第九章 巨人の最期
◆ ◆ ◆
┌─ 【手記・DAY 19】
│ ガルドが、いない。
│ 彼は、ルナのために、町に、買い物に、行った。
│ そのまま、戻ってこない。
│ ニュースには、何も、流れていない。
│ ──地図の点が、薄くなっている。
└────────────
1
ガルドが、町に出ると言い出したのは、朝のことだった。
「兄弟。お嬢ちゃんに、新しい服を、買ってやりてえ」
「ガルド、お前が出ると、目立つ」
「変装する」
「お前の身長は、三メートルだ」
「腰を、曲げる」
「ガルド」
「兄弟。頼む」
彼は、ルナの方を、見た。
ルナは、僕たちが神戸で着せられた、薄い布のまま、ずっと、過ごしていた。クロードが新しい服を手配してくれていたが、彼女はなぜか、その服を着なかった。
ガルドは、それが、気がかりだったのだ。
「お嬢ちゃんが、自分で、選んだ服が、ほしいんだ」
「……分かった」
僕は、頷いた。
ガルドは、外套を、目深に、被った。深く腰を曲げて、なんとか、二メートル五十センチくらいに、見えた。
ルナが、ガルドの、太い指を、握った。
「ガルドおじさん」
「ん」
「あおい、いろの、服が、いい」
「分かった」
「あと、しろい、リボン」
「分かった」
ガルドは、満面の笑みを、浮かべた。
「兄弟。すぐ、戻る」
「ああ」
彼は、ルナを連れて、隠れ家を出た。
──最後の、姿だった。
2
ルナが、一人で、戻ってきたのは、二時間後のことだった。
彼女の白い、薄い服に、赤い、染みが、ついていた。
僕は、その瞬間、息が、止まった。
「ルナ──」
「私の、血じゃ、ない」
十歳の少女が、震える声で、言った。
「ガルドおじさんの、血」
僕は、彼女の前に、膝を、ついた。
「ルナ。何が、あった」
ルナは、ぼろぼろと、涙を、流した。
「お店に、入って、服を、選んでいたら、男たちが、店に、入って、きた」
「うん」
「ガルドおじさんを、囲んで、ガルドおじさんを、麻酔銃、で、撃った」
「うん」
「ガルドおじさんは、私を、店の、奥に、隠して、それから、男たちを、二十人、殴って、それでも、麻酔銃が、もっと、たくさん、当たって、倒れた」
「うん」
「男たちは、ガルドおじさんを、トラックに、積んで、走り去った」
「うん」
「店の、奥に、隠れていた私を、ガルドおじさんは、最後まで、見つけさせなかった」
ルナは、僕の、胸に、顔を、埋めた。
「ガルドおじさんは、私を、守ったの」
僕の指は、震えていた。
3
僕は、店の、防犯カメラの映像を、クロードに、回してもらった。
店内で、ガルドが、捕まる映像。
数十人の客が、店の中に、いた。
──だが、誰一人、動かなかった。
一人の母親が、自分の子供の目を、両手で、塞いだ。
一人の青年が、自分の小さな板を、取り出して、撮影を、始めた。
一人の老人が、首を、傾げて、その場を、立ち去った。
ガルドが、麻酔銃で、何十発も、撃たれ、ようやく、地面に、倒れる、その映像を、誰一人、止めようとしなかった。
いや、止めようとしなかった、というのは、正確じゃない。
──撮影者が、四人、いた。
それぞれの角度から、ガルドの倒れる瞬間を、丁寧に、撮っていた。
ニュースは、まだ、流れていない。
だが、彼らは、もう、自分の板に、その映像を、上げていた。
4
僕は、その夜、クロードから、もらった、小さな板を、開いた。
クロードは、「これは、お前を、苦しめるかもしれない」と、前置きをした。
だが、僕は、見た。
ガルドの、捕獲映像が、すでに、何百万回、再生されていた。
コメント欄が、流れていた。
▶ やばwww ガチで三メートルあるんだがwww
▶ これフェイクでしょ? CGじゃね?
▶ 怖すぎ。子供連れて行く店じゃないわ
▶ これ警察呼べばよかったのに撮影者バカすぎ
▶ 撮影者よくやった! いい仕事!
▶ 可哀想だけど、こういう人は隔離するしかない
▶ どこから来たんだろう? 外国人?
▶ つーか日本に怪物いるとかマジ平和ボケ
▶ バズりたいだけの撮影者きつい
▶ みんな撮ってないで助けろよ……いや無理か
僕は、板を、両手で、握りしめた。
──ガルドは、人間だった。
──三メートルあろうが、何だろうが、彼は、人間だった。
──子供たちに、優しく、笑った男だった。
──鳩に、おはようと、声をかけた男だった。
だが、この国の人間は、彼を、見世物にして、笑っていた。
そして、笑った人間の中の、誰一人、彼の名前を、知らない。
僕の中で、何かが、ねじれ始めていた。
5
クロードから、緊急の連絡が、入ったのは、その夜のことだった。
──レイン。電話に出てくれ。
僕は、応答した。
「クロード」
「レイン」
彼の声は、揺れていた。
「ガルドの、居場所が、分かった」
「どこだ」
「房総半島の、ある倉庫だ」
「無事か」
「……生きている」
クロードの、声が、止まった。
「クロード」
「レイン。落ち着いて、聞いてくれ」
「言え」
「ガルドは、闇のオークションの、最大の、目玉商品として、出品された」
「……」
「身長三メートルの、人間。落札したのは、ある、見世物小屋だ」
「見世物、小屋」
「ガルドは、現在、檻に、入れられている。彼の、戦闘能力は、麻酔と、特殊な拘束具で、抑え込まれている」
僕の、視界が、白く、なった。
「クロード」
「ん」
「僕は、今から、行く」
「レイン」
「止めるな」
「止めない。だが──」
クロードは、長く、息を、吸った。
「間に合わない、可能性が、ある」
「……何故だ」
「見世物小屋では、明日の、最初の興行で、ガルドを──」
彼は、言葉を、切った。
僕は、待った。
「……公開、処刑する」
「クロード」
「ん」
「公開、というのは」
「……配信、される」
僕は、息が、止まった。
「会場の、観客の前で、行うだけじゃない。同時に、ネット配信される。視聴券は、一枚、五万円。すでに、十万人が、購入している」
「十万、人」
「レイン、お前は、ガルドを、救いに行く。だが、その同じ瞬間に、十万人の人間が、自分の小さな板から、ガルドが、殺されるのを、楽しみに、見ている」
僕は、板を、握りしめた。
──十万人。
──ガルドの、最期を、見て、楽しむために、五万円を、払う人間が、十万人。
──彼の名前も、知らずに。
──彼が、何を、考えて、生きてきたかも、知らずに。
──ただ、『三メートルの怪物が、死ぬ瞬間』を、見たいだけのために。
僕は、立ち上がった。
クロードが、続けた。
「レイン、ひとつ、覚えておけ」
「ん」
「この国の人間、全員が、そういう人間じゃない。十万人は、一億分の十万だ。残りの一億は、彼を、見たいとも、思わない、ただの、人々だ」
「クロード──」
「だが、お前が、これから、戦うのは、その『ただの、人々』の、無関心の中だ」
「……」
「気を、つけろ」
6
ルナを、聖職者の力で、隠して、僕は、走った。
夜の、高速道路。
僕の脳裏には、店内で、ガルドを、見て、子供の目を塞いだ母親と、撮影を始めた青年と、首を傾げて立ち去った老人の姿が、ぐるぐると、回っていた。
──元の世界では、こうじゃなかった。
──元の世界では、巨人を見たら、人々は、まず、怖がった。だが、彼が、子供を助ければ、人々は、感謝した。彼の名前を、知ろうとした。
──ここでは、違う。
──ここでは、巨人を見ても、人々は、自分の小さな板を、取り出すだけだ。
──怖がりも、しない。感謝も、しない。ただ、撮る。
僕は、走りながら、自分の手のひらを、何度も、見た。
──この、手のひら。
──ガルドを、守るための、手のひら。
──なぜ、僕は、こんな手のひらを、持っているのに、ガルドを、守れないんだ。
──なぜ、ガルドは、三メートルあるというだけで、撃たれるんだ。
──なぜ、僕は、不死だというだけで、追われるんだ。
──なぜ、ヴェイルは、エルフだというだけで、撮影されるんだ。
──なぜ、ルナは、聖職者だというだけで、売られるんだ。
──少し違うだけで。
──少し違うだけで、人は、人を、人として、見なくなる。
僕の中で、ずっと、ねじれていた何かが、ぷつり、と、音を立てて、切れた。
7
房総半島の、その倉庫に、僕が着いたのは、夜明けの、少し前だった。
間に合った、と、僕は、思った。
間に合ったはずだった。
──だが。
倉庫の入り口の、立て看板に、僕は、目を、奪われた。
そこに、書かれていた。
本日、午前三時より、特別興行を実施。
目玉、『三メートルの怪物』、処刑公演。
なお、現時刻をもちまして、公演は、終了いたしました。
時計を、見た。
午前、四時。
間に合わなかった。
僕は、立ち止まった。
立ち止まったまま、しばらく、動けなかった。
頭の中が、白いままだった。
──ガルド。
──ガルド。
──ガルド。
僕は、倉庫の扉を、蹴り、破った。
8
中は、円形の、見世物小屋だった。
中央に、巨大な、檻。
檻の中に、ガルドが、いた。
僕は、彼の姿を、見て──。
剣を、地面に、落とした。
彼は、生きて、いなかった。
彼は、檻の中で、両手両足を、太い鎖で、十字に、固定されていた。
彼の、巨大な体に、何百もの、刃物が、刺さっていた。
見物人たちが、一人ずつ、入場料を払い、彼の体に、刃物を、刺すことが、許されていたのだ。
──そういう、興行だった。
そして、彼の体の上方に、複数の、小さな機械が、向けられていた。
──カメラ、というやつだ。
十万人の人間が、五万円を払って、この映像を、楽しんでいた。
ガルドの、傷だらけの顔は、それでも、笑っていた。
最後まで、彼は、誰かを、殺さずに、自分の命を、終わらせていた。
彼の盾は、檻の隅に、転がっていた。
錆び、汚れ、もう、二度と、振るわれることのない、彼の相棒。
9
僕は、しばらく、立ち尽くしていた。
見物人たちは、もう、誰も、いなかった。
興行が終わり、関係者だけが、残っていた。
彼らは、僕に、気づいて、ぎょっと、した顔をした。
「だ、誰だ、お前は──」
僕は、答えなかった。
ただ、檻の脇の、機械を、見た。
カメラの、横に、別の、機械があった。
そこに、文字が、流れていた。
▶ 草 マジで死んだwww
▶ 五万の元、取れたわ
▶ もうちょっと粘ってほしかったな〜
▶ 怪物にも家族とかいたんかな
▶ いやこいつ人間じゃないし
▶ 配信ありがとうございました!
▶ 次の興行いつ? また五万出すw
僕の、視界が、赤く、なった。
僕は、剣を、拾った。
ガルドの檻に、近づき、鎖を、ひとつずつ、ゆっくりと、切った。
ガルドの体が、ずるり、と、床に、滑り落ちた。
僕は、彼の盾を、檻の中から、引きずり出し、彼の体に、そっと、被せた。
彼の最後の、布団に、なるように。
そして、僕は、振り返った。
見世物小屋の、関係者たちが、僕を、見ていた。
八人。
僕は、ゆっくりと、剣の柄を、握り直した。
──このとき、僕は、確かに、思った。
殺そう、と。
だが──。
僕の脳裏に、ガルドの顔が、よぎった。
「兄弟。人は、殺すな」
最後まで、誰も殺さなかった、僕の親友の、声。
「兄弟。俺は、絶対、お前から、離れねえからな」
僕は、剣を、握りしめた。
──ガルド。
ごめん。
僕は、剣を、振った。
八人を、殺さなかった。
ただ、彼ら全員の、両手と、両足の、腱を、断ち切った。
彼らは、悲鳴を、上げ、床に、倒れた。
僕は、何も、言わなかった。
彼らが、その後、どうなるかは、僕の、関知することではなかった。
生きるか、死ぬか。
それは、彼らの、問題だった。
僕は、最後に、檻の脇の、カメラを、剣の柄で、軽く、叩いた。
ガラスが、割れる音が、した。
十万人の視聴者の、画面が、暗くなったはずだ。
──だが、それも、たぶん、彼らにとっては、消費される、一瞬の、出来事に、過ぎない。
10
僕は、ガルドの体を、運び出すために、自分の力の限界を、初めて、試した。
三メートルの巨体を、肩に、担ぐ。
彼の盾も、もう一方の手で、引きずる。
僕の体が、軋んだ。
不死の体だ。
骨が折れても、すぐに、治る。
だが、折れた瞬間の、痛みは、ある。
ガルド、お前は、こんなに、重かったのか。
僕は、心の中で、彼に、話しかけながら、歩いた。
夜が、明けて、いた。
朝の光が、彼の傷だらけの顔を、優しく、照らしていた。
彼は、まだ、少しだけ、笑って、いた。
──だが、僕の中の、何かは、もう、笑っていなかった。
◆ ◆ ◆
── 第九章 了 ──
次章「壊れる音」へ続く
ここまで読んでいただきありがとうございます。
レインたちの逃亡を、もう少しだけ見届けていただけると嬉しいです。
次回もお楽しみに。




