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逆転生勇者、現代国家に“災害級危険人物”認定されました  作者: 妖怪ステーキ


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第十七章 少女の理由

┌─ 【手記・DAY 47】

│ 犬の、背中に、痣が、ある。

│ 彼女は、笑って、隠す。

│ 僕は、聞かない。

│ ──だが、聞かない、ことが、正しいのか、わからなくなっている。

└────────────


挿絵(By みてみん)


ある朝、僕は、ルナの背中の痣を、見た。

意図したわけではなかった。

彼女が、水浴びを終えて、髪を拭いている時、白い法衣の襟が、少しだけ、ずれた。そこに、見えた。

赤黒い、長い、線。

古い、傷の、跡だった。

傷の形が、僕の知る、ある道具のものに、似ていた。

──鞭。

僕は、彼女の背中から、目を、逸らした。

ルナは、襟を、急いで直して、僕に、笑いかけた。

「ご主人さま、おはよう」

「……ああ」

僕は、それ以上、何も、言わなかった。

だが、その日、僕は、ずっと、彼女の背中のことを、考えていた。

ルナの法衣は、すべての物理攻撃を、無効化する。

つまり、彼女が、鞭で、打たれた時、彼女は、法衣を、着ていなかった、ということだ。

聖職者の力を、奪われて、彼女は、ただの、十歳の、少女として、誰かに、打たれた。

──関西で。

──ガルドと、同じ、施設で。

僕の、想像は、そこで、止まった。

いや、本当は、止まったのではない。

止めた、のだ。

これ以上、想像すれば、僕の中の、ようやく落ち着き始めた、何かが、また、揺れ始める。

だが、その夜、ルナが、僕の隣に、座って、いつもの調子で、口を、開いた。

「ご主人さま」

「ん」

「私、ね。話したいこと、あるの」

「ルナ──」

僕は、初めて、彼女を、名前で、呼びそうになって、止まった。

「おい」

「うん」

「話さなくていい」

「ううん。話す」

彼女は、自分の手のひらを、膝の上に、揃えた。

「私が、話したいの」

「私を、捕まえた、人は、ね」

ルナの声は、淡々としていた。

「最初は、優しかったの」

「……」

「あったかい、ご飯を、くれた。あったかい、布団を、くれた。私が、迷子に見えたから、保護してくれたんだ、って、思ってた」

「……」

「でも、三日めから、ご飯が、なくなった」

僕は、息を、吸った。

「五日めから、布団も、なくなった」

「……」

「七日めに、私の、聖職者の、力を、調べる人たちが、来た」

「……」

「私の法衣を、脱がせて、私を、傷つけて、私が、自分の傷を、治せるか、試した」

僕の、両手が、震えた。

ルナは、それに、気づかないふりを、した。

「私、ね。最初の三回は、自分で、治した」

「……」

「でも、四回めから、わざと、治さなかった」

「なぜだ」

「治したら、もっと、ひどく、される、と、思ったから」

僕は、目を、閉じた。

「私、ね。ご主人さま」

「ん」

「あの時、すごく、頭が、いい子だった」

「ああ」

「ガルドおじさんが、私の檻の、隣に、来た時、私、ようやく、息が、できた」

「……」

「ガルドおじさんは、私の傷を、見て、なんて、言ったと、思う?」

僕は、答えなかった。

ルナは、ふっと、笑った。

「『お嬢ちゃん、痛かったな。レインなら、ぜんぶ、治す。あいつは、そういう、馬鹿、だからな』」

「……」

「ガルドおじさん、私のこと、知らなかったのに、ご主人さまの、名前を、出して、私を、励ましてくれたの」

ルナの目から、涙が、零れた。

「私、ね。ご主人さま」

「ん」

「ご主人さまが、なんで、私を、犬みたいに、扱うか、知ってる」

僕は、彼女を、見た。

「私を、ルナ、って、呼んだら、ご主人さま、また、世界を、恨むんでしょ」

──彼女には、見えていた。

最初から。

僕の、線の、引き方の、理由が。

「だから、私、犬で、いいよ」

「ルナ──」

「でも、ね、ご主人さま」

彼女は、僕の頬に、小さな手を、伸ばした。

「いつか、ご主人さまが、私を、犬って、呼ばなくても、世界を、恨まないように、なったら」

「……」

「その時、私の名前を、呼んでね」

僕は、彼女の手を、自分の手で、包んだ。

──十歳の少女の手は、僕の、半分の、大きさだった。

だが、その手のひらの、温かさは、僕の、千年で、感じた、どんな温かさよりも、強かった。

「分かった」

僕の声は、震えていた。

「いつか、必ず」

「うん」

「お前の、名前を、呼ぶ」

ルナは、にっこりと、笑った。

「うん。じゃあ、それまで、犬の、ルナで、待ってるね」


沈黙が、しばらく、続いた。

そして、ルナが、ぽつりと、言った。

「ご主人さま」

「ん」

「私、ね。少しだけ、ご主人さまの、気持ちが、分かる、気がするの」

「……」

「私、ね。元の世界でも、少し、違う子、だったの」

僕は、彼女を、見た。

「天使族はね、ほんとは、十歳で、もう、羽が生え始めるの。私の代だけ、ね、誰一人、生えなかったの」

「ルナ──」

「教会の、おとなたちはね、私たちのこと、『欠陥のある世代』って、呼んだの」

「……」

「私、ね。聖職者になれるかどうか、決められる試験の日、ぼろぼろに、泣いたの。だって、私の代の子、ぜんぶ、不合格になりそうだったから」

「ルナ」

「でも、ね。ある日、ご主人さまが、教会に、来たの」

「……ああ」

「『この子たちは、羽が、まだ、生えていないだけだ。中身は、ちゃんと、聖職者だ』って、ご主人さまが、教会のおとなたちに、言ったの」

「……そんなこと、言ったか、僕は」

「言ったよ。ぜんぶ、覚えてる」

ルナは、にっこりと、笑った。

「だからね、ご主人さま。私が、ご主人さまの、犬になりたいって、言ったの、ほんとはね、もうひとつ、理由が、あるの」

「ん」

「ご主人さまが、私を、『少し違う、ただの子』として、見てくれた、世界で、たったひとりの、ひと、だから」

「……」

「だから、私も、ご主人さまのこと、『少し違う、ただの兄ちゃん』として、見てる。それだけ、なの」

僕は、しばらく、彼女を、見つめていた。

──「少し違うだけで、人は、人を、人として、見なくなる」と、僕は、第二部で、思った。

──だが、ルナは、僕を、ちゃんと、人として、見ている。

──そして、ルナのことを、ちゃんと、人として、見たのは、僕だった。

──元の世界で。

──羽の、生えていない、少女のことを。

僕は、自分が、忘れていた、自分自身の、姿を、ルナに、思い出させてもらった。

「ルナ」

「うん」

「ありがとう」

「えへへ」

彼女は、僕の隣で、嬉しそうに、自分の足を、ぶらぶらと、揺らした。

その夜、僕は、初めて、ぐっすりと、眠った。

ガルドが、死んでから、初めて、夢を、見た。

夢の中で、ガルドが、笑っていた。

『兄弟。ようやく、楽そうな顔だな』

僕は、夢の中で、ガルドに、頭を、下げた。

『すまない、ガルド』

『何が、だ』

『お前を、見送れなかった』

ガルドは、首を、傾げた。

『兄弟、お前、何を、言ってるんだ。俺は、ちゃんと、お前に、見送ってもらった、ぞ』

『……』

『俺の盾を、布団に、してくれた、だろ』

僕は、夢の中で、泣いた。

『あれは、嬉しかった。本気で、嬉しかった、兄弟』

『……ガルド』

『あと、ひとつだけ』

『ん』

『あのお嬢ちゃんを、頼む。あの子、強い。強いから、無理を、する。気づいて、やれよ』

僕は、頷いた。

夢が、薄く、消えた。

僕は、目を、覚ました。

ルナが、隣の布団で、寝息を、立てていた。

彼女の小さな手が、寝ながら、僕の袖を、掴んでいた。

僕は、その手を、起こさないように、そっと、自分の手で、包んだ。

◆ ◆ ◆

── 第十七章 了 ──

次章「犬は名前を持つ」へ続く


ここまで読んでいただきありがとうございます。

レインたちの物語を、もう少しだけ見届けていただけると嬉しいです。

よければ、感想などお待ちしております。

次回もお楽しみに。

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