第十一章 不死という呪い
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┌─ 【手記・DAY 24】
│ 僕は、四日間、眠っていない。
│ 眠ろうとしても、ガルドの顔が、浮かぶ。
│
│ 不死、というのは、何のために、僕に、与えられたんだろう。
│ ガルドを、守るためじゃ、なかったのか。
└────────────
1
ガルドの墓を作って、四日が、経っていた。
僕は、その間、ほとんど、口を、利かなかった。
ルナが、僕に、何度も、声をかけた。ヴェイルが、僕の前に、何度も、料理を、置いた。クロードが、暗号通信で、何度も、僕に、現状を、知らせた。
僕は、すべてに、頷いた。
頷いて、剣を、磨いていた。
──ただ、それだけだった。
──いや、ひとつだけ、僕には、ルナに、隠していることが、あった。
クロードが、定期的に届けてくれる、小さな板。
僕は、ルナが、眠るたびに、それを、開いていた。
そこには、ガルドの、見世物興行の、配信を、見た人間たちの、その後の、書き込みが、流れていた。
▶ 巨人くんの興行映像、保存しといたわ 永久保存版w
▶ 配信止まったやつ、再アップしてくれた人ありがとう
▶ これ五万円の価値はあった
▶ ぶっちゃけ、勇者の方が悪いよな
▶ 助けに来るのが遅いんだよ。本当に仲間だったの?
▶ 結局、ガルド某は不法滞在の異常生物だったわけだし、処分されて当然
▶ 法治国家の日本で、こういうのを許してはいけない
▶ 勇者を擁護するやつは外国人。日本から出ていけ
僕の手の中で、板の表面が、ぎしり、と、軋んだ。
──ガルドは、人間だった。
──彼は、不法滞在では、ない。彼が、自分で望んで、この国に、来たわけじゃない。
──彼は、誰一人、殺していない。
──だが、彼を、見世物にして、五万円で、楽しんだ十万人の方は、いま、こうして、生きている。
──そして、彼を、救おうとした俺の方が、悪役に、なっている。
僕は、板を、池に、投げ捨てた。
水音が、立った。
ある夜、僕は、隠れ家の、裏手の、池のほとりに、座っていた。
剣を、抜き、自分の左腕に、当てた。
少し、力を、込めた。
細身の刃が、僕の腕を、するり、と、貫いた。
血が、噴き出した。
僕は、それを、しばらく、見つめていた。
──痛い。
ちゃんと、痛い。
だが、傷口は、もう、塞がり始めていた。
五分も、すれば、跡形もなく、消える。
僕は、何度も、何度も、同じ場所を、剣で、貫いた。
十回、貫いた。
二十回、貫いた。
傷は、塞がり続けた。
僕は、剣を、池に、投げ捨てそうになった。
──こんな、力。
──こんな、力が、何だ。
ガルドを、守れなかった。
ノアを、迎えに行けない。
ヴェイルが、何を、考えているか、分からない。
ルナを、本当に、守れるかどうか、自信が、ない。
──だったら、僕の体は、何のために、こんなに、頑丈なんだ。
2
「レイン」
背後から、声が、した。
振り返ると、ルナが、立っていた。
白い、寝間着姿の、十歳の少女。
彼女は、僕の、腕の、血の跡を、見ていた。
「おにいちゃん」
「……ルナ。寝ていろ」
「やだ」
ルナは、僕の隣に、ぺたん、と、座った。
「おにいちゃん」
「ん」
「死にたい?」
僕は、答えなかった。
ルナは、僕の答えを、待たなかった。
「死ねないのは、おにいちゃんが、死ねない体だから、じゃ、ない」
「……」
「私たちが、いるから、だよ」
僕は、ルナの、横顔を、見た。
彼女は、池の水面を、見ていた。
彼女の、横顔は、十歳とは、思えないほど、穏やかだった。
「ガルドおじさんも、私を、守って、死んだの」
「ルナ──」
「だから、私は、絶対、死なないの」
「……」
「死んだら、ガルドおじさんが、悲しむの」
「……」
「おにいちゃんも、同じだよ」
僕は、しばらく、ルナの、横顔を、見つめていた。
──十歳の少女に、慰められて、いるのか、僕は。
僕は、剣を、地面に、置いた。
「ルナ」
「ん」
「すまない」
「ううん」
ルナは、僕の腕の、もう塞がった傷跡を、小さな指で、なぞった。
「私が、治してあげるね」
「もう、治っている」
「中の、傷だよ」
彼女は、僕の腕に、両手を、当てた。
淡い、白い光が、彼女の手から、僕の腕に、染み込んでいった。
聖職者の、回復魔法。
──傷の、ない、僕の体に。
だが、僕の中で、何かが、ほんの少し、温かく、なった。
ルナの、回復魔法は、肉体の傷だけを、治すんじゃ、ない。
僕は、初めて、それを、理解した。
3
翌朝、ヴェイルが、僕を、呼んだ。
彼女は、隠れ家の、玄関に、立っていた。
「レイン」
「ヴェイル」
「私は、また、姉のところに、戻る」
僕は、彼女を、見た。
「ヴェイル──」
「最後まで、聞け」
彼女は、いつもの、命令口調で、僕を、制した。
「私の姉の、組織を、内側から、調べる。あの組織が、ガルドを、殺した連中と、関係があるかどうかを、確かめる」
「……」
「もし、関係が、あったら」
ヴェイルの目が、初めて、暗く、光った。
「私が、内側から、潰す」
「ヴェイル」
「ん」
「危険だ」
「知っている」
「お前一人で、行くのか」
「私は、千年、生きている。お前より、一人で、生きてきた時間が、長い」
「ヴェイル──」
「レイン」
彼女は、僕の肩に、手を、置いた。
「お前、最近、自分を、傷つけているだろう」
僕は、答えなかった。
彼女は、僕の腕の、もう跡形もない、傷跡を、撫でた。
──気づかれていた。
「やめろ」
「……」
「お前が、お前自身を、傷つけるのは、ガルドの死を、お前のせいに、しているからだ」
「……ヴェイル」
「違う。ガルドが、死んだのは、ガルドを、殺した連中の、責任だ。お前の、責任じゃ、ない」
「……」
「だから、私が、その連中を、調べる。お前は、ルナと、ノアの、もとに、行け」
僕は、彼女の顔を、見上げた。
──ヴェイルは、僕を、守ろうとしている。
自分が、姉の組織を、調べに行くという、危険を、引き受けることで、僕の心が、これ以上、傷つかないようにしようと、している。
「ヴェイル」
「ん」
「お前が、何かあれば、地図で、分かる」
「ああ」
「お前の光が、弱くなったら、僕は、必ず、迎えに行く」
ヴェイルは、ふっと、笑った。
「それまでは、来るな」
「……分かった」
彼女は、踵を、返した。
そして、一度も、振り返らずに、隠れ家を、出ていった。
──最後の、姿だった。
いや、これは、まだ、最後では、ない。
だが、彼女が、僕に、自分の意思で、別れを、告げた、最後の、瞬間だった。
4
ヴェイルが消えて、僕とルナは、しばらく、隠れ家に、潜んでいた。
クロードが、新しい情報を、送ってきた。
──レイン。政府の、対異世界対策本部が、設立された。指揮官は、私の、上司だ。
僕は、その短い文章を、何度も、読み返した。
対異世界、対策本部。
──僕たちは、もはや、犯罪者ではなく、国家規模の「対象」になった。
クロードからの、続きの連絡が、来た。
──私は、その本部の、副指揮官に、任命された。
僕の指が、止まった。
「副指揮官」
クロードが、僕たちを、捕らえる側の、責任者になった。
──彼の、計算なのか。
──それとも、これは、彼の、本意なのか。
僕の脳裏に、ガルドの墓の前で、ヴェイルに、平手で、頬を、打たれた瞬間が、よぎった。
そして、クロードの言葉が、響いた。
──堕ちろ。心ゆくまで。
僕は、地図を、握りしめた。
地図の、東京の、ど真ん中に、クロードの、強く、輝く、点が、灯っていた。
──いつでも、来い、と、彼は、言っている。
──いつでも、僕を、捕まえに、来い、と。
僕は、ルナを、見た。
ルナは、僕の様子に、気づいて、こちらを、見上げていた。
「おにいちゃん」
「ルナ」
「ん」
「ノアを、迎えに、行こう」
「……行くの?」
「ヴェイルが、戻ってくるまでに、もう一人、仲間を、増やしておきたい」
ルナは、しばらく、考えて、それから、頷いた。
「うん」
僕は、剣を、握り直した。
──クロード。
お前の、立場で、止められるなら、止めてみろ。
◆ ◆ ◆
── 第十一章 了 ──
次章「賢者の選択」へ続く
ここまで読んでいただきありがとうございます。
レインたちの逃亡を、もう少しだけ見届けていただけると嬉しいです。
次回もお楽しみに。




