Lesson 12 引きすぎる線と引けない線
1989年5月17日(水) 21:41
一
僕は自宅に戻った。電話は鳴らなかった。正確に言えば、鳴らない時間が続いているだけだ。留守番電話の赤い点滅もなく、受話器の周りに漂っていた「あのうちまた来る」という気配まで、薄くなっている。
ほっとしている。それは間違いない。母さんの声を聞けば、僕はまた余計なことを言うかもしれない。だから鳴らないほうがいい。そう思う一方で、その沈黙そのものが母さんの痛みの形に思えて、不安にもなる。怒っているのか、泣いているのか、それとも諦めたのか。確かめる方法はある。こちらから電話をすればいい。それだけなのに、その一歩が出なかった。
玄関のチャイムが鳴った。扉を開けると兄ちゃんが立っていて、土の匂いのする段ボールを抱えていた。野菜が詰まっていて、底にはたぶん米も入っている。
「置いとく」
「ありがと」
兄ちゃんは箱を上がり框の脇へ置き、いつものように靴を揃えた。僕は母さんのことを聞かなかった。聞けば、その先へ進まなければならない気がしたからだ。
兄ちゃんも何も言わない。僕が避けていることを分かっていて、押してこない。その沈黙はありがたいが、僕が何もしないままでいられる場所にもなっていた。
ふと兄ちゃんが庭へ目を向けた。石窯の横には薪の束が残り、灰を入れたバケツと火箸、スコップも置かれている。ゴールデンウィークから半月以上経っているのに、使った跡までは消えていなかった。
「そう言えば、石窯使ったのか」
「うん。学院の先生たち呼んだ。ゴールデンウィークに」
「へえ」
兄ちゃんは、それ以上聞かなかった。深掘りしないところが兄ちゃんらしく、僕には助かる。
「じゃあ、またな」
背を向けた兄ちゃんに「うん」と返しながら、「また」と言われたことに少しだけ息をついた。家族は壊れてはいない。ただ、どちらへ揺れているのかが、僕にはまだ分からなかった。
二
今日の夕方は学院へ行った。教室へ向かうまでに何度か喉を鳴らしたが、身体は妙に軽かった。母さんの電話も、兄ちゃんの沈黙も空白のまま置かれ、その空白が僕を変に落ち着かせていた。
ただ、空白には何でも入り込む。安心も、不安も、勝手な想像も。
教室に入ると、ジェニファー先生がいつも通りの声量と距離で迎えた。
"Hi, Nao! How are you today?"
(やあ、ナオ! 今日の調子はどう?)
僕は言葉を選び切る前に口を開いた。黙っているほうが目立つと分かっているから、最低限でも返す。その程度には、以前より身体が英語の時間に慣れてきた。
"I'm fine. A little busy at work."
(元気です。仕事がちょっと忙しくて)
"Oh, busy! You're doing great, though."
(忙しいのね! それでも、上手くいってるんでしょ)
褒められると胸が落ち着いた。以前なら嬉しいで済んだだろう。今は、褒め言葉ひとつで形が整う自分が少し怖い。
発言量は確かに増えている。単語だけで止まることが減り、短くても文にして返せるようになった。急に話を振られても、笑って誤魔化すだけではなく、とにかく何か返そうとする。教室の視線を浴びても、以前ほど背中が熱くならない。
受付の女性が言っていた「慣れ」というのは、こういうことなのかもしれない。英語が急に分かるのではなく、分からない状態のまま、その場に居続けられるようになる。
あれから、ベネット先生は淡々としていた。板書の字は整い、説明は過不足がない。僕の発言にも、必要以上の褒め言葉はつけない。
"Let's move on."
(次に進みましょう)
ただそれだけなのに、僕には少し冷たく聞こえた。違う。たぶん冷たいのではない。僕が勝手に温度を探し、見つからないことを不安に思っている。
(僕は……失敗したんだろうか)
連休のこと。家のこと。境界のこと。ベネット先生に言われた言葉は、まだ僕の中で片づいていない。貼り紙は剥がし、家の中も元に戻した。けれど、それで正しかったのかどうかを、誰かに確かめたくなっている。
声の抑揚も視線も、たぶん以前と同じなのに、同じに見えなくなっていた。
三
休憩時間、ロビーには英語と日本語が混ざったざわめきが広がっていた。僕は自販機の前で紙コップを受け取り、熱いコーヒーをすすった。舌に残る苦味が、考えすぎた頭を少し現実へ戻してくれる。
そこへジェニファー先生が来て、僕の肩を軽く叩いた。
"We should have another party sometime!"
(またいつか、パーティーしようよ?)
心臓が一瞬だけ跳ねた。誘われるのは嬉しい。石窯パーティー自体も楽しかった。ただ、僕の家は僕の家だという当たり前を、連休中の僕は曖昧にした。
"Maybe. I'll think about it."
(そうですね。考えてみます)
肯定も否定もせず、その中間へ逃げた。どちらにも転べる場所なら、とりあえず誰も傷つけず、自分も困らない。そうやって何度も済ませてきた。
廊下の奥にベネット先生の姿が見えた。こちらに気づいたかどうか分からない距離だったが、目が合うかもしれないと思っただけで身体が硬くなる。
(僕は、何を怖がってる)
答えは出ない。怖いという感覚だけが先にあって、あとから理由を貼り付けようとする。家族の前でやっていたことを、僕は学院でも繰り返しているのかもしれなかった。
自分の癖を分かっているつもりだったが、それは俯瞰ではなく、鼻先しか見えていない近視に近い。
四
翌日。学院からの帰り道、ヘッドライトが新しく敷かれたアスファルトを白く照らし、街灯が一定の間隔で後ろへ流れていった。会社へ行き、家事をして、学院へ通う。僕の生活は少しずつ規則正しい形へ戻ろうとしている。繰り返しは僕を支えるが、それに頼れば、動かなくても済んでしまう。
兄ちゃんが玄関で何も言わなかったことを思い出した。母さんの話をしない兄ちゃんと、聞かない僕。あれはたぶん優しさだ。けれど、別の見方をすれば、僕が「聞けない人間」になっているから、兄ちゃんも「言えない人間」になっている。
家族の前では、僕が先に構える。傷つけられないように線を引き、近づかれると、その線をもっと濃くする。
学院では逆だ。構えを下げたことで英語は少し出るようになったが、人との境界まで曖昧になった。誘われれば笑い、頼まれれば考え、嫌だと思う前に相手に合わせる。
家族には線を引きすぎる。
他人には線を引けない。
僕はそれを、ずっと「矛盾」と呼んでいた。けれど、矛盾だから仕方がない、と済ませていただけなのかもしれない。
(このやり方じゃ、変わらない)
英語のことだけではない。実家の米や酒を外へ売っていきたいのなら、人と向き合い、頼み、断り、ときには考えをぶつけることから逃げられない。相手に合わせるだけでも、身内にだけ武装するだけでも、先へは進めない。
このままでは、点数ではなく、自分の望んでいる将来そのものから遠ざかる。
家に着き、鍵を回した。玄関灯を点けると、いつもの静けさが戻ってくる。電話は鳴らない。鳴らないことに、やはり少しだけほっとする。
その安心を責める気にはなれない。ただ、何もしなければ同じところに居続けるだけだ。
僕は電話を一度見た。受話器へ手は伸びなかったが、以前のように視線まで逸らすことはしなかった。
しばらく見つめてから玄関の電気を消し、台所へ向かった。




