だ。本当に苦手だ。


「俺は、助けられた恩を次に返そうと思ってる。けど、返す相手がいなくて困ってるんだわ。……だから、お前にそのチャンスをやろうと思う」

「ちょ、ちょっと待って、はっす〜! それはさすがに……!」


シュベルトが、慌てて話に割り込んできた。


「お前は一回黙ってろ!」


俺は振り返らずに言った。


「……これは、この件は、俺だけの問題なんだ」


死んでも譲りたくないものは、死んでも離さない。そういう目で、肩越しにシュベルトを見た。


しばらくの沈黙のあと、シュベルトの口角が、ふっと上がった。


「まったく。はっす〜はやっぱり、『極度の負けず嫌い』だ。こうなったら、僕も何も言わないよ。ま、なるようになると思って見守ることにするさ」

「そういうこった。俺は何がなんでも、自分を曲げねぇからな!」


俺はシュベルトに、ありがとうと言う代わりにニッと笑ってみせた。それから、前に向き直る。


「こんな俺だけど、努力が報われないことだけは、絶対にないと信じてるんだ」


握った女の手は、もう冷たくなかった。


「だから、今のお前を見てると、どうにも自分の信念が間違ってるみたいに思えて、気分が悪いんだよ。こんなになるまで手を凍らせて、毎日ナイフ握って、それで行き着いた先がこんな地下の穴ぐらだなんてさ。……だから俺は、その変な方向に向いちまった努力を、修正しようと思う」


俺は女の手を離して、改めて、自分の右手を差し出した。


「これは、俺からの提案(オーダー)だ。報酬が欲しいならいくらでも出す。なんなら福利厚生付きだ。住む場所も、俺がまとめて面倒を見る」


しっかりと、女の目を見て言った。いつもなら逸らしてしまう目を、今だけは逸らさなかった。


「どうだ。お前、俺について来ないか。――もう一人の、パートナーとして」


女は、俺の差し出した手を見つめていた。


長い、長い沈黙だった。


それから、ぽきり、と小さな音がした。


女の高すぎるヒールの踵が、根元から折れた音だった。張り詰めていた何かが切れたように、女の身体ががくんと沈む。石畳に膝をついた女は、思っていたよりもずっと小さかった。


女は、俺の手を両腕で抱きかかえるようにして、泣き崩れた。


「報酬なんて、いりません……!」


しゃくり上げながら、女は叫んだ。


「わたしを、あなたのそばに置いてください……!! 覇王さま!」


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