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逆転生勇者、現代国家に“災害級危険人物”認定されました  作者: 妖怪ステーキ


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第六章 地下のオークション

◆ ◆ ◆

┌─ 【手記・DAY 11 夜】

│ 二十二時。

│ クロードの招待状を、持っている。

│ 剣を、抜かないと、約束した。

│ ──守れる、自信が、ない。

└────────────


挿絵(By みてみん)


神戸の港は、夜になると、別の街になる。

昼間の物流の喧騒が、ぴたりと止む。代わりに、巨大なコンテナの陰に、見たことのない種類の影が落ちる。船の汽笛が遠くで鳴り、潮の匂いの下に、もうひとつ、僕の知らない匂いがする。

──金の匂いだ。

元の世界でも、嗅いだことがある。盗賊の隠れ家、奴隷商人のキャラバン、闇の取引が行われる宿屋の地下。どこでも、同じ匂いがした。

僕は、クロードに渡された黒い封筒を、もう一度、確かめた。

封筒の中身は、薄い金属の板だった。「招待カード」というらしい。これを示せば、会場に入れる。

「レイン」

僕の隣で、ヴェイルが、低い声で言った。

「私とガルドは、外で待つ。中に入るのは、お前一人だ」

「分かっている」

「ガルドが入ったら、会場が崩れる。私が入ったら、私が誰かを殺す」

「ああ」

「だから、お前が、行くしかない」

ヴェイルが、僕の肩に、片手を置いた。

「正義感を、出すな」

「うん」

「お前が、人を斬る顔になったら、私は、お前を、引きずって帰る」

彼女の目は、本気だった。

僕は、頷いた。

「会場」は、地下にあった。

古い倉庫の床が、ある角度から押すと、ゆっくりと、地下へ続く階段に変わる仕組みだった。エレベーター、というものらしい。元の世界でいう「魔導機関」に近い、力のかけ方を変える仕掛けだ。

階段を降りるあいだ、僕は、見たことのない世界を、見ていた。

地下の通路は、清潔だった。

壁は白く、床には絨毯が敷かれ、照明は柔らかく、空気は冷えていた。給仕の服装をした、若い男女が、僕に頭を下げる。彼らの首には、見慣れない金属の輪が嵌っていた。

──奴隷だ。

僕は、すぐに、それを理解した。

彼らの目には、僕の知っている種類の、諦めの色があった。

「ようこそ、サー」

受付の女が、僕の招待カードを受け取り、にこやかに、僕を会場へ案内した。

ホール、と呼ぶには小さい部屋だった。

円形の客席。中央に、低い舞台。舞台の上には、まだ、何も載っていない。

客は、二十人ほどいた。

全員、顔を、黒い仮面で隠していた。

僕は、自分の席に着き、ゆっくりと、息を吸った。

最初に舞台に上がったのは、男の奴隷だった。

筋肉質で、若く、瞳の色が、僕の知る限りでは珍しい青だった。彼は、舞台の中央で、ただ、立っていた。司会の男が、滑らかな声で、彼の「商品説明」を始めた。

僕は、聞かないようにした。

聞いたら、僕は、剣を、抜く。

二人目は、女だった。

三人目は、また女。

四人目は、子供。

僕の指は、剣の柄から、何度も、何度も、離した。

クロードの声が、頭の中で、響いていた。

──ルナを救うことだけ、考えろ。

僕は、頷くように、舞台の上の、奴隷たちを、見送った。

どの顔も、頭に、焼き付いた。

一人残らず。

──いつか、必ず、迎えに来る。

そう、心の中で、約束した。

ルナが舞台に上がったのは、八番目だった。

十歳の少女が、白い、薄い、ほとんど布と呼べないようなものを着せられて、舞台の中央に、立たされていた。

彼女の足は、震えていた。

僕は、息を、止めた。

司会の男が、笑顔で言った。

「お次は、特別な商品です。最近、各国の研究機関で『天使に近い遺伝子構造』を持つ少女が話題になっておりますが──」

僕の耳の奥で、何かが、鳴った。

──研究機関。

──人体実験。

「現在、開始価格は、五千万円。なお、こちらの少女は、研究用途のお買い上げを優先しております。倫理委員会の認可は、当方で──」

僕は、立ち上がりかけて、止まった。

ルナと、目が合った。

ルナの目は、僕を、見ていた。

そして──。

彼女は、首を、左右に、わずかに振った。

──今は、まだ、いけない。

そう、言っていた。

僕は、ゆっくりと、座り直した。

ルナは、十歳だ。

だが、彼女は、僕たちの中で、いちばん、賢い。

彼女には、見えている、何かがある。

僕は、競りに、参加した。

元の世界の通貨は、ここでは使えない。だが、クロードが、招待カードに「与信枠」というものを、用意してくれていた。彼の準備の良さに、僕は、心の中で、深く、頭を下げた。

「一億」

「一億五千万」

「二億」

競りは、進んだ。

僕の隣の席で、別の仮面の男が、不機嫌そうに、舌打ちした。

「三億」

僕は、ためらわなかった。

「五億」

会場が、ざわついた。

「十億」

舌打ちが止まった。

「他に、いらっしゃいませんか」

司会の男が、にこやかに、会場を見回した。

「では、十億円で、こちらの紳士に──」

そのとき、会場の奥から、声が、響いた。

「二十億」

空気が、凍った。

声の主は、最奥の貴賓席にいた。

仮面の下から、品のいい、年配の男の声がした。

「研究用途で、こちらの予算を、すでに、組んでおりまして」

司会が、深々と、頭を下げた。

「これは、これは、博士。失礼いたしました。では、二十億で──」

──博士。

僕は、その単語を、聞き逃さなかった。

学者だ。

ルナを、生きたまま、解剖する気の、学者だ。

僕の中で、何かが、ぷつりと、切れた。

──いや、切れる、寸前で、止まった。

クロードの声が、もう一度、頭の中で、響いた。

──踏み越える前に、踏みとどまってくれ。

僕は、深く、息を吸った。

そして、ゆっくりと、立ち上がった。

会場が、僕を、見た。

僕は、自分の招待カードを、テーブルの上に、置いた。

そして、剣を、抜いた。

司会の男が、悲鳴を上げた。

「け、警備──!」

僕は、剣を、ゆっくりと、舞台の方向に、向けた。

そして、剣の腹で、舞台の照明を、軽く、一度、叩いた。

ガラスの、割れる音。

会場が、暗くなった。

──暗闇の中で、人間は、自分の前にいる人間しか、認識できない。

僕は、知っている。

ルナの体を抱き上げた瞬間、彼女の小さな手が、僕の頬に触れた。

「レイン、おにいちゃん」

「うん」

「ありがとう」

「うん」

「でも、ねえ」

ルナの声は、十歳とは思えないほど、落ち着いていた。

「ここに、いた、他の人たち、を、忘れない、で」

「忘れない」

「絶対、絶対、忘れない、で」

「忘れない」

僕は、彼女を、強く、抱きしめた。

──暗闇の中で、混乱した警備員たちの銃声が、上がる。

僕は、振り返らずに、走った。

舞台の床を蹴り破り、地下のさらに下へ、抜けた。

クロードが、用意してくれた、脱出路。

──ありがとう、クロード。

僕は、剣を、人に向けて、抜かなかった。

ただ、照明を、一度、割っただけだった。

約束は、守った。

──このときは、まだ。

地上に出ると、ガルドが、待っていた。

彼は、僕の腕の中の、小さなルナを見て、ぐしゃり、と、顔を歪めた。

「お嬢ちゃん」

「ガルド、おじさん」

ルナが、ガルドに手を伸ばした。

ガルドが、その手を、自分の指で、そっと、握った。三メートルの巨人の指は、ルナの拳より、ずっと太い。

「無事で、よかった」

「うん」

ヴェイルは、何も言わなかった。

ただ、僕の隣に立ち、僕の頬を、軽く、二度、叩いた。

「よくやった」

「ヴェイル」

「ん」

「ノアは、まだ、来ない」

僕は、地図を、取り出した。

海の上の、四つ目の染みは──。

消えていた。

僕は、しばらく、地図を、見つめた。

「ヴェイル」

「ん」

「ノアの、点が、ない」

ヴェイルが、僕の地図を、覗き込んだ。

彼女の眉が、寄った。

「死んだ、わけじゃない、はずだ」

「うん。名前は、残っている」

「でも、位置が、分からない」

「ああ」

「──誰かが、隠している」

ヴェイルの声は、低かった。

ガルドの肩の上で、ルナが、小さな声で、言った。

「ノアおねえちゃん、政府の、いちばん奥に、いる」

僕たち、三人は、ルナを見た。

十歳の少女は、まっすぐに、北を、指さしていた。

「東京の、いちばん、深いところ」

◆ ◆ ◆

── 第六章 了 ──

次章「ホログラムの墓標」へ続く


ここまで読んでいただきありがとうございます。

レインたちの逃亡を、もう少しだけ見届けていただけると嬉しいです。

次回もお楽しみに。

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