第十章 壊れる音
◆ ◆ ◆
┌─ 【手記・DAY 20】
│ ガルドを、埋めた。
│ ルナが、ずっと、泣いていた。
│ 僕は、泣けなかった。
│
│ 殺したい人間が、いる。
│
│ ──いや。
│ 殺したい人間が、十万人、いる。
└────────────
1
ガルドの体を、僕は、群馬の、山奥に、埋めた。
クロードが、土地を、用意してくれた。誰も訪れない、深い森の中の、小さな空き地。
ルナが、白い花を、たくさん、摘んできて、彼の墓の上に、置いた。
「ガルドおじさん」
「絶対に、絶対に、忘れない」
「天国で、お酒、たくさん、飲んでね」
十歳の少女が、ぼろぼろと、涙を、流していた。
僕は、墓の前で、彼女の隣に、立ったまま、何も、できなかった。
泣くことすら、できなかった。
2
ヴェイルが、僕たちに、合流したのは、その日の、夜だった。
クロードが、彼女に、知らせたのだ。
彼女は、墓の前に、しばらく、立ち尽くしていた。
そして、一度だけ、墓に、深く、頭を、下げて、それから、僕に、向き直った。
「レイン」
「……」
「お前、顔が、おかしいぞ」
僕は、答えなかった。
ヴェイルが、僕の頬を、平手で、強く、打った。
乾いた音が、夜の森に、響いた。
「目を、覚ませ」
「……ヴェイル」
「ガルドは、最後まで、誰も、殺さなかった。それを、忘れるな」
「……」
「お前が、それを、忘れたら、ガルドは、二度、死ぬんだ」
僕の頬の、熱さが、ようやく、僕に、現実を、思い出させた。
僕は、ぼろり、と、涙を、流した。
止まらなかった。
ヴェイルが、僕を、しばらく、抱きしめた。
──彼女が、僕を、抱きしめるのは、出会ってから、初めての、ことだった。
3
僕は、その夜、隠れ家に、戻り、クロードから、もらった、小さな板を、もう一度、開いた。
ガルドの、見世物興行の、配信は、すでに、止まっていた。
だが、その代わりに、別の話題が、流れていた。
▶ 見世物小屋の関係者、全員、腕と足切られたらしい
▶ やりすぎでは……?
▶ そりゃ復讐したい気持ちは分かるけど、暴力で返すのはダメでしょ
▶ 勇者の人、ヤバすぎ。これ完全に犯罪者では
▶ これじゃどっちが悪役か分かんない
▶ 公開処刑興行はビジネスだったわけだし、合意の上でのことでは?
▶ 見世物にされた巨人の方が可哀想って言うけど、勇者の暴走も怖いよ
▶ こういうのって法治国家じゃダメだよね
▶ ガチで国家危険人物。早く確保してほしい
僕の、両手が、震えた。
──ガルドを、殺した側の話より。
──ガルドを、見世物にして、十万人で、消費した話より。
──ガルドを、救えなかった、僕の方が、叩かれている。
ヴェイルが、僕の肩に、手を、置いた。
「気にするな、レイン」
「ヴェイル──」
「この国の人間は、強い側を、叩く文化が、ある。お前は、力が、強い。だから、お前が、叩かれる」
「……なんで、だ」
「分からない。私にも、分からない。三十年、ヴェナが、この国を、見続けても、分からなかったらしい」
僕は、板を、握りしめた。
──力を、持っているだけで、悪と、される。
──少し違うだけで、怖がられる。
──助けようとしても、叩かれる。
──じゃあ、僕は、何を、すれば、いいんだ。
僕は、ヴェイルに、向き直った。
「ヴェイル」
「ん」
「俺は、ガルドを、殺した、組織の頂点に、会ってくる」
──このとき、初めて。
僕は、自分のことを、「俺」と、呼んだ。
ヴェイルが、ぴくり、と、動いた。
「レイン、お前──」
「人称が、変わったか?」
「ああ」
「もう、僕、じゃ、足りない、気がした」
ヴェイルは、何も、言わなかった。
ただ、長く、息を、吐いただけだった。
4
組織の、頂点は、東京の、ある高層ビルの、最上階に、いた。
俺は、ビルの、外壁を、駆け上った。
夜の、東京の街は、無数の光に、彩られていた。
──この、光の、ひとつひとつに、人が、いる。
──昨夜、十万人が、ガルドを、見世物として、楽しんだ。
──いま、この時間も、誰かが、誰かの不幸を、消費している。
──俺は、彼ら全員を、恨んでいるのか。
──恨んでいる、と、認めるのが、怖かった。
最上階の、窓を、剣の柄で、軽く、叩いた。
ガラスが、割れる。
俺は、室内に、入った。
5
そこに、男が、いた。
立派な、執務机に、座った、中年の男。
彼は、俺を、見ても、驚かなかった。
「来ると、思っていた」
男の声は、落ち着いていた。
「ガルド、君と呼ばせてもらおうか。あの、巨人の、仲間だな」
「……お前が、あの、興行を、命じたのか」
「命じた」
男は、にこやかに、答えた。
「異世界からの、迷子の、最高の活用法だ。彼は、私の組織に、莫大な利益を、もたらしてくれた」
「お前──」
「悪く、思うなよ。私は、ビジネスとして、君たちを、扱っているだけだ」
男は、自分の机から、煙草を、取り出して、火を、つけた。
「君が、私を、斬っても、私の組織は、変わらない。私には、優秀な、後継者が、何人もいる。君のような、迷子は、これからも、捕まり、続ける」
「……何故、だ」
「需要が、あるからだ」
男は、煙草を、ゆっくりと、吸った。
「君は、この国の、貧困層を、知っているか? 日本は、表向きは、豊かだ。だが、その裏に、生きるのが、ぎりぎりの人間が、何百万人と、いる」
「……」
「彼らは、夜中まで働いて、それでも、子供に、まともな飯を、食わせられない。そんな彼らに、五万円で、一夜の、夢を、売っている」
「夢」
「巨人が、殺される、映像。エルフが、追われる、映像。聖女が、競りにかけられる、映像。日常の、不満を、忘れさせる、夢だ」
男は、にこやかに、続けた。
「『自分より、もっと、ひどい目に、遭っている存在が、いる』と、信じることで、人間は、生きていける」
「お前は──」
「私は、その需要に、応えているだけだ。なくなれば、別の誰かが、必ず、同じ商売を、始める」
「お前──」
「君が、私を、斬っても、何も、変わらない。むしろ、君が、悪役に、なる」
男は、煙を、吐いた。
「君は、もう、SNSで、悪役だ。私は、被害者だ。明日には、私の死は、悲劇として、消費される。君の名前は、犯罪者として、消費される」
「……」
「斬っても、いいぞ。私は、もう、長くない。末期癌だ。あと、半年も、生きられない」
6
俺は、しばらく、男を、見つめていた。
男は、煙草を、ゆっくりと、吸っていた。
俺の中で、何かが、ぷつり、ぷつり、と、音を立てて、切れていった。
──ガルドの、顔が、浮かんだ。
──ルナの、涙が、浮かんだ。
──ヴェイルの、平手の、音が、響いた。
──そして、最後に、クロードの、声が、聞こえた。
──踏み越える前に、踏みとどまってくれ。
俺は、深く、息を、吸った。
そして、剣を、抜いた。
男の、煙草が、床に、落ちた。
彼の右腕が、机の上に、転がっていた。
俺は、彼を、殺さなかった。
ただ、彼の、煙草を持っていた、その腕だけを、肘から、断ち落とした。
男は、最初、自分の右腕がない、ということに、気づかなかった。
数秒後、ようやく、悲鳴を、上げた。
俺は、剣を、ゆっくりと、鞘に、納めた。
そして、男に、近づき、彼の耳元で、ささやいた。
「お前の、組織が、誰かを、傷つけるたびに」
「ひ──」
「俺は、お前を、一回、訪ねる」
「ひぃ──」
「一回、訪ねるたびに、お前の体の、どこかが、ひとつずつ、なくなる」
「……」
「お前が、本当に、半年で、死ぬなら、それまで、間に合うかどうかは、分からないな」
男は、答えなかった。
ただ、震えていた。
──このとき、俺は、確かに、線を、踏み越えた。
殺さなかった。
だが、俺は、もう、元の、俺では、なかった。
7
ビルの外で、クロードが、待っていた。
彼は、俺の顔を、見て、長く、息を、吐いた。
「……レイン」
「ん」
「お前、もう、戻れないぞ」
「……分かっている」
「自分のことを、何と、呼んでいる?」
俺は、答えなかった。
クロードは、しばらく、俺の顔を、見ていた。
そして、ゆっくりと、自分の、手を、伸ばし、俺の頭に、置いた。
彼の、こんな仕草は、出会って、初めて、見た。
「レイン」
「ん」
「私は、お前の、味方だ」
「うん」
「お前が、どこまで、堕ちても、私は、お前の、味方だ」
「……うん」
「だから、堕ちろ。心ゆくまで」
「……クロード」
「私は、お前を、堕ちきった底から、引きずり、上げる、その役を、する」
彼は、にこやかに、笑った。
クロードは、続けた。
「ただ、ひとつだけ、覚えておいてくれ」
「ん」
「この国は、確かに、お前が、いま、見ている顔を、持っている。だが、それだけ、じゃない」
「……」
「私は、この国の政府で、五十日、過ごした。そこで、出会った人間の、半分以上は、自分の損得を、計算する人間だった。だが、残りの半分は、違った」
「クロード──」
「徹夜で、被災地に向かう人がいた。見ず知らずの人間のために、自分の給料の、半分を、寄付する人がいた。子供のために、自分の食事を、抜く人がいた」
「……」
「この国は、二つの顔を、持っている。お前が、いま、見ているのは、ひとつの顔だけだ」
俺は、答えなかった。
クロードは、それ以上、何も、言わなかった。
だが、彼の言葉は、俺の、奥のどこかに、ひとつの、種のように、残った。
──いまは、まだ、その種が、芽吹くには、早すぎた。
だが、俺は、覚えていた。
そして、俺は、東京の夜を、歩き始めた。
剣の柄に、もう、迷いは、なかった。
◆ ◆ ◆
── 第十章 了 ──
── 第二部 完 ──
次章「不死という呪い」── 第三部 開幕
第二部、ここまで読んでいただきありがとうございます。
続きが気になる、応援したいと思っていただけましたら、いいねや感想をいただけるととても励みになります。
次回、第三部もお楽しみに。




