第二十三章 最後の戦い
┌─ 【手記・DAY 69】
│ ガルドが、もう一度、立った。
│ ヴェイルが、もう一度、矢を、放った。
│ 僕の、人生で、最も、長い、一日だった。
│ そして、最も、美しい、一日だった。
└────────────
1
夜明け前、ルナが、ガルドとヴェイルの墓の前に、立っていた。
白い、法衣。
両手を、胸の前で、組んでいた。
僕とノアは、彼女の後ろに、立っていた。
「ガルドおじさん」
ルナの声は、震えていなかった。
「ヴェイルおねえちゃん」
「もう一度、私たちと、戦って」
「ご主人さまが、ね、最後の、戦いの、最中なの」
「だから、もう一度、私たちと、いて」
「ほんの、短い時間で、いいから」
ルナの、両手から、白い、光が、溢れた。
光は、ガルドの墓と、ヴェイルの墓を、包んだ。
墓の土が、震えた。
ゆっくりと、ゆっくりと、二つの、人型が、土の中から、立ち上がってきた。
2
ガルドが、土の中から、ゆっくりと、立ち上がった。
三メートルの、巨体。
濃い、髭。
僕の、知っている、ガルドの、顔。
彼は、自分の手のひらを、しばらく、見つめていた。
そして、空を、見上げた。
「兄弟」
ガルドの、低い声が、夜明けの、森に、響いた。
「ガルド」
僕の声は、震えた。
「俺、もう一度、出てきていいのか」
「ああ」
「お嬢ちゃんが、呼んでくれたんだな」
「ああ」
ガルドは、ルナを、見下ろした。
そして、しゃがんで、ルナの頭に、自分の、太い指を、優しく、置いた。
「お嬢ちゃん。久しぶり、だな」
「ガルドおじさん」
ルナの、目から、涙が、ぼろぼろと、零れた。
「またね、ガルドおじさん」
「ああ。また、だな」
ヴェイルが、隣の墓から、立ち上がった。
銀の髪を、無造作に、肩の前に、流した、千歳超のエルフ。
「レイン」
「ヴェイル」
「私、最後の遺言、お前に、聞いてもらえる、約束、だったろう」
「ああ」
「世界を、恨むな、と、私は、言ったが、お前、恨んだか」
「……一度、恨みかけた」
「で、いまは」
「もう、恨んで、いない」
ヴェイルは、ふっと、笑った。
「いい子だ」
彼女は、僕の頭を、軽く、撫でた。
──千年で、初めて、彼女が、僕を、撫でた。
3
ガルドの盾は、隠れ家の、玄関に、立てかけてあった。
錆び、汚れ、もう、二度と、振るわれることのない、と、思っていた、彼の相棒。
ガルドが、その盾を、片手で、軽々と、持ち上げた。
「兄弟」
「ん」
「俺、最後に、一回、振らせてもらうな」
「ああ」
ヴェイルが、自分の、短剣と、弓を、確認した。
「レイン、私の動きを、覚えているか」
「忘れる、はずが、ない」
「ならば、いつもの、隊形で」
「ああ」
4
特殊部隊の、襲撃は、明け方の、六時に、始まった。
百人の、武装した、男たち。
彼らは、隠れ家の周囲を、完全に、包囲した。
最新の、防弾装備。
最新の、火器。
──だが、彼らは、知らなかった。
──こちら側に、ガルドが、戻っていたことを。
──こちら側に、ヴェイルが、戻っていたことを。
──こちら側に、〝理〟が、いたことを。
隠れ家の、玄関が、ゆっくりと、開いた。
最初に、出ていったのは、ガルドだった。
三メートルの、巨人が、巨大な盾を、両手で、構えて、特殊部隊の、銃口の前に、立った。
特殊部隊の、最初の銃弾が、彼の盾に、何百発も、跳ね返された。
ガルドが、にやり、と、笑った。
「久しぶり、だな、こいつら」
5
ヴェイルが、屋根の上から、矢を、放った。
一射、一射が、特殊部隊の、急所を、的確に、外して、足や腕を、貫いた。
殺さなかった。
ヴェイルは、最後まで、人を、殺さなかった。
「レイン!」
彼女の声が、空から、降ってきた。
「行け! 武道館へ!」
僕は、頷いた。
ガルドが、振り返って、僕に、片手を、上げた。
「兄弟。早く、行け」
「ガルド、お前は──」
「俺たちが、ここで、足止め、する。お嬢ちゃんと、一緒に、行け」
「お前たち、いつまで、いられるんだ」
ガルドは、ルナを、ちらりと、見た。
ルナは、自分の、白い、両手のひらを、僕に、見せた。
彼女の手のひらは、震えていた。
聖職者の、死者復活は、長くは、続かない。
「ご主人さま。私の、限界が、来たら、ガルドおじさんも、ヴェイルおねえちゃんも、消える」
「……どれくらい、保つ」
「あと、三十分」
僕は、息を、止めた。
「ルナ──」
「大丈夫。私、ノアおねえちゃんに、武道館まで、瞬間移動、してもらう。だから、急げば、間に合う」
ノアが、僕の隣で、頷いた。
僕は、ガルドと、ヴェイルを、振り返った。
「ガルド」
「ん」
「ありがとう」
「兄弟、それは、別れの挨拶じゃ、ないか。やめてくれ」
「ヴェイル」
「ん」
「ありがとう」
「行け、ヒロト」
──ヴェイルが、最後に、僕を、本当の、名前で、呼んだ。
僕は、ルナを、抱き上げた。
ノアが、僕たちに、片手を、伸ばした。
白い、光が、僕たちを、包んだ。
◆ ◆ ◆
── 第二十三章 了 ──
次章「扉の前で」へ続く
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