第二十四章 扉の前で
┌─ 【手記・DAY 69 夕方】
│ 武道館の、地下五階。
│ 白い扉が、目の前に、ある。
│ クロードが、笑っている。
│ ルナが、僕の手を、握っている。
└────────────
1
日本武道館の、地下五階。
白い、長い、廊下の、突き当たりに、白い、扉が、あった。
クロードが、扉の前に、立っていた。
彼は、いつもの、黒いスーツ姿だった。
「レイン」
「クロード」
「無事だったか」
「ああ」
「ガルドとヴェイルは」
「足止め、してくれている」
「あと、どれくらい、保つ」
僕は、時計を、見た。
「あと、二十分だ」
クロードは、頷いた。
「ちょうど、いい。扉を、開く準備が、できた」
彼は、扉に、片手を、置いた。
扉が、ゆっくりと、開いていった。
中は──光、だった。
白い、まばゆい、光。
奥が、見えない、ほどの、光。
「あの先が、元の世界、か」
「ああ」
「クロード」
「ん」
「最後に、もう一度、聞いておきたい」
「ん」
「お前、本当に、ここに、残るんだな」
クロードは、ふっと、笑った。
「ああ」
「絶対、後悔、しないな」
「するさ。たぶん、何度も、後悔する」
「クロード──」
「だが、後悔と、満足は、両立する。お前は、千年、私の、隣にいて、まだ、そんなことも、知らないのか」
彼は、笑った。
「行け、レイン」
2
ルナが、僕の手を、ぎゅっと、握っていた。
「ルナ」
「うん」
「決めたか」
彼女は、しばらく、扉の、光を、見つめていた。
そして、ゆっくりと、僕を、見上げた。
「ご主人さま」
「ん」
「私、ご主人さまの、犬、まだ、続けたい」
僕は、頷いた。
「ああ」
「だから、一緒に、行きたい」
「分かった」
「でも、ね、ご主人さま」
「ん」
「私、もう一個、お願いが、あるの」
「言え」
ルナは、僕の、目を、まっすぐに、見上げた。
「私を、犬って、呼ぶの、もう、やめて」
「……ルナ」
「私、もう、ご主人さまの、人間の、妹で、いい」
僕の、目に、涙が、にじんだ。
「分かった」
「うん」
「妹、ルナ」
「うん!」
彼女は、にっこりと、笑った。
──ルナの、長い、長い、犬の日々が、終わった。
3
ノアが、僕の隣で、ぽつりと、言った。
「レイン」
「ノア」
「私は、扉の、向こうで、お前たちに、また、ホログラム、として、姿を、見せる」
「ああ」
「だから、お別れじゃ、ないからな」
「ノア」
「ん」
「ありがとう」
「礼を、言うな。私のせいで、ガルドとヴェイルが、死んだんだ」
「だが、お前のおかげで、僕は、ちゃんと、勇者で、いられた」
ノアの、半透明の体が、ぐにゃり、と、揺れた。
彼の、顔が、ガルドの顔に、変わって、それから、ヴェイルの顔に、変わって、最後に、いつもの、僕の顔に、戻った。
「行け、レイン」
4
クロードが、扉の脇に、立っていた。
「クロード」
「ん」
「いつか、必ず、迎えに来る」
「ああ。待っている」
「お前の、好きな、現代日本の、お茶を、持って、来る」
クロードは、笑った。
「お前、現代日本の、お茶を、飲んだこと、ないだろう」
「お前と、一緒に、飲もう」
「ああ」
彼は、僕に、片手を、伸ばした。
僕は、その手を、握った。
「クロード」
「ん」
「お前、政府で、田中と、もっと、たくさんの、人間と、出会え」
「ああ」
「そして、僕が、迎えに来た時、その人間たちの、話を、ぜんぶ、聞かせろ」
「楽しみだな」
僕は、頷いた。
そして、ルナの手を、握り直して、扉の中へ、踏み出した。
白い、光が、僕たちを、包んだ。
最後に、振り返った。
クロードが、両手を、後ろに組んで、にこやかに、笑っていた。
ノアが、片手を、上げて、見送ってくれた。
「行ってこい、勇者」
クロードの、最後の、声が、聞こえた。
──行ってきます、賢者。
◆ ◆ ◆
── 第二十四章 了 ──
次章「白紙だった地図に、最初の点が灯る」へ続く
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