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逆転生勇者、現代国家に“災害級危険人物”認定されました  作者: 妖怪ステーキ


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第七章 ホログラムの墓標

◆ ◆ ◆

┌─ 【手記・DAY 14】

│ ルナが、よく食べる。

│ ガルドが、ルナにアイスを買ってやって、自分も食べて、頭を抱えていた。

│ 「冷たい食い物が、頭の中に、痛みを、起こすぞ」とヴェイルが解説した。

│ ノアは、政府の最奥にいるらしい。

│ ──たぶん、生かされている。

│ だけど、僕は、確信が、持てない。

└────────────


挿絵(By みてみん)


ルナは、おにぎりというものを、生まれて初めて食べた。

僕たちは、神戸を離れ、京都の郊外の、廃れた農家に、身を潜めていた。クロードが、もう一度、手配してくれた隠れ家だった。彼は、僕たちが行く先々で、必ず、先に動いていた。

「おにいちゃん」

ルナが、白い、三角形の食べ物を、両手で持ったまま、不思議そうに僕を見上げた。

「これ、なに?」

「米、というらしい」

「これ、人間が、食べていいの?」

「うん」

「すごい」

ルナは、おにぎりを、ひとくち、齧った。

彼女の目が、見開かれた。

「おいしい」

ガルドが、ルナの隣で、二十個目のおにぎりを、口に放り込んでいた。

「兄弟。これ、最高だ」

「うん」

「米、っていうの、最高だ」

「分かった、もう少し買ってくる」

ヴェイルが、苦笑しながら、僕の腕を引いた。

「行くぞ、レイン」

「ヴェイル」

「ノアの話だ」

彼女の声が、低くなった。

僕たちは、家の裏手の、小さな池のほとりに、座った。

夕方の光が、水面に、橙色を落としていた。元の世界と、変わらない色だ。空も、水も、夕日も、結局、どこの世界でも、同じ色をしているらしい。

「レイン」

「ん」

「ノアの居場所が、地図に出ないということは、これは、政府が、ノアを、知っている、ということだ」

「ああ」

「知っていて、隠している」

「うん」

「それは、たぶん、ノアが、彼らにとって、便利だからだ」

僕は、頷いた。

ノアの能力は、ホログラム。

一度見た生物の姿に、自由になれる。話す、魔法を使う、攻撃する──ホログラム越しに、すべてが可能だ。

「ノアを、政府は、何に、使う気だろう」

僕の問いに、ヴェイルは、ふっと、笑った。

「決まっている。スパイ、暗殺、世論操作。誰の姿にもなれる人間がいたら、お前なら、何に使う?」

「……何にも、使いたくない」

「お前は、そういうやつだ」

彼女は、池に、小さな石を、投げた。

「だが、政府は、違う」

クロードからの連絡は、その夜、届いた。

彼は、政府の中枢に、すでに、潜り込んでいた。「内閣官房参与」という、僕には意味の分からない肩書きで、僕たちの動きに関する報告書を、毎日、書いていた。

彼の連絡は、簡潔だった。

──ノアは、地下施設に、いる。会いに行くな。今は、まだ、無理だ。

僕は、その短い文章を、何度も、読み返した。

「会いに行くな」と、クロードが書くのは、初めてだった。

彼は、いつも、僕に「行け」と言う男だ。彼が「行くな」と言うときは、本当に、無理なときだ。

ガルドが、僕の手元を、覗き込んだ。

「兄弟」

「ん」

「クロードは、何て、書いてる」

「無理だ、と書いてる」

「──行くか」

「ああ」

ガルドは、おにぎりを、もうひとつ、口に放り込んだ。

「いつ、出る」

「明日の夜」

「分かった」

ヴェイルが、僕たちのやり取りを聞いて、深く、溜息をついた。

「お前たちは、本当に、変わらないな」

彼女は、しかし、止めなかった。

ただ、自分の短剣の手入れを、始めただけだった。

東京の地下施設は、僕の想像を、超えていた。

最初の三層は、警備員と、通常の設備。クロードの情報通り、僕たちは、彼の用意した「点検作業員」の身分で、入り込んだ。ヴェイルが、フードを深く被り、エルフ耳を、隠した。ガルドは──ガルドは、最初から、潜入には参加しなかった。

「兄弟。俺は、地上で、待つ」

「ああ」

「もし、お前たちが、出てこなかったら」

ガルドは、空を見上げて、にやり、と、笑った。

「そのときは、俺が、地面ごと、お前たちを、掘り出す」

彼の冗談は、いつも、半分以上、本気だ。

ヴェイルと僕は、第四層、第五層、と、降りていった。

──通路の、空気が、変わった。

第六層に、たどり着いたとき、僕たちは、ガラス越しに、ある部屋を、見ていた。

白い、清潔な部屋。

中央に、人ひとり分の、台座。

台座の上に──。

透明な、結晶のようなものが、置かれていた。

結晶の中に、何かが、閉じ込められていた。

色のない、形のない、光のような、影のような、何か。

──ノアだ。

僕は、すぐに、それを、理解した。

「あれが、本体か」

ヴェイルが、ガラスに、額をつけて、呟いた。

「私たちが、千年、見たことのなかった、あいつの、本当の姿、か」

結晶の中の、それは、僕たちの存在に、気づいたようだった。

ぐにゃり、と、形を、変える。

そして、結晶の表面が、内側から、波打った。

そこに──。

文字が、浮き上がった。

──Hi, Rain. ごめん、しばらく、無理。

僕は、息を、吐いた。

生きている。

無事だ。

だが──。

「ヴェイル、これは、結晶ごと、持って帰れないか」

「無理だな。たぶん、結晶を割ったら、本体も、傷つく」

「……」

「あいつ自身が、無理だと言っている。あいつが無理だと言うときは、本当に、無理なときだ」

ヴェイルの声は、苦々しかった。

結晶の表面に、もうひとつ、文字が、浮かんだ。

──ヴェイル、おばあちゃん、お久しぶり。

ヴェイルの、こめかみに、青筋が、立った。

「ノア、お前──」

結晶が、楽しげに、震えた。

ヴェイルは、深く、息を吐いて、それから、ふっと、笑った。

「生きてるな、お前は」

結晶が、もう一度、震えた。

──そのうち、自力で、出るから。みんな、元気でね。

そして、結晶の表面が、また、静かになった。

僕は、しばらく、結晶を、見つめていた。

──連れて、帰りたい。

だが、ノア自身が、無理だと言っている。

僕は、結晶に、片手を、当てた。

「ノア」

「ん」

「必ず、迎えに来る」

結晶の中の、光のような何かが、ふわりと、揺れた。

それが、ノアの、返事だった。

地上に戻ったとき、ガルドは、農家の畑で、白菜の収穫を手伝っていた。

──「待つ」と言ったはずなのに。

「兄弟。あの婆さんが、一人で、これを、抱えてたんだ。可哀想だろ」

白菜の山の前で、ガルドは、子供みたいに笑っていた。

僕は、彼の頭を、軽く、叩いた。

「ありがとう、ガルド」

「兄弟、ノアは」

「生きている。だが、今は、無理だ」

「……あいつらしい、な」

ガルドは、額の汗を、拭いた。

そのとき──。

僕の地図の上で、別の点が、激しく、点滅を、始めた。

ヴェイルの居場所では、ない。

ガルドの居場所でも、ない。

──知らない場所だった。

北関東。

茨城、と書かれた場所。

そこに、点が、ひとつ、ふらり、と、灯った。

点の名前は──。

ヴェイル。

僕は、ヴェイルを、見た。

ヴェイルは、僕の隣に、いた。

地図の上の点は、別の場所に、いた。

僕の指先が、冷たくなった。

「ヴェイル」

「ん」

「お前の、点が、二つ、ある」

ヴェイルの顔が、強張った。

「──偽物、か」

「いや」

僕は、もう一度、地図を、見た。

北関東の、その点は、いつもの、ヴェイルの点と、全く、同じ色を、していた。

──偽物では、ない。

「ヴェイル」

「ん」

「お前と、同じ、輝き方を、している、もうひとつの『ヴェイル』が、いる」

ヴェイルが、長く、息を、吐いた。

そして、ぽつり、と、呟いた。

「──分かった。エルフは、千年生きて、ようやく、自分の、本当の名前を、知る。私の名前は、ヴェイル。だが──」

彼女は、夕暮れの空を、見上げた。

「私の、本当の名前を、知っている、もう一人の、エルフがいるとしたら」

「いるとしたら?」

「それは、私の、姉だ」

◆ ◆ ◆

── 第七章 了 ──

次章「エルフは森を捨てた」へ続く


ここまで読んでいただきありがとうございます。

レインたちの逃亡を、もう少しだけ見届けていただけると嬉しいです。

次回もお楽しみに。

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