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逆転生勇者、現代国家に“災害級危険人物”認定されました  作者: 妖怪ステーキ


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第八章 エルフは森を捨てた

◆ ◆ ◆

┌─ 【手記・DAY 17】

│ ヴェイルに、姉がいた。

│ 千年、聞いたことがなかった。

│ 彼女は、何も言わなかった。

│ でも、僕には、何かが、見え始めている。

│ この世界には、敵が、いない。

│ 敵が、いないから、誰も、戦わない。

│ 誰も、戦わないから、誰も、助けない。

└────────────


挿絵(By みてみん)


茨城は、関東の北東部にある県だった。

広い平野、農地、海岸線。だが、僕たちが向かったのは、そのどこでもなかった。

地図の上の、二つ目の「ヴェイル」が、灯っていた場所は──。

廃工場の、敷地内だった。

元の世界の言葉でいうなら、「鍛冶場の廃墟」のような場所。だが、規模が、桁違いだった。錆びた、何階建てもの建物が、いくつも、並んでいた。

──こんなに巨大な建物が、見捨てられている。

元の世界では、ありえないことだった。

使われなくなった砦でも、誰かが、解体し、石を運び、別の建物の材料にした。土地は、誰かのものだった。土地が、誰かのものでないなら、それは、誰かのものに、なる。

だが、この国は、違うらしい。

使われない建物は、使われないまま、何十年も、立っている。

誰も、欲しがらない。

誰も、解体しない。

誰の責任でも、ない場所。

──だからこそ、ヴェイルの姉の組織が、ここに、巣を作れた。

僕は、その構造を、ようやく、理解し始めていた。

ヴェナは、二階の手すりから、僕とヴェイルを、見下ろしていた。

「妹」

「ヴェナ」

「お前、本当に、来たな」

ヴェイルが、姉の名を、呼んだ。

ヴェナと、呼ばれた女は、にやり、と、笑った。

「久しぶりだな、妹」

「お前、生きていたのか」

「お前と同じだ。私も、ある日、突然、この世界に、放り出された」

彼女は、二階の手すりに、肘を、掛けた。

「私は、お前より、三十年、早く、来た」

──三十年。

僕は、その単語を、噛み締めた。

ヴェナは、ゆっくりと、階段を降りてきた。

黒い、現代日本の服装。腰には、エルフの短剣が、二本、下がっていた。

「勇者」

「ヴェナ」

「お前にも、悪い話じゃ、ない」

彼女は、僕の方を、見た。

「この世界には、表の国家と、裏の国家がある。表は、お前たちを、追っている。だが、裏は、違う」

「裏」

「私たちは、お前たちを、迎え入れる」

僕は、答えなかった。

ヴェナは、僕の沈黙を、許可と、受け取ったらしい。続けた。

「勇者、お前は、まだ、この国を、知らない」

「……」

「この国は、悪人を、罰しない国だ」

僕は、彼女を、見上げた。

「どういう、意味だ」

「文字通りの意味だ。お前は、子供が、施設で、傷つけられているのを見たな? ガルドが、捕まったのを見たな? あの十歳の少女が、オークションに、流れたのを聞いたな?」

「……ああ」

「あれは、たぶん、来週には、もう、誰も、覚えていない」

「は?」

「この国では、不幸は、消費される」

ヴェナの目が、暗く、光った。

「不幸な事件があれば、人々は、自分の小さな板を取り出して、それを撮る。撮って、ばら撒く。ばら撒いて、自分の名前を、知ってもらう」

「……」

「『可哀想だ』と書く。『許せない』と書く。『犯人を死刑にしろ』と書く。だが、彼らは、その子の名前を、覚えない。三日後には、別の不幸を、消費している」

僕は、息を、止めた。

「私は、三十年、この国を、見てきた」

ヴェナは、僕に、ゆっくりと、近づいた。

「この国の人間は、悪くない。優しい。礼儀正しい。約束も守る。だが、誰も、戦わない」

「……」

「誰かが、不幸に、なっても、それは『他人事』だ。『自分には、関係ない』だ。『可哀想だね』と言って、それで終わる」

「それは──」

「だから、私たちのような、組織が、生きていける」

彼女の声は、低かった。

「私たちが、誰かを、殺しても、誰も、調べない。私たちが、何かを、奪っても、誰も、追わない。なぜなら、それは、『他人事』だからだ」

僕は、彼女の目を、まっすぐに、見返した。

「ヴェナ」

「ん」

「お前は、その『他人事』の文化を、利用して、人を殺しているのか」

「私は、悪人だけを、殺している」

「悪人の、定義は、誰がする」

「私だ」

彼女は、にこやかに、答えた。

「勇者。お前の世界は、楽だったろう。魔王が、絶対の悪で、お前が、絶対の正義だった。そうだろう?」

僕は、答えられなかった。

──そう、だった。

元の世界では、敵は、明確だった。

魔王が、世界を、滅ぼそうとしていた。だから、僕は、剣を、抜いた。

ヴェナの言葉に、僕は、初めて、苛立ちを、覚えた。

「お前は、悪を、悪と、呼べる世界に、いたんだ」

「……」

「だが、ここは、違う。ここでは、悪が、見えない。悪が、見えないから、誰も、戦わない」

「ヴェナ、僕は──」

「お前にも、そのうち、わかる」

彼女は、僕に、背を、向けた。

「この国の人間は、誰一人、ガルドを、助けない。お前の十歳の妹を、誰も、助けない。私の妹を、誰も、助けない」

「……」

「助けるのは、私たちと、お前たちだけだ」

彼女は、僕とヴェイルを、奥の部屋に、案内した。

そこには、見たこともない、巨大な機械が、並んでいた。

「これは、私たちが、三十年かけて、組み上げた、情報網だ」

ヴェナの声は、誇らしげだった。

「この組織は、人身売買を、許さない。麻薬の流通を、許さない。子供を傷つける人間を、許さない。私たちは、表の国家が、やらないことを、やっている」

「ヴェナ」

「ん」

「お前たちが、許せない人間を、お前たちは、どうしている」

ヴェナは、しばらく、答えなかった。

それから、静かに、言った。

「殺している」

ヴェイルの、息が、止まった。

「ヴェナ、お前──」

「妹。エルフは、千年、森を、守ってきた。森を荒らす者を、殺してきた。何が違う」

「ここは、森じゃ、ない」

「同じだ。ここも、私たちの、新しい森だ」

ヴェイルは、しばらく、姉を、見つめていた。

そして、ゆっくりと、僕に、向き直った。

「レイン」

「ん」

「私は、しばらく、ここに、残る」

僕の、指先が、冷たくなった。

「ヴェイル──」

「最後まで、聞け」

彼女は、僕の目を、まっすぐに、見た。

「私は、姉の組織に、加わるわけじゃない。だが、調べたいことがある。三十年、こちらに、いた姉が、本当に、何をしてきたのか」

「ヴェイル」

「お前たちを、捨てるわけじゃない。地図を見ろ。私の点は、お前の地図に、残り続ける」

「……」

「私の点が、消えたら、そのときは、迎えに来てくれ」

僕は、ヴェイルの、目を、見つめた。

彼女の目には、嘘は、なかった。

──ただ、不安が、あった。

僕は、頷くしか、なかった。

「分かった」

「ありがとう」

ヴェイルは、初めて、僕に、礼を、言った。

──それが、なぜか、僕には、別れの挨拶のように、聞こえた。

廃工場の外に、ガルドが、座り込んでいた。

ルナが、彼の膝の上で、眠っていた。

僕が、一人で、戻ってくるのを見て、ガルドは、ゆっくりと、立ち上がった。

「兄弟」

「ガルド」

「ヴェイルは」

「残った」

ガルドは、しばらく、僕を、見つめていた。

それから、空を、見上げて、深く、息を、吐いた。

「兄弟」

「ん」

「俺たち、減ってきたな」

「うん」

「兄弟」

「ん」

「俺は、絶対、お前から、離れねえからな」

僕は、頷いた。

そのときの、彼の声を、僕は、たぶん、一生、忘れない。

──そして、それから、二日後。

ガルドは、僕の前から、いなくなる。

◆ ◆ ◆

── 第八章 了 ──

次章「巨人の最期」へ続く


ここまで読んでいただきありがとうございます。

レインたちの逃亡を、もう少しだけ見届けていただけると嬉しいです。

次回もお楽しみに。


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