第二十五章 白紙だった地図に、最初の点が灯る
┌─ 【手記・DAY ???】
│ 元の世界に、戻った。
│ 空が、青い。
│ ルナが、笑っている。
│ 地図に、ひとつ、新しい点が、灯った。
│ ありがとう。
└────────────
1
光が、晴れた。
僕の、足元には、見覚えのある、石畳が、あった。
頭上には、見慣れた、双月。
空気は、煤や、油の、匂いの、しない、ただの、森の、匂いが、した。
──元の世界。
僕は、ゆっくりと、空を、見上げた。
ルナが、僕の手を、握ったまま、空を、見上げていた。
「ご主人さま」
「ルナ、もう、ご主人さま、じゃ、ないだろう」
「あ、そっか」
彼女は、ぺろっと、舌を、出した。
「お兄ちゃん」
「ん」
「帰ってきたね」
「ああ」
「お兄ちゃん」
「ん」
「私、おにぎり、つくる」
「ああ。塩むすび、頼む」
ルナは、にっこり、笑った。
2
僕は、地図を、取り出した。
元の世界の、僕の、相棒の、羊皮紙。
そこには、見慣れた、僕たちの世界の、地図が、描かれていた。
城、街道、海岸線。
ぜんぶ、元通りだった。
──いや、違う。
地図の、隅に、新しい点が、灯っていた。
赤い、ひとつだけの、点。
地図の、どこの位置にも、属していない、別の場所に、ぽつりと、灯っていた。
──現代日本。
──クロードのいる、場所。
──いつか、必ず、迎えに行く、場所。
僕は、地図を、強く、握りしめた。
3
帰還した僕たちを、最初に出迎えたのは、元の世界の、王宮の、衛兵たちだった。
彼らは、僕とルナを、見て、最初は、戸惑った。
だが、僕の顔と、ルナの、白い法衣を、認めて、すぐに、深く、頭を、下げた。
「勇者様! ご無事で──!」
僕は、彼らに、頷いた。
──こちらでは、僕は、勇者だ。
──撃たれもしない。
──追われもしない。
──「災害級危険人物」とも、呼ばれない。
──ただ、勇者と、呼ばれて、感謝される。
だが、僕の中で、何かが、もう、戻らないことを、僕は、知っていた。
──現代日本の、闇を、見た僕は、もう、千年前の、僕では、ない。
──そして、それで、いいのだと、僕は、思う。
4
王宮の、書斎の、テラスから、僕は、双月を、見上げていた。
ノアが、ホログラムの、形で、隣に、立っていた。
「レイン」
「ノア」
「クロードは、無事だ。ちゃんと、政府の中で、生きている」
「ああ」
「先週、田中の、二人目の子供が、生まれたそうだ」
僕は、笑った。
「クロード、本当に、田中と、生きているんだな」
「ああ。あいつ、田中の子供の、名付けにまで、口を、出していた」
「相変わらず、出しゃばりだな」
「相変わらず、計算高い、だ」
僕とノアは、しばらく、笑っていた。
ルナが、テラスに、上がってきた。
両手に、皿を、持っていた。
皿の上には、白い、塩むすびが、並んでいた。
「お兄ちゃん、ノアおねえちゃん」
「ルナ」
「みんなで、食べよう」
僕たち、三人は、テラスで、おにぎりを、食べた。
塩の味が、した。
ガルドが、好きだった、米の味が、した。
ヴェイルが、ふっと、笑う、横顔の、味が、した。
そして──。
クロードが、田中の弁当を、夜中に、二つ、置かれた、あの、味が、した。
5
僕は、その夜、ようやく、書斎の机に、向かった。
旅の、最初の日から、ずっと、持ち続けていた、小さな手帳。
そこには、白紙だった、最初のページから、闇に、塗りつぶされた、ページまで、僕の、千数十日が、刻まれていた。
僕は、最後の、新しいページを、開いた。
ペンを、握った。
そして、ゆっくりと、文字を、刻んだ。
「DAY ???」
──いつの、日付か、もう、僕にも、分からない。
──だが、それで、いい。
──日付は、もう、要らない。
僕は、ペンを、紙に、押し当てた。
そして、書いた。
ありがとう。
ただ、その、五文字だった。
ガルドへの、ありがとう。
ヴェイルへの、ありがとう。
ノアへの、ありがとう。
クロードへの、ありがとう。
ルナへの、ありがとう。
──そして。
──田中への、ありがとう。
──被災地に、徒歩で、向かった、二千人への、ありがとう。
──公開処刑を、視聴しなかった、一億人への、ありがとう。
──現代日本の、声に出さない優しさの、ぜんぶへの、ありがとう。
僕は、ペンを、置いた。
そして、ゆっくりと、顔を、上げた。
窓の外で、双月が、白く、輝いていた。
──いつか、必ず、迎えに行く。
──クロード。
──そのときは、お前の、好きな、お茶を、持って、行くから。
──待っていてくれ。
◆ ◆ ◆
── 第二十五章 了 ──
── 第五部 完 ──
── 全話 完 ──
『逆転生勇者、現代国家に〝災害級危険人物〟認定されました』
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