第四章 海上の影
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┌─ 【手記・DAY 8】
│ 国際問題、という言葉を覚えた。
│ 僕たちは、たぶん、その渦中にいる。
│ ニュースで、自分の顔写真を見るのは、慣れない。
│ ガルドは、自分の似顔絵を喜んでいる。
│ ヴェイルは、似顔絵が「似ていない」と怒っている。
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1
僕たちは、一晩で「指名手配」というものになっていた。
町に出るたびに、僕の顔写真と、ガルドの全身像と、ヴェイルの後ろ姿が、ありとあらゆる場所の画面に映っていた。
僕は、それを見て、初めて、本当の意味で焦った。
──逃げないと、いけない。
仲間を見つけるために、僕たちは、この国の中を、ずっと隠れて移動しなければならない。
「レイン」
ヴェイルが、僕の袖を引いた。
「お前、表情が暗いぞ」
「ヴェイル……いや、なんでもない」
「正義感が、強すぎるのが、お前の悪い癖だ」
彼女は、僕の顔を、まっすぐに覗き込んだ。
「私は、千年生きている。お前のような顔をした若者を、何度も、見てきた。お前のような顔をしたまま、誰かを救おうとして、自分を壊した若者を、何度も、見てきた」
「……」
「だから、お前にだけは、その顔を、しないでほしい」
彼女の声は、いつもの命令口調ではなかった。
僕は、彼女の目を見返して、ただ、頷いた。
──このときの、彼女の言葉を、僕はあとで、何度も、思い出すことになる。
2
ニュースは、刻一刻と、激しさを増していた。
太平洋上で、米軍の空母「ロナルド・レーガン」が、正体不明の存在と「接触」したという。最初は「接触」だった。次の報道では「交戦」になっていた。そして三度目の報道では──。
「空母『ロナルド・レーガン』、大破。沈没の可能性」
──冗談だろう。
僕は、ガルドとヴェイルを連れて、海岸沿いの小さな港町に来ていた。北海道の南端だ。地図の上の、四つ目の染みは、いまだに海の真ん中で蠢いていた。
画面の中で、見たこともない巨大な軍艦が、まっすぐに割れて、海に沈んでいく。煙、火、人々の悲鳴。
「レイン」
ガルドの声が、低かった。
「人、死んでるか」
僕は、即座に首を振った。
「いや、たぶん、死んでいない」
「なんで分かる」
「あいつは、人を殺さない」
ヴェイルが、僕の隣で、深く頷いた。
「そうだ。あの悪趣味な変態は、絶対に、人間を殺さない」
ガルドが、不思議そうな顔をした。
「なんで」
ヴェイルが、苦々しい顔で答えた。
「死んだ人間で、ホログラムが作れないからだ」
「……ああ」
ガルドは、納得したように頷いた。
「あいつ、本当に、悪趣味だな」
3
画面の中で、新しい映像が流れ始めた。
沈みゆく空母の甲板の上に、人影が立っていた。
──いや、人影、ではなかった。
人間の形をした、半透明の、光の塊。
それが、何百体も、空母の上を、ゆっくりと歩き回っていた。
どれも、見覚えのある顔をしていた。
空母の乗員たち。
彼ら自身の姿が、半透明の光となって、彼ら自身の沈む船の上を、ゆっくりと歩いていた。
「悪趣味だ」
ヴェイルが、もう一度、呟いた。
「やつ流の、挨拶だな」
「挨拶?」
「『俺はお前たち全員を見たぞ』というメッセージだ。やつは、相手の体を一度見れば、ホログラムでその姿になれる。空母の乗員全員を、自分の姿として、相手に見せつけている」
「……なんで、そんな脅し方を」
ヴェイルが、ふっと笑った。
「やつは、退屈なんだ。たぶん、こっちに来てから、まだ、誰とも、話してない」
僕は、画面を見つめた。
沈みゆく空母の上で、何百もの「半透明の人間たち」が、一斉に、こちらに顔を向けた。
そして、その全員が、口を、同じ動きで、開いた。
──Hi, Rain.
ヴェイルとガルドが、僕の顔を見た。
画面の中の何百もの口が、もう一度、動いた。
──早く、迎えに来てよ。
そして、ぷつりと、映像が、途切れた。
4
「あいつは、生きている」
僕は、深く、息を吐いた。
ヴェイルが、肩をすくめた。
「生きているし、相変わらず、性格が悪い」
ガルドが、頭を掻いた。
「兄弟、あいつ、どうやって迎えに行く? 海の上だぞ」
僕は、地図を取り出した。
四つ目の染みは、ゆっくりと、こちらに向かって動き始めていた。
──向こうから、来る。
迎えに行く必要は、なさそうだった。
だが、それよりも、僕の目を引いたのは、地図の南西の方角に、新しく現れた、もうひとつの点だった。
小さくて、淡い、たどたどしい光。
──聖職者だ。
間違いない。ルナだ。
「ヴェイル、ガルド」
「ん」
「ルナを、見つけた」
二人の顔が、同時に強張った。
ルナは、僕たちのパーティーの最年少だ。十歳。天使族の、まだ羽の生えていない、小さな少女。
「場所は」
ヴェイルの声が、低かった。
「南西。たぶん、関西、と呼ばれている地域だ」
「無事か」
「分からない。光が、弱い」
ヴェイルが、舌打ちした。
「急ぐぞ、レイン」
「ああ」
ガルドが、自分の盾を背負い直した。
「兄弟。もし、あの子に、何かしてやがったら」
ガルドの目が、初めて、本気の色を帯びた。
「俺は、たぶん、加減を、しねえぞ」
僕は、彼の肩を、軽く叩いた。
「分かってる」
──そう答えながら、僕は、自分の指先が、少しだけ、震えていることに気づいていた。
怒り、ではなかった。
恐怖、だった。
ルナに、何かあったら。
──そのとき僕がどうなるか、僕自身、想像がつかなかった。
不意に、ある声が、よみがえった。
元の世界で、最後の戦いに、出発する朝のことだった。
ルナは、教会の入り口で、僕に、白い小さな袋を、差し出した。塩むすびの匂いが、していた。
──レインさん、知らないところに行っても、ちゃんと、ご飯を食べてくださいね。
十歳の、聖女の、いつもの、心配性の、声。
僕は、笑って、頷いた。
そして、その袋を、最後まで、食べる暇が、なかった。
光がはじけて、僕は、この世界に、来た。
──ルナ。
僕は、まだ、お前の作ったおむすびを、半分しか、食べていない。
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── 第四章 了 ──
次章「集合、しかし足りない」へ続く
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ノアの不気味さが少しでも伝わっていたら嬉しいです。
次回もお楽しみに。




