第五章 集合、しかし足りない
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┌─ 【手記・DAY 11】
│ 関西へ向かう。
│ ルナの光が、弱い。
│ ニュースに、クロードが出ていた。
│ 彼は、もう、僕たちを助けに来ない、気がする。
│ ガルドが「兄弟、お前、顔が変だ」と言った。
│ 僕は、笑い返した。たぶん、不自然な笑顔だった。
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1
僕たちは、夜の高速道路を、走るトラックの屋根の上を、跳んで移動した。
一台に長く乗ると目立つ。一台ずつ、跳び移っていく。ヴェイルは身軽だ。ガルドは、ガルドなりに頑張った。屋根が二回ほど凹んだ。
「レイン」
ヴェイルの声が、横から飛んできた。
「お前、ニュースを見たか」
「どれを」
「クロードだ」
僕は、一瞬、足を止めそうになった。
「……どこに、いた」
「東京の、国の偉い連中の集まる場所にいた。スーツ、というのを着て、笑顔で、握手していた」
ヴェイルの口調は、淡々としていた。
「あの男だ。一日で、自分の居場所を見つけたんだ」
「……」
「レイン」
「ん」
「お前は、どう、思う」
僕は、しばらく、答えなかった。
賢者クロード。冷静で、損得の決定が速く、人心掌握に長けた男。パーティーの交渉役。
彼が、この世界に飛ばされて、最初に何をするか。
──たぶん、僕にも、答えは分かっていた。
彼は、計算する。
最も安全で、最も自分が有利になる立場を計算して、迷わずそこに行く。
だが──。
「ヴェイル」
「ん」
「クロードを、信じよう」
ヴェイルが、僕の横顔を、しばらく見つめた。
「お前は、お人好しだな」
「ああ」
「だが、それが、お前の、いいところでもある」
彼女は、それ以上、何も言わなかった。
2
ルナの光が消えたのは、僕たちが関西に着く、その明け方のことだった。
地図の上から、淡い点が、ふっと、かき消えた。
僕は、息が、止まった。
「レイン」
ヴェイルの声が、遠くに聞こえた。
「レイン、落ち着け」
「……」
「死んだ、わけじゃない」
「分からないだろう」
僕は、地図を握りしめた。
ヴェイルが、僕の手首を、強く掴んだ。
「分かるさ。地図に、彼女の名前が、残っている。死んだら、消える。お前のこの魔具は、そういう仕組みだ」
僕は、ようやく、息を吐いた。
確かに、地図の隅には、薄く、ルナという文字が、まだ残っていた。
──移動した、ということか。
いや、それとも──。
僕の中に、嫌な仮説が、ひとつ、浮かんだ。
3
情報を得るために、僕たちは、ある男に会いに行った。
ガルドが、トラックの中のニュースを見ている間に、賢者クロードから、暗号化された連絡が入っていたのだ。彼は、僕たちの動きを、最初から把握していたらしい。
指定された場所は、関西の、人の少ない倉庫街。
そこに、クロードは、たった一人で、立っていた。
「来たな」
青年。長身。整った顔立ち。元の世界では、賢者の長衣を着ていた彼が、今は、見たことのない黒い「スーツ」というものを着て、ネクタイ、というものを首に巻いていた。それが、不思議なほど、似合っていた。
「クロード」
「久しぶりだな、レイン」
「お前、政府に、入ったらしいな」
「正確には、入る予定だ。今は、まだ、こちら側の人間だよ」
クロードは、にこやかに笑った。
彼の笑顔は、いつも、何を考えているか分からない。
「レイン、結論から言おう。ルナの居場所が分かった」
「どこだ」
「言う前に、覚悟を、決めてほしい」
ヴェイルが、ぴくり、と動いた。
「クロード、お前、何を知っている」
クロードは、ヴェイルを一瞥して、それから、僕に向き直った。
「この世界には、表の市場と、裏の市場がある。表は、合法的な商取引。裏は──」
彼は、一拍、置いた。
「人間を、売り買いする市場だ」
僕の指先が、冷たくなった。
「ルナは、その、裏市場に、流れた」
「……」
「そして、今夜、ある『施設』で、オークションにかけられる」
4
僕は、しばらく、声が出なかった。
ガルドが、低く、唸るような声を、喉の奥から出した。
「クロード」
「なんだ、ガルド」
「お前、なんで、止めねえんだ」
「止められないからだ。私が一人で動けば、目立つ。組織が動く前に、ターゲットだけ消される」
「お前なら、できんだろ」
「私一人では、できない。だから、お前たちに、教えている」
クロードの声は、冷静だった。
いつもの、損得の計算をしている、彼の声だった。
だが──。
僕は、彼の目を見た。
クロードの目の奥に、いつもとは違う色が、ほんの少しだけ、揺れているのを、僕は見つけた。
──彼も、怒っている。
見せていないだけで、彼も、ルナのことで、ちゃんと、怒っていた。
僕は、深く、息を吸った。
「クロード」
「ん」
「場所を、教えてくれ」
「神戸の、港湾区域だ。今夜二十二時。私が、招待状を、用意した」
クロードは、内ポケットから、黒い封筒を取り出した。
「レイン、ひとつ、約束をしてくれ」
「なんだ」
「ルナを、救うことだけ、考えろ。会場の人間を、全員、殺すな」
僕の指が、剣の柄に、触れた。
「クロード、僕は、人を殺さない」
「今は、そうだ」
彼は、僕の目を、まっすぐに見た。
「だが、レイン。今夜、お前は、たぶん、その線を、初めて、踏み越えそうになる」
「……」
「踏み越える前に、踏みとどまってくれ。お前が一度でも踏み越えれば、もう、二度と、戻れない」
ヴェイルが、僕の隣で、静かに言った。
「賢者、お前、随分、変わったな」
「変わってないさ、ヴェイル。私は、いつも、勇者の最も近くで、勇者が壊れないように、見ているだけだ」
クロードは、最後に、ふっと、笑った。
「では、また、夜に」
彼は、踵を返した。
彼の背中は、僕の知っている賢者の背中ではなく、見たこともない、現代日本のスーツの背中だった。
5
クロードが消えたあと、ガルドが、ぼそりと呟いた。
「兄弟」
「ん」
「あいつ、信じていいのか」
僕は、空を見上げた。
曇り空だった。
「信じる」
「なんで」
「今、信じないと、ルナが、間に合わない」
ガルドは、しばらく考えて、それから、頷いた。
「分かった、兄弟」
ヴェイルは、何も、言わなかった。
ただ、僕の隣で、自分の短剣の手入れを、始めただけだった。
──二十二時。
地図の上で、ルナの淡い光が、消えてから、もう、十時間が経っていた。
間に合うかどうかは、分からない。
だが、間に合わせる。
僕は、剣の柄を、握り直した。
──ルナ。
待っていてくれ。
僕は、君を、絶対に、見捨てない。
◆ ◆ ◆
── 第五章 了 ──
── 第一部 完 ──
次章「地下のオークション」── 第二部 開幕
第一部、ここまで読んでいただきありがとうございます。
レインたちはようやく集まり始めましたが、物語はここから一段暗くなっていきます。
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次回、第二部もお楽しみに。




