第二十一章 〝理〟との対話
┌─ 【手記・DAY 64】
│ ノアが、戻った。
│ だが、彼は、僕たちを、こちらの世界に、連れてきた、本人だった。
│ 僕は、まだ、彼を、許すかどうか、決めていない。
└────────────
1
ノアの告白を聞いた、僕の足は、横浜港の岸壁の上で、止まったままだった。
「お前たちを、こっちの世界に、連れてきたの、私、なんだ」
夜明け前の、港の風が、ノアの、半透明の体を、すり抜けて、いった。
「ノア」
「ん」
「もう一度、言ってみろ」
「ごめん。お前たちを、連れてきたの、私、なんだ」
僕は、しばらく、彼を、見つめていた。
ノアは、僕の顔を、して、僕の声で、申し訳なさそうに、笑った。
「レイン。隠れ家に、戻ろう。ぜんぶ、話す」
2
群馬の隠れ家に、戻ったのは、その日の、夕方だった。
ガルドの墓、ヴェイルの墓の前で、ノアは、長い時間、立ち尽くしていた。
彼の半透明の体が、夕日に、染まっていた。
「ガルド、ヴェイル」
ノアは、墓に、向かって、ぽつりと、言った。
「ごめんな」
ルナが、彼の脇に、立った。
「ノアおねえちゃん」
「ん?」
「私たちを、ここに、連れてきたの、ノアおねえちゃんが、悪い、わけじゃ、ないでしょ?」
ノアは、ルナを、見下ろした。
そして、ふっと、笑った。
「ルナ、お前、賢すぎ、だな」
「えへへ」
僕は、二人の、後ろで、ただ、聞いていた。
3
夜、隠れ家の、囲炉裏のような小さなテーブルを、四人で、囲んだ。
ノア、ルナ、そして僕。
クロードは、政府の仕事があり、来られなかった。
僕は、ノアに、まっすぐ、聞いた。
「ノア、お前は、何者だ」
ノアは、しばらく、考えてから、答えた。
「私は、〝理〟と呼ばれるものの、断片だ」
「ことわり」
「世界と世界の間に、ある、決まり、のようなものだ」
「……」
「私は、ある、たくさんの世界を、行き来する、存在だ。最初は、お前たちの世界に、観察者として、入った。観察者の、姿の、決まりが、たまたま、ホログラム、というやつだった」
「お前は、観察に来た、ただの、〝理〟だった、と」
「最初は、そうだ」
「最初は、というのは」
ノアは、僕の顔のまま、苦笑した。
「私が、お前たちに、出会って、観察対象を、超えて、しまった、ということだ」
「……」
「ガルドが、馬鹿で。ヴェイルが、可愛くて。ルナが、賢くて。クロードが、計算高くて。そして、お前が、お人好しすぎて」
ノアの声が、少しだけ、震えた。
「私は、お前たちと、過ごす、千年が、楽しかった」
僕は、息を、止めた。
「ノア、お前──」
「私は、〝理〟の、一部だ。だから、私は、千年単位で、自分の世界に、戻らなければ、ならない。だが、戻る前に、もう一度、お前たちと、出会いたかった。それも、別の世界で」
「……」
「だから、私は、規則を、破った」
「規則」
「〝理〟の、一部が、特定の存在を、別の世界に、連れ込むのは、規則違反だ。だが、私は、それを、やった」
4
ルナが、彼の半透明の手に、自分の小さな手を、重ねた。
「ノアおねえちゃん」
「ん」
「ノアおねえちゃんは、私たちと、もう一度、会いたかったの?」
「ああ」
「それだけ?」
「それだけ、だ」
ルナは、にっこり、笑った。
「じゃあ、私、ノアおねえちゃんのこと、許す」
「……」
「だって、私だって、もう一度、ガルドおじさんと、ヴェイルおねえちゃんと、会いたい、って、毎日、思ってるもん」
ノアの、半透明の体が、ぐにゃり、と、揺れた。
彼の顔が、ヴェイルの顔に、変わりかけて、それから、もう一度、僕の顔に、戻った。
「ルナ……お前は、本当に、賢すぎ、だ」
ノアは、片手で、自分の顔を、覆った。
僕は、しばらく、彼の様子を、見ていた。
そして、深く、息を、吐いた。
「ノア」
「ん」
「ガルドは、お前のせいで、死んだ。ヴェイルも、お前のせいで、死んだ」
「……ああ」
「だが、お前のせいで、僕は、ルナと、ちゃんと、向き合えた。お前のせいで、クロードの、本当の姿が、見えた。お前のせいで、僕は、勇者として、自分の力を、もう一度、考え直した」
「……」
「だから、お前を、許さない、わけじゃ、ない」
ノアの体が、もう一度、揺れた。
「だが、二度と、こんなことを、するな」
「しない」
彼の声は、すぐに、返ってきた。
「二度と、しない。約束する」
5
「ノア」
「ん」
「クロードは、僕たちを、元の世界に、帰す方法を、見つけた、と、言った」
「ああ。武道館の地下、だな」
「知っているのか」
「〝理〟の、一部だからな」
ノアは、にっこり、笑った。
「あの扉は、私が、お前たちを、こちらに、連れ込むために、使った、扉だ。逆向きに、使えば、戻れる」
「条件は」
「逆転生者のうち、一人が、こちらに、残る、ことだ」
「……ノア、お前なら、どうにか、できないのか」
ノアは、しばらく、答えなかった。
「私は、〝理〟の、規則を、すでに、一度、破った」
「……」
「これ以上、破れば、私は、永久に、〝理〟から、追放される。そうなれば、私は、どの世界にも、戻れない、ただの、亡霊に、なる」
「……」
「だが、レイン。もし、お前が、それでも、いいと言うなら、私は、私を、犠牲にして、お前たち全員を、戻す」
僕は、答えなかった。
──ノアを、永久の、亡霊にして、僕たち全員を、戻す。
──そんな選択肢が、許されるはずが、ない。
「ノア、それは、駄目だ」
「だろうな」
ノアは、笑った。
「お前なら、そう言うと、思っていた」
「クロードは、自分が、残ると言っている」
「……」
「ノア、お前は、どう、思う」
ノアは、しばらく、考えた。
「クロードは、計算が、速い。たぶん、いま、政府の中で、自分が、残ったあとの、最善の手まで、組み上げている」
「……」
「あいつは、たぶん、本気だ。覚悟も、できている」
僕は、ノアの言葉を、聞いて、しばらく、目を、閉じた。
──クロードを、置いて、帰る、わけにも、いかない。
──だが、クロードの、覚悟を、無下にする、わけにも、いかない。
──僕は、この、最後の、選択を、まだ、決められない。
窓の外で、月が、傾いていた。
◆ ◆ ◆
── 第二十一章 了 ──
次章「代償」へ続く
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