第十四章 狩人、撃たれる
┌─ 【手記・DAY 32】
│ ヴェイルが、戻ってきた。
│ でも、何かが、違う。
│ 彼女は、まだ、姉の組織と、繋がっている。
│
│ 仲間って、なんだ。
└────────────
1
ヴェイルが、僕たちの隠れ家に、戻ってきて、四日が、経った。
彼女は、以前より、口数が、少なかった。
そして、夜になると、よく、隠れ家を、出ていった。
ルナが、心配そうに、僕を、見た。
「おにいちゃん。ヴェイルおねえちゃん、大丈夫?」
「分からない」
僕は、正直に、答えた。
──ヴェイルが、何を、しているのか、僕には、まだ、見えていない。
彼女は、姉の組織から、解放された。
だが、彼女は、まだ、姉の組織の、何かを、調べている。
それが、僕たちの、利益のためなのか、それとも、彼女自身の、内面の、迷いのためなのか、僕には、判断が、つかなかった。
2
クロードからの、緊急の連絡が、来たのは、その夜のことだった。
彼の文章は、これまでで、最も、短かった。
──ヴェイルが、危ない。今夜、私の、組織が、彼女を、確保する。
僕は、その文章を、何度も、読み返した。
クロードの、組織。
つまり、対異世界対策本部。
──ヴェイルが、捕まる。
僕の指が、震えた。
「クロード、お前──」
僕は、すぐに、応答した。
「お前は、止められないのか」
「無理だ。これは、上の指示だ。ヴェイルが、姉の組織と、繋がっていることを、政府は、把握した」
「クロード──」
「レイン。ヴェイルを、今、隠れ家から、出すな。今夜、私は、別の場所を、捜索する、と、上に報告する。だが、それでも、別の部隊が、隠れ家に、向かう可能性は、ある」
「……」
「もし、別の部隊が、来たら、ヴェイルだけでも、逃がせ」
クロードは、それだけ言って、通信を、切った。
僕は、すぐに、ヴェイルを、探した。
彼女は、隠れ家に、いなかった。
3
彼女は、いつものように、夜の散歩に、出ていた。
僕は、地図を、開いた。
ヴェイルの、点が、近所の、廃れた神社のあたりで、止まっていた。
そして──。
彼女の、点を、囲むように、複数の、別の、点が、急速に、接近していた。
「ルナ、待っていろ!」
僕は、隠れ家を、飛び出した。
夜の、田舎道。
僕は、全力で、走った。
──間に合え。
──ガルドのときみたいに、間に合わない、なんて、もう、二度と、嫌だ。
──頼む、間に合ってくれ。
4
神社に、辿り着いたとき、ヴェイルは、もう、武装した男たちに、囲まれていた。
二十人ほど。
対異世界対策本部の、特殊部隊。
彼らの装備は、警察の、それとは、全く、別物だった。
彼らの銃が、ヴェイルに、向けられていた。
ヴェイルは、両手を、上げて、立っていた。
抵抗していなかった。
──彼女が、抵抗しないのは、なぜだ。
僕は、神社の、鳥居の、影に、隠れた。
「エルフ、種族、識別済み。ターゲット、確保する」
特殊部隊の、指揮官の声。
そのとき。
ヴェイルの、口元が、ゆっくりと、笑った。
「──気づかなかったか、お前たち」
彼女の、声は、低くて、冷たかった。
「私の周りに、私の姉の、組織の、エルフが、十人、隠れている」
特殊部隊の、男たちの、空気が、一瞬で、凍った。
そして、神社の、木々の影から、銀色の髪の、十人の、エルフたちが、矢を、構えて、現れた。
──ヴェイルは、姉の組織と、まだ、繋がっていた。
いや、それどころか──。
彼女は、自分が、囮になり、対異世界対策本部の、部隊を、おびき寄せていた。
そして、十人のエルフで、囲み撃ちにする、計画を、立てていた。
5
矢が、放たれた。
十本の、エルフの矢が、特殊部隊の、男たちに、向かって、飛んだ。
だが──。
特殊部隊の、装備は、それを、上回っていた。
彼らは、訓練された、職業の戦闘員だった。
矢の、半分は、彼らの、防弾装備に、弾かれた。
残りの半分が、彼らの、急所を、捉えた。
特殊部隊の、十人が、倒れた。
だが──。
残りの十人が、生きていた。
そして、彼らの、銃が、一斉に、火を、噴いた。
ヴェイルが、笑顔のまま、撃たれた。
彼女の銀の髪が、夜の空気の中で、ゆっくりと、揺れた。
彼女の体が、後ろに、倒れていく。
──ヴェイル!
僕は、鳥居の影から、飛び出した。
特殊部隊の、生き残りが、僕に、銃を、向けた。
僕は、構わず、走った。
彼らの、銃弾が、僕の体を、何発も、貫いた。
痛みは、慣れていた。
僕は、ヴェイルに、駆け寄り、彼女を、抱きかかえた。
「ヴェイル──」
彼女の、胸から、血が、噴き出していた。
急所だった。
彼女の、目が、僕を、捉えた。
「……レイン」
「ヴェイル、しゃべるな」
「いや、しゃべる、これは、最後の、機会だ」
彼女は、笑った。
血の混じった、笑顔だった。
「お前、間に合わなかったな」
「ヴェイル──」
「冗談だ。お前は、ちゃんと、来てくれた」
「ヴェイル、ルナを、呼ぶ。ルナなら、お前を、治せる」
「無理だ、レイン」
「無理じゃ、ない!」
「私の、姉の、組織の、矢に、毒が、塗ってあった」
彼女の言葉に、僕は、凍りついた。
6
「ヴェイル、どういう、ことだ」
「お前を、騙していた。私は、姉の組織に、利用されていた」
「……」
「姉は、私の体に、毒を、塗った矢を、撃たせ、政府の特殊部隊と、相討ちにさせる計画だった。私の死で、政府を、刺激し、対異世界対策本部を、混乱させるのが、目的だった」
「ヴェイル──」
「私は、それを、最初から、知っていた。だが、断れなかった」
「なぜだ」
「姉が、私の、本当の名前を、握っていた」
──エルフの、本当の名前。
それは、エルフが、千年生きて、ようやく、得る、最も、神聖なものだった。
名前を、他のエルフに、握られると、命令に、逆らえない。
「ヴェイル、お前は、ずっと──」
「ずっと、苦しんでいた」
彼女は、僕の頬に、震える手を、伸ばした。
「お前に、相談、できなかった。お前は、優しすぎる」
「ヴェイル──」
「レイン、私の、最後の、頼みを、聞いてくれ」
「ああ」
「お前は、世界を、恨むな」
僕は、息が、止まった。
「ヴェイル、お前──」
「お前が、廃工場で、見せた、あの、黒い炎を、見てから、私は、ずっと、怖かった」
「……」
「お前を、止めたかった。私が、生きている、うちに」
「ヴェイル──」
「だから、世界を、恨むな」
彼女の、目から、涙が、零れた。
「ガルドも、私も、お前を、守って、死ぬ。お前を、守って、死んだ仲間の、死を、お前が、世界を、壊す、理由に、するな」
「ヴェイル──」
「世界は、悪く、ない」
「世界は、悪い」
「悪く、ない、レイン」
「ヴェイル、お前を、殺した、この世界は、悪いだろう!」
「悪いのは、私の、姉だ」
彼女は、ふっと、笑った。
「私の、姉も、悪く、ない。三十年、この世界で、生きて、姉も、彼女なりの、何かを、抱えていた。それを、私は、最後まで、聞き出せなかった」
「……」
「レイン」
「ん」
「お前は、聞き出せ。私が、聞き出せなかったことを、お前が、聞き出してくれ」
「ヴェイル」
「世界を、知れ。世界を、知ってから、世界を、壊すかどうかを、決めろ」
彼女の手が、僕の頬から、ずるり、と、落ちた。
「ヴェイル!」
「……レイン」
彼女の目が、薄く、なっていく。
「お前と、千年、過ごせて、幸せだった」
「ヴェイル、頼む、もう少し、もう少しだけ──」
「……ガルドに、よろしく、伝えてくれ」
彼女は、微笑んだ。
そして、息を、吐いた。
もう、息を、吸わなかった。
7
僕は、しばらく、彼女を、抱きしめていた。
夜の、神社の、境内。
特殊部隊の、生き残りは、いつの間にか、いなくなっていた。
姉の組織の、エルフたちも、消えていた。
ただ、僕と、ヴェイルの、亡骸だけが、神社の、石畳の上に、残っていた。
僕は、彼女を、抱いて、立ち上がった。
彼女の、銀の髪が、夜風に、揺れていた。
僕は、彼女を、隠れ家に、連れて、帰った。
ルナが、玄関で、待っていた。
彼女は、ヴェイルを、見て、ぐしゃり、と、顔を、歪めた。
「……ヴェイル、おねえちゃん」
「ルナ」
「治せ、ないの」
「毒だ」
「私、治せない、の」
「もう、彼女は、いない」
ルナが、泣き崩れた。
僕は、泣かなかった。
僕の中で、ヴェイルの、最後の言葉が、ぐるぐると、回っていた。
──世界を、恨むな。
僕は、ヴェイルを、ガルドの墓の、隣に、埋めた。
そして、その夜、僕は、初めて、声を、出して、泣いた。
──だが、僕の中の、世界への、恨みは、消えなかった。
ヴェイルの、最後の、頼みを、僕は、聞けなかった。
◆ ◆ ◆
── 第十四章 了 ──
次章「世界を壊す日」へ続く
ここまで読んでいただきありがとうございます。
レインたちの逃亡を、もう少しだけ見届けていただけると嬉しいです。
よければ、感想などお待ちしております。
次回もお楽しみに。




