第十九話 順番
堀内の証言は、一覧表の一行には収まらなかった。
深津は別紙を起こし、時刻順に並べ直した。9時20分、停電。9時25分ごろ、3階の西の端に明かり。9時半ごろ、2階の東から二番目。9時47分、棟の入り口の扉。以後、下を東から西へ動く光。10時2分、復旧。10時20分ごろ、扉がもう一度。
これを、他の十九行と突き合わせる。
3階の西の端は、宇野である。宇野は懐中電灯を持って廊下を見たと言った。時刻は聞いていないが、停電の直後だったはずだ。9時25分は合う。
2階の東から二番目は、階段のほうで足音がしたと言った家である。この人は確かめには出ていない。部屋の明かり、つまり懐中電灯か何かを点けたのが9時半ごろ。足音を聞いたのはその前後だろう。
4階の東から三番目は、窓の外に人が立っていたように見えたという家。5階の中ほどは、背の高い人影の家である。堀内はこの二つを「10時に近かった」と言った。復旧の直前ということになる。
深津は鉛筆で線を引きながら、四つとも住民の話と矛盾しないことを確かめた。
堀内の証言は、他人の証言を裏づける形で機能する。本人はそのつもりで話したわけではない。ただ、見えたものを時刻とともに言っただけである。
残るのは、扉の音だった。
9時47分に、誰かが棟の外へ出た。10時20分ごろに戻った。篠田も同じ二つの音を聞いている。時刻もほぼ一致する。二人が別々の場所で、同じ音を聞いている。これは確度が高い。
問題は、その人が誰かということである。
深津は一覧表の五列目を見た。その間にいた場所。十九行のうち、外へ出たと答えた人は一人もいない。廊下へ出たのが三件で、あとは全員が自室である。
誰も出ていないのに、扉は二度鳴った。
篠田の言葉が残っていた。一階の人だったら、階段いらないだろ。
深津は戸番の一覧を出した。七号棟の一階は八戸。うち退去済みが三戸、留守が一戸。残るのは四戸である。四戸のうち、聞き取りに応じたのが三戸。
どの家も、自室にいたと答えていた。
深津は一階へ行った。
外の扉のところで、押してみた。バネが強い。手を離すと、閉まるときに枠へ当たって、そのあともう一度、小さく鳴った。二度鳴る、というのは正確な言い方だった。
廊下に立って、四つの戸を順に見た。
いちばん階段に近い戸には、傘が二本と長靴が一足入るたたきがある。前に一度、上がったことがある。こたつが出ていて、湯呑みが二つ置いてあった。
ほかの三戸は、それぞれ聞き取りに応じている。夜9時には寝ていたという高齢の夫婦、テレビを見ていたという単身の男性、子どもを寝かせていたという家。
深津は廊下の端まで歩いて、戻った。
戻りながら、自分がいま何を数えているのかに気づいて、そこで止めた。数えるのは、疑うことに近い。疑う根拠が、まだない。
その日は、そこで手が止まった。
止まってから、深津は別の作業に移った。移らないと、同じところを何度も見ることになる。
月末の集計が残っていた。退去同意書の回収状況を棟別にまとめ、未提出の戸をリスト化して本社へ送る。数字だけの作業である。
七号棟の束を出して、日付順に並べ直した。
いつもの作業だった。判の位置を確かめ、日付の欄を見て、重ねていく。何度もやっている。今日も同じように始めて、五枚目のところで、指が止まった。
日付が同じ三枚が続いていた。
戸番を見ると、4階の東から順に三戸である。並びが、そのまま廊下の並びになっている。
次の日付は、その一週間後。5階の東から四戸。
その前の週は、3階の西の端から、東へ向かって五戸。
深津は束を全部広げた。机が足りないので、床にも並べた。
日付ごとに固めていくと、形が出てきた。
最初は一階。八戸のうち、退去済みを除く五戸が、同じ日に集まっている。次の週が二階、その次が三階。ただし三階だけは西から東へ動いていて、他の階と逆である。それから四階、五階。
順番に回っている。
一階から上へ、廊下に沿って、端から端へ。三階だけ向きが逆なのは、階段の位置の関係だろう。上がってきて、近いほうから回れば、そうなる。
深津はしゃがんだまま、床の紙を見ていた。
自分の巡回ではない。深津は名簿の順に回る。未提出の戸を優先し、留守なら後回しにし、面談の予定に合わせて順番を組み替える。物理的な並びどおりに回ったことは一度もない。
これは、階段を上がりながら、隣の戸へ、また隣の戸へと歩いた人の順番だった。
誰が。
答えは、聞くまでもなかった。
翌日、深津は三軒に確かめた。
退去の面談のついでに、同意書はどのように出されましたかと聞いた。三軒とも、同じことを言った。
「佐久間さんが持ってきてくれたから」
「その場で書きました。ええ、佐久間さんが待っててくれて」
「私、字が細かいところが分からなくて。佐久間さんが読んでくれたんです」
一軒では、こうも言われた。
「あの人がいないと、うちなんか、期限まで出せなかったですよ。息子が遠くにいるから、相談する相手もいなくて。佐久間さんが二回来てくれて、二回目に書きました」
深津は礼を言って、階段を下りた。
下りながら、頭のなかで数字が動いた。
七号棟の回収率は、他の棟より二割高い。深津はそれを「まとまりのいい棟だから」と説明してきた。本社への報告にもそう書いた。実際は、一人の老人が一階から順に上がって、玄関先で十分立ち話をして、その場で書かせていた。
それは、良いことだった。
誰も損をしていない。期限までに出せなかったはずの家が出せている。会社は助かっている。深津の集計も助かっている。
助かっていた。
助かっているあいだ、深津はその戸を訪ねなくてよかった。訪ねなくてよかった戸のことは、覚えていない。堀内の顔が出てこなかったのも、それが理由である。
佐久間は、全部知っている。
どの家が誰と暮らしていて、どこへ移るのか。息子が遠いのか、字が読みにくいのか、犬がいるのか。誰が何時に帰ってきて、誰が何を困っているのか。
深津は集会所に戻り、床の紙を集めて、束に戻した。
輪ゴムをかける手が、一度止まった。
夜、事務所に一人で残った。
署名の日付と戸番を、別紙に書き写した。日付順に、階と方向を添えて。書き写すと、経路が線になる。線は一階から始まって、五階で終わっている。
その線を見ながら、深津は自分が何を作っているのかを考えた。
これは、佐久間があの一か月に何をしていたかの記録である。会社の書類から作れる。誰でも作れる。誰も作らなかっただけだ。
同時に、これは何の証拠でもなかった。
親切な老人が、退去に困っている家を回った。それだけである。事故とも、停電とも、何の関係もない。関係づけようとすれば、できるかもしれない。全戸を回っていたのなら、全戸の在宅時間を知っている、と言うことはできる。
言うことはできる。だから何だというのか。
深津は別紙を二つに折り、手帳のあいだに挟んだ。
挟んでから、なぜ挟んだのかを考えた。
一覧表と一緒に、聞き取りのファイルへ綴じておけばいい。そういう性質の紙である。綴じておけば、あとで誰かが見る。誰かが見て、質問をする。質問をされたら、答えればいい。
答えると、話が長くなる。
誰が回っていたのか。なぜ回っていたのか。回っていた人は、あの晩どこにいたのか。
深津は手帳を閉じた。
閉じたときに、机の上に置いてある名刺が視界に入った。電話機の横に、ひと月半、立ったままになっている。
深津は明かりを消して、鍵をかけた。




