第二十章 ホログラムの帰還
┌─ 【手記・DAY 63】
│ ノアを、迎えに行く。
│ ルナが、隣にいる。
│ クロードが、内側にいる。
│ ガルドと、ヴェイルが、僕の背中を、見ている、気がする。
└────────────
1
横浜港、深夜二時。
巨大なコンテナ船が、出航の準備を、終えていた。船腹に、星条旗が、描かれていた。
クロードの計画書によれば、ノアの結晶は、その船の、最下層の、特殊コンテナの中に、ある。
警備員は、二十人。
通常の、三分の一だった。
──クロードが、内側から、薄くしてくれた。
僕は、ルナを、抱き上げた。
「ルナ」
「ん」
「コンテナの上に、瞬間移動できるか」
「やったことの、ない場所だから、無理。でも、岸壁の、上は、できる」
「それで、十分だ」
ルナが、僕の頬に、片手を、置いた。
白い、光が、僕たちを、包んだ。
一瞬で、僕たちは、コンテナ船の、すぐ脇の、岸壁の上に、いた。
2
そこから先は、僕の、本来の仕事だった。
警備員の、最初の二人を、剣の柄で、軽く、首の急所を、打って、無力化した。
三人めも、四人めも、同じだ。
──殺さない。
これは、僕の、絶対の、ルールだ。
第十章で、見世物小屋の連中の、腱を、切ったあの夜、僕は、線を、踏み越えた、と、思った。
だが、ルナと、暮らした、六十日以上の日々で、僕は、もう一度、線を、引き直していた。
殺さない。
どんな相手でも、殺さない。
それが、僕の、ルナへの、応えだ。
──そして、もうひとつ。
──クロードが、教えてくれた、田中。
──夜中に、温かい弁当を、二つ、置いていった、田中。
──「勇者の人たち、悪い人たちじゃないですよね」と、泣いた、田中。
僕は、気を失った、警備員の、顔を、ちらりと、見た。
──三十代、男性。
──制服の、胸ポケットに、家族の写真が、覗いていた。
──小さな、女の子が、笑っていた。
──彼は、たぶん、命令で、ここに、いる。
──彼は、たぶん、内心で、僕たちを、応援しているかも、しれない。
──そして、たぶん、彼は、僕に、無力化されたことを、明日、家族に、笑って、話す。
──「すごい人に、首だけで、気絶させられたよ」って。
僕は、彼の家族の写真を、彼の胸ポケットに、深く、押し込んだ。
写真が、地面に、落ちないように。
そして、次の警備員へと、向かった。
──ガルドを、殺した、十万人の、視聴者と。
──この、家族写真を、胸ポケットに、入れて、警備に、立つ、田中たちは。
──同じ国の人間でも、別の生き物だ。
──そして、僕は、後者を、傷つける必要が、ない。
僕は、コンテナ船の、最下層に、降りていった。
ルナは、岸壁で、僕の帰りを、待っていた。
彼女の聖職者の力が、何かあった時、僕を、いつでも、彼女のもとに、戻せる。
3
特殊コンテナは、すぐに、見つかった。
分厚い、鋼鉄の扉。
僕は、剣で、その扉を、切り裂いた。
中に、結晶が、置かれていた。
以前、東京の地下施設で、見たものと、同じ。
透明な、結晶の中に、色のない、形のない、光のような、影のような、何かが、揺れていた。
「ノア」
僕は、結晶に、片手を、当てた。
結晶の中の、光が、ふわり、と、揺れた。
結晶の表面に、文字が、浮き上がった。
──Hi, Rain. 遅かったね。
僕は、ふっと、笑った。
「悪かった」
──ガルドと、ヴェイルのこと、知ってる。
「……ああ」
──このまま、私を、結晶ごと、外に、出してくれる?
「重いか」
──重くは、ない。ただ、扱いに、気をつけて。
「分かった」
僕は、結晶を、両手で、抱え上げた。
──意外に、軽い。
胸に、抱えるくらいの、大きさ、重さだった。
僕は、コンテナを、出て、船の最下層を、駆け上った。
4
岸壁に、戻ると、ルナが、待っていた。
彼女は、結晶を、見て、目を、見開いた。
「ノアおねえちゃん?」
結晶の表面に、文字が、浮き上がった。
──ルナ、おっきくなったね。
「まだ、十歳だよ」
──私の見立てでは、もう、十一歳の、心がある。
ルナが、ぼろぼろと、涙を、流した。
「ノアおねえちゃん、生きてた」
──まあ、私は、簡単には、死なないから。
彼女は、結晶に、ぎゅっと、抱きついた。
僕は、その光景を、しばらく、見ていた。
──六人のうち、四人が、ようやく、再集結した。
ガルドと、ヴェイルは、もう、いない。
だが、ノアが、戻ってきた。
5
僕は、ルナに、結晶を、預けて、岸壁に、座った。
そして、結晶に、向かって、口を、開いた。
「ノア」
──ん?
「お前の、本当の姿、見せてもらえるか」
結晶の中の、光が、しばらく、揺れた。
そして──。
結晶が、内側から、ぱきり、と、音を、立てた。
亀裂が、走った。
ルナが、慌てて、結晶を、地面に、置いた。
結晶が、ゆっくりと、割れていった。
中から、流れ出してきたのは──。
光、ではなかった。
水、でもなかった。
ただ、何かが、岸壁の上に、広がっていった。
そして、その何かが、ゆっくりと、立ち上がった。
人間の、形を、していた。
いや、人間の、形を、模していた。
半透明の、性別の、ない、年齢の、ない、表情のない、人型。
だが、顔だけは、僕の、見たことのある、顔をしていた。
──僕の顔、だった。
6
「お前、悪趣味だぞ」
僕は、自分の顔をした、ノアに、苦笑した。
ノアは、僕の声で、答えた。
「お前を、ずっと、観察していた。お前の顔が、私の中で、いちばん、なじみが、ある」
「他の、顔に、なれないのか」
「なれる」
ノアの顔が、ぐにゃり、と、変わった。
ガルドの顔に、なった。
「……」
「これ、嫌だろ、レイン」
「嫌だ」
ノアの顔が、もう一度、変わった。
ヴェイルの顔に、なった。
「これも、嫌だろ」
「やめろ、ノア」
ノアは、ふっと、笑った。
僕の声で、ヴェイルの顔で、笑った。
「分かった、分かった」
彼の顔が、元の、僕の顔に、戻った。
「とりあえず、これで、勘弁してくれ」
僕は、深く、息を、吐いた。
「ノア」
「ん」
「お前の、本当の本当の姿は、これで、合ってるのか」
ノアは、しばらく、僕を、見つめた。
「合ってない」
「……」
「だが、私の、本当の姿を、見せたら、お前たち、たぶん、卒倒する」
「ノア──」
「だから、これで、勘弁してくれ。本当に」
僕は、彼の言葉を、信じることに、した。
──ノアは、僕たちの、知らない、何かだ。
──それは、最初から、知っていた。
7
ノアと、ルナと、僕の、三人で、岸壁を、後にした。
夜明け前の、横浜港。
僕は、空を、見上げた。
──ガルド。
──ヴェイル。
──ノアが、戻った。
──次は、僕たち全員で、元の世界に、帰る。
──クロードを、置いて、いくわけにも、いかない。
──だが、僕は、まだ、知らない。
ノアが、僕たちに、まだ、最大の秘密を、隠していることを。
──そして、その秘密こそが、僕たちが、こちらの世界に、飛ばされた、本当の、理由であることを。
ノアが、僕の隣で、ぽつりと、言った。
「レイン」
「ん」
「私、実は、ね」
「……ん?」
「お前たちを、こっちの世界に、連れてきたの、私、なんだ」
僕の、足が、止まった。
◆ ◆ ◆
── 第二十章 了 ──
── 第四部 完 ──
次章「〝理〟との対話」── 第五部 開幕
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次回、第五部もお楽しみに。




