第二十二章 代償
┌─ 【手記・DAY 67】
│ ノアの告白を、聞いてから、三日が、経った。
│ 僕は、まだ、誰が、残るか、決めていない。
│ クロードは、当然、自分だと、思っている。
│ ──だが、本当に、それで、いいのか。
└────────────
1
クロードと、ノアと、ルナと、僕の四人で、隠れ家の、囲炉裏端に、座った。
クロードは、ノアの正体を、聞いて、しばらく、笑っていた。
「お前、最初から、〝理〟だったのか」
「ああ」
「私は、千年、お前を、男だと思って、過ごしていた」
「私は、千年、お前を、計算高い男だと思って、観察していた」
「お互い様、だな」
クロードは、ふっと、笑った。
「ところで、レイン」
「ん」
「決まった、か。誰が、残るか」
僕は、しばらく、答えなかった。
クロードは、それを、待っていた。
やがて、僕は、ようやく、口を、開いた。
「クロード、お前は、本当に、残りたいのか」
「ああ」
「なぜだ」
クロードは、しばらく、囲炉裏の火を、見つめていた。
そして、淡々と、答えた。
「元の世界で、私が、何者だったか、覚えているか」
「賢者だ」
「そうだ。賢者だ。だが、私は、元の世界で、一度も、自分のために、何かを、選んだことが、ない」
「……」
「私は、いつも、パーティーの、最適解を、計算してきた。お前のために、ガルドのために、ヴェイルのために、ルナのために、ノアのために」
「クロード──」
「そして、私は、それで、満足だった」
彼は、自分の指を、軽く、組んだ。
「だが、こちらに来て、私は、初めて、自分のために、何かを、選びたい、と、思った」
「……」
「私は、この国に、残って、田中みたいな、人間と、生きていきたい」
「クロード──」
「田中の、子供たちが、大きくなる、その過程を、私は、見届けたい」
「……」
「あの、見ず知らずの、被災地に、徒歩で、向かう、二千人の、ひとりひとりの、顔を、私は、覚えたい」
「……クロード」
「この国は、確かに、お前が、見てきた、闇を、持っている。SNSの、群衆も、見世物の、消費者も、いる」
「……」
「だが、それと、同じだけ、目立たないところで、毎日、誰かを、支えている、人間も、いる」
「……」
「私は、後者と、生きていきたい」
クロードは、にこやかに、笑った。
「これは、私の、初めての、自分のための、選択だ。レイン、お前に、これを、奪わないでくれ」
僕は、しばらく、彼を、見つめていた。
そして、深く、頭を、下げた。
「分かった、クロード」
2
ルナが、僕の袖を、引っ張った。
「ご主人さま」
「……ルナ」
「私、ね。聞いてもいい?」
「ああ」
「ご主人さまは、元の世界に、帰るんでしょ?」
「ああ」
「私も、一緒に、帰る?」
僕は、しばらく、彼女の顔を、見た。
──ルナは、僕たちの、仲間だ。
──だが、彼女は、最初から、元の世界の、人間ではない。
──彼女は、こちらの世界で、生まれて、こちらの世界で、人身売買に、流された、現代日本の、少女だ。
──いや、違う。
──彼女は、天使族の、聖職者だ。元の世界の、十歳の少女だ。
──ヴェナの組織の、誰かが、彼女を、関西で、攫って、施設に、入れた、ということなのか。
僕の中で、いろいろな、可能性が、交錯した。
ノアが、横から、口を、挟んだ。
「レイン、ルナは、元の世界の、ルナで、間違い、ない」
「ノア」
「私が、お前たちを、こちらに、連れ込んだ時、ルナだけは、特別な、扱いに、なった」
「特別」
「ルナは、聖職者の、瞬間移動の力を、使って、お前たちより、先に、こちらに、降りていた」
「……」
「だから、ルナは、お前たちが、こちらに、降りた、その瞬間より、二日早く、こちらにいた。そして、二日のうちに、ヴェナの組織に、捕まった」
僕は、息を、止めた。
──ルナの、背中の痣。
──彼女が、関西で、受けた、傷。
──あれは、僕たちが、こちらに、降りる前から、始まっていた、ということだ。
ノアが、続けた。
「ルナは、元の世界の、人間だ。連れて、帰れる」
「……」
「ただし、ルナ自身の、意思で、選ぶ必要が、ある」
ルナが、僕の顔を、見上げた。
僕は、彼女の頭に、手を、置いた。
「ルナ」
「うん」
「これは、お前が、決めることだ」
「うん」
「今すぐ、答えなくて、いい。考えろ」
「うん」
ルナは、僕の手の下で、ゆっくりと、頷いた。
3
クロードからの、緊急の連絡が、入ったのは、その夜のことだった。
彼の文章は、いつもより、ずっと、短かった。
──レイン。明後日の朝、対異世界対策本部の、特殊部隊が、群馬の、隠れ家を、急襲する。
僕は、その文章を、何度か、読み返した。
「クロード」
僕は、すぐに、応答した。
「お前、それを、知っていて、教えてくれたのか」
「ああ。私の、最後の、内側からの、助けだ」
「最後」
「私は、特殊部隊の、出動時刻を、上に、報告した。お前たちを、確保する、絶好の機会、として」
「クロード──」
「報告しなければ、私が、内通者だと、バレる。報告すれば、お前たちが、攻撃される。だから、報告したうえで、お前たちに、知らせた」
「……」
「明後日、特殊部隊と、戦って、勝て。そして、その勢いで、武道館に、突入しろ。地下五階の、扉まで、私が、案内する」
「クロード、お前──」
「これが、私の、賢者としての、最後の、計算だ」
彼の声は、明るかった。
「楽しみだな、レイン。最後の、戦いだ」
「ああ」
「ガルドの盾と、ヴェイルの矢を、持ってこい」
僕は、息を、吸った。
「クロード、お前、何を──」
「ルナに、頼め」
「ノア、頼む。連絡を、繋ぎ続けて、くれ」
クロードは、それだけ言って、通信を、切った。
僕は、ルナを、振り返った。
ルナは、僕の言葉を、聞いていた。
彼女は、僕の目を、まっすぐに、見上げて、にっこりと、笑った。
「うん。私、ガルドおじさんと、ヴェイルおねえちゃんを、ね、最後の戦いに、もう一回、呼ぶよ」
──ルナの、聖職者としての、最大の力。
──死者を、蘇らせる。
──ただし、それには、彼女自身に、大きな負担がかかる。
「ルナ」
「うん」
「お前、大丈夫か」
「うん。ぜんぜん、大丈夫」
彼女は、笑った。
──だが、僕は、知っていた。
──大丈夫、ではない。
──聖職者の、死者復活は、彼女の、聖職者としての、力の、ほとんどを、消費する。
──それでも、彼女は、やる、と、言った。
◆ ◆ ◆
── 第二十二章 了 ──
次章「最後の戦い」へ続く
ここまで読んでいただきありがとうございます。
レインたちの物語を、もう少しだけ見届けていただけると嬉しいです。
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次回もお楽しみに。




