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モーニングルーティーン  作者: 鍵しっぽハンター
第一章「開店前」 〔早春〕

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第四話「部下を外に待たせて」



八時十分、引き戸のガラス越しに人影が三つ見えた。


スーツを着た人間たちだった。三人とも背筋が伸びている。立ち方が揃っている。先頭の一人が店を見ていた。看板を見て、窓を見て、引き戸を見た。品定めするような目だった。幸子はカウンターの内側からその目を見ていた。


先頭の男が何か言った。後ろの二人がうなずいた。男が引き戸に手をかけた。一人だけ入ってきた。後ろの二人は外に残った。寒そうだった。


男は大柄だった。店に入った瞬間に空気が変わった。他の客が少しだけ背筋を伸ばした。意識してではない。体が勝手にそうした、という動き方だった。竜人族だと幸子は思った。鱗は見えない。でも首筋のあたりに、光の当たり方によって青みがかった何かが見えた。


男がスーツの胸元に手をやった。名刺入れを探る動作だった。取り出しかけて、止めた。渡す相手がいないことに気づいたのか、習慣が先に動いたのか。財布に戻して、店の中を見渡した。


「いらっしゃい」と幸子は言った。「一名なんですが」と男は言った。「どうぞ」とカウンターを示した。


男はカウンターの端に座った。幸雄の席から一番遠い端だった。コーヒーを淹れながら、男の様子を見た。背中が張っていた。肩が上がっている。店に入ってから一度も、力が抜けていない。


モーニングを並べると、男は小倉トーストを見た。「両方トーストですか」と聞いた。「名古屋のモーニングだから」と幸子は言った。男は少し黙った。それから小倉トーストを一口食べた。悪い顔はしていなかった。


八時半を過ぎた頃、男が口を開いた。「この店は、長いんですか」と聞いた。「五十年ちょっとだわ」と幸子は答えた。


男が店の中を見た。カウンターの傷を見た。棚の止まった時計を見た。幸雄の写真を見た。「変わらないんですね」と言った。「変えとらんから」と幸子は言った。「変える理由がないだけかもしれんけどね」


男が独り言のように言った。「うちの会社は毎年変わる。方針が変わる。組織が変わる。人が変わる」。「変わることが正しい、という前提で動いている」と続けた。


「そうだわなあ」と幸子は言った。「変わることが正しいこともあるわねえ」


男が「そうではないこともある、ということですか」と聞いた。「どっちだとは言えんわ」と幸子は言った。「変わったことで、よくなるものと、なくなるものがあるだけだわ」


男は黙った。バタートーストを手でちぎった。小さく、ちぎった。皿の上に白い破片が並んだ。


窓の外をもう一度見た。部下の二人はまだいた。一人がもう一人に何か話しかけていた。笑っていた。男の表情が一瞬だけ変わった。でもすぐに戻った。


「あの二人、先に入れてやればよかったかもしれんね」と幸子は言った。「確認が先でしたので」と男は言った。「確認、終わった?」と幸子は聞いた。「……まだです」と男は言った。


九時前になった。男はモーニングをほとんど食べた。バタートーストが一口分だけ残った。白和えだけが、手つかずで残った。コーヒーを飲み干した。立ち上がりかけて、止まった。


「一つ聞いていいですか。この店は、予約できますか」


「予約はしとらんわ」と幸子は言った。「来た人が座れる席に座る、それだけだわ」


男が「ミーティングで使うのは難しいかもしれませんね」と言った。「そうかもしれんね」と幸子は言った。男の顔が、少し安心したように見えた。


財布を出した。支払いをした。引き戸に向かって、そこで止まった。幸子の方を振り返った。「失礼なことを言いましたか」と聞いた。


帰り際にそんなことを聞く客は、あまりいない。幸子は少し驚いた。「どう思う?」と幸子は返した。


男が考えた。「……聞いてはいけないことを聞いたつもりは、ありませんでした」と言った。「そうだわね」と幸子は言った。「聞いたらいけんことじゃないかもしれんけど、答えにくい聞き方もある。今日はそういうことはなかったと思うけどね」


「ただ」と幸子は続けた。「部下の人たちを寒い中に立たせとくのは、どうかとは思うわ。確認することに一生懸命だと、待っとる人が見えにくくなることもあるけどね。……あんたは、何を確認したかったの?」


男は長い間、答えなかった。引き戸に手をかけたまま、店の中を見ていた。カウンターの傷を見た。止まった時計を見た。幸雄の写真を見た。順番に、ゆっくりと。


「……わかりません」と言った。


「それがわかったんなら、今日来た意味があったわ」と幸子は言った。「またどうぞ」


男は一度だけうなずいた。引き戸を開けた。


外に出た男が、部下の二人に何か言った。三人の姿が、商店街の方へ歩いていった。店には入ってこなかった。


声に出さずに思った。


——「わかりません」って言えた人だったわ、あの人。


窓の外、商店街が動いていた。


——強そうに見えたけど、わからないことをわからないって言えた。幸雄さん、あんたが最初にそれを言えたとき、私はどんな顔してたんだろうね。


次の客のためのコーヒーを淹れた。商店街が、静かに動き続けていた。


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