14歳の灯
日付が変わっただけでは、人は急に大人にはなりません。
それでも13歳から14歳へ変わる夜は、灯にとって一度しかない夜です。
13歳最後の夜、灯は直人から借りた本を読んでいた。
映画の原作ではなく、その前に貸してもらった洋館の物語だ。青い布団の上に腹這いになり、クラゲの栞を挟んだところから数ページ進める。机の上では首を振る扇風機が、開けた窓から入る生温い空気をかき混ぜていた。風がこちらへ向くたびに本の端が浮き、押さえていた灯の指へ薄い紙が触れる。
カーテンの隙間からは、塀を挟んだ隣家の2階が見えていた。陽流の部屋にはまだ明かりがついている。何をしているのかまではわからないが、同じ夜を起きて過ごしていることだけは、窓越しの光で確かめられた。
章の終わりまで読んでから、灯は栞を挟み、枕元に置いた携帯電話へ手を伸ばした。暗い部屋で画面をつけると、表示された数字の白さに目が眩む。時刻は23時59分だった。
あと1分で14歳になる。
そう意識した途端、読みかけの本へ戻る気がしなくなった。誕生日は毎年やってくるのに、13歳から14歳へ変わる瞬間は今夜しかない。灯は本を閉じ、布団の上で体を起こすと、何かが変わるところを見届けるように画面の数字を見つめた。
秒までは表示されない。どれほど待てば1分が過ぎるのかわからず、途中で画面が暗くなりそうになるたび指先で触れる。やがて23時59分が消え、同じ場所に0時00分が現れた。
見た目も、気分も、何ひとつ変わらない。
呼吸も、聞こえている扇風機の音も、窓の向こうにある夜も同じだった。14歳というものが自分の中へ入ってきた実感はない。それでも数字の上では確かに誕生日を迎えたのだと思ったところで、携帯電話が掌の中で震えた。
画面へ浮かんだ名前は、陽流だった。
――誕生日おめでとう。
続けて、もう1通届く。
――14歳になったんだから、朝くらい時間どおりに来ること。
祝いよりも注意のほうが長い。最初の1行だけでは照れくさくなり、いつもの会話を足したのかもしれない。灯は窓の向こうの明かりを見てから、笑いながら返信欄を開いた。
――ありがとう。今年も陽流が最初だったよ。
陽流は毎年、日付が変わるとすぐに誕生日を知らせてくれる。小学生の頃は隣の部屋から壁を叩いたり、互いの窓へ小さな懐中電灯を向けたりしていた。光を向ける回数を決めたのに、どちらかが間違えて合図にならず、結局窓を開けて小声で話した年もある。携帯電話を持つようになってからは、短い文章へ変わった。それでも、誕生日の最初に陽流がいることだけは変わっていない。
灯が送った文章にはまだ既読がつかない。その下に指を置いて待っていると、返事より先に、もう一度携帯電話が震えた。
今度は直人だった。届いた名前を見ただけで、さっきとは違う種類のうれしさが胸の内側へ広がる。時刻は0時02分になっていた。
――誕生日おめでとう。学校でもちゃんと言うけど、今日のうちに言いたかった。
今日になってからまだ2分しか経っていない。それでも学校で会うまで待たず、少しでも早く言おうとしてくれたのだろう。「今日のうちに」という言い方が、律儀な直人らしく思えた。
――ありがとう。14歳になったよ。
灯は布団の上へ座り直し、両手で携帯電話を持って返事を送った。すぐに既読がつき、驚いた顔の絵文字が届く。
――本当に? 昨日と変わった?
灯は携帯電話から片手を離し、扇風機の風が当たるところへ広げてみた。指の長さも、爪の形も、数分前と同じだった。鏡を見れば顔のどこかが変わっているかもしれないと思ったが、立ち上がって確かめるほどではない気もする。
――まだわからない。明日見て確かめて。
明日、直人が何を見て確かめるのか想像しながら送信したところへ、3通目のメッセージが届いた。
――14歳、おめでとう。これを読んだら寝てね。
真帆だった。0時を過ぎるまで起きていてくれたのに、祝いながら灯の夜更かしを注意している。その文章を読むと、真帆が少し眉を寄せて携帯電話を見ている顔まで浮かんだ。灯は礼と、おやすみの言葉を返した。
3人からのメッセージをもう一度、届いた順番に読み返す。陽流は時間を守れと言い、直人は明日確かめると言い、真帆は寝るように言う。同じお祝いなのに、言葉の選び方も、文章の長さも違う。どれも書いた人の声で聞こえるようで、灯は画面を指でゆっくり上へ戻した。
最初に送った陽流からは、まだ返事がない。窓の向こうを見ると、隣家の2階にあった明かりがいつの間にか消えていた。誕生日を伝えるという用事だけを済ませ、灯の返事を待つこともなく眠ってしまったらしい。
「自分だけ言って、先に寝た」
小さく文句を言いながら、灯も携帯電話を伏せた。直人から借りた本へクラゲの栞を戻し、枕元へ重ねる。扇風機の首がまたこちらを向き、火照った頬を冷ましてから、部屋の明かりを消した。
暗くなった天井を見上げると、さっきまで光っていた3人の名前が瞼の裏へ残っていた。14歳になって最初にしたことは、3人からお祝いをもらい、それぞれへ返事を書くことだった。
悪くない始まりだと思った。
*
翌朝、灯が玄関を出ると、陽流は門柱に背中を預け、細長い紙袋を片手に持っていた。普段なら携帯電話を見て待っているのに、今日は袋の持ち手を指へ掛け、振り子のように小さく揺らしている。灯の姿に気づくと、その動きだけが止まった。
空は朝からよく晴れ、塀の上には強い陽射しが落ちている。終業式まであと数日。庭木の奥では蝉が鳴き始め、制服の半袖から出た腕へ、外へ出たばかりだというのにすぐ熱がまとわりついた。14歳最初の朝も、夏の暑さは昨日と変わらない。
「おはよう。14歳になっても、やっぱり2分遅れたね」
「誕生日なんだから、今日くらい数えなくていいでしょ」
「誕生日と遅刻は別だよ」
陽流は口ではいつもと同じことを言いながら、先に歩きだそうとはしなかった。灯が門を閉めるまで待ち、紙袋を持っていないほうの手で鞄の肩紐を直す。
「陽流だって、夜中にメッセージを送ってすぐ寝たでしょ」
「送るために起きてたから」
何気なく返された言葉を、灯は一度頭の中で繰り返した。たまたま夜更かしをしていたのではなく、0時になるのを待っていたということになる。
「待ってたの?」
「たまたま起きてただけだよ」
今、自分で待っていたと認めたばかりなのに、すぐに言い直す。0時00分に届いたことを考えれば、どちらが本当かは明らかだった。灯が笑うと、陽流は目を合わせず、話を終わらせるように持っていた紙袋を差し出した。
「あと、これ」
「なに?」
「見ればわかるだろ」
「細長い紙袋だね」
「そうじゃなくて。今日、誕生日」
言葉が足りないところまで、昨夜の短いメッセージと同じだった。灯は差し出されたものを両手で受け取り、その場で袋の口を開く。陽流は見ていないふりをして道の先へ顔を向けていたが、灯が何を言うのか待っているように、まだ門柱から背中を離さなかった。
中には透明な箱が入っていた。青いシャープペンシルの軸へ、小さな白い星が散っている。灯が学校で使っている筆箱と同じ青で、模様までよく似ていた。
「プレゼントまであるの?」
「去年もあげたよ」
「去年は消しゴム3個だったけど」
「全部なくしただろ。実用的でよかったじゃないか」
「なんだか今年は急にちゃんとしてる」
箱の中で光るシャープペンシルと、去年もらった無地の消しゴムを頭の中で並べる。どちらも学校で使えるものには違いないが、今年は店頭で何本もある中から、灯に似合うものを考えて選んだことがわかった。
「嫌なら返してくれていいよ」
からかわれたと思ったのか、陽流が紙袋へ手を伸ばした。灯は取られないよう胸元へ抱え、一歩下がる。紙袋の角が制服へ当たり、中の箱が小さく音を立てた。
「ううん!嫌なんて言ってないよ。すごく好き」
陽流の手が止まった。灯が言っているのは贈り物のことだとわかっているはずなのに、「好き」という音だけが別の意味を持ったように、伸ばした指がしばらく宙に残る。やがて何でもなかったように手を下ろし、灯から視線を逸らした。
灯はその反応に気づかず、箱を取り出して朝の光へ透かすように持ち上げた。白い星が青い軸の上で光り、筆箱の模様と本当に揃いのように見える。偶然似たのではなく、陽流が今使っているものを見て選んだのだと思うと、去年よりちゃんとしているというだけでは足りない気がした。
「今年は黄色じゃないんだね」
「今は青が好きなんだろ」
「ちゃんと覚えたんだ」
「目の前であれだけ言われたら覚えるよ」
陽流はようやく門柱から離れ、先に歩きだした。耳のあたりがわずかに赤いのは暑さのせいだろう。灯は箱を傷つけないよう紙袋へ戻し、遅れてその背中を追った。
「ありがとう、陽流。大事に使うね」
「消しゴムみたいになくさないでよ」
「シャープペンシルはなくさないよ」
「この前、1本どこに置いたかわからないって言ってただろ」
「あれは机の中にあったから、なくしてない」
「自分で見つけられなかったら、なくしたのと同じだよ」
言い合いながら隣へ並ぶ。歩くたび、紙袋が灯の膝の横で小さく揺れた。鞄へ入れれば持ちやすいのに、見えなくなるのが惜しくて、しばらく手に持ったまま歩いた。
陽流が覚えたのは、青が好きだということだけではない。筆箱の模様まで見て、似たものを選んでくれた。それを口にすると否定されそうで、灯は何も言わなかった。
ただ、去年の消しゴムよりずっとうれしいことだけは、何度見ても変わらなかった。
*
教室へ入ると、真帆はもう自分の席にいた。
灯を見るなり、机の中から白い封筒を取り出す。名前だけが丁寧な字で書かれ、端には小さな兎の絵が描かれていた。
「灯、お誕生日おめでとう」
「ありがとう。夜も送ってくれたのに、また言ってくれるの?」
「文章と直接は別でしょ。それから、これはプレゼント」
封筒を開けると、白い兎の小さなキーホルダーが掌へ転がり出た。丸い頬と長い耳を持ち、前足で青い星を抱えている。
「かわいい」
「好きな動物、兎なんでしょ。ペンギンへ変わる前に選んだの」
「まだ兎が一番だよ」
「よかった。保留が解除される前に渡せた」
灯が鞄の持ち手へ早速つけようとすると、真帆は椅子から立ち上がり、その顔を近くから確かめるように見つめた。灯が右を向けば真帆の目もそちらへ動き、左を向くと同じだけ追ってくる。
「なに?」
「14歳になった顔を見てるの。昨日と変わったかなと思って」
「直人くんにも同じこと聞かれた」
「……変わってないね」
「そんなにすぐ変わらないよ」
「そうだね。でも、少し安心した」
「どうして?」
「14歳になった途端、急に大人になられたら困るから」
真帆は冗談のように言いながらも、どこか本当に安心したように笑った。灯が理由を考えていると、教室の後ろの扉が開き、直人が入ってくる。
灯を見つけると一度だけ足を止め、それからまっすぐ席へやってきた。手には紺色の紙袋を持っている。
「灯、誕生日おめでとう」
「ありがとう。14歳になったの、わかる?」
昨夜の続きを尋ねると、直人は灯の顔を真剣に見た。昨日までの灯と比べるように、目元から髪の先までゆっくり視線を動かす。
「昨日より少し眠そう?」
「夜中にメッセージを送ってきた人が言う?」
「俺が起こしてたの、2分だけだろ」
「変わったところ、そこしかわからなかった」
直人が笑い、持っていた紙袋を差し出した。
「これ、誕生日プレゼント。開けてみて」
中には文庫本が1冊入っていた。先日の映画の原作で、雨の駅と2人の影が描かれた、灯が好きだと言ったほうの表紙だった。けれど本を包んでいるのは書店の紙ではなく、青い布製のブックカバーだった。縁には深い緑色の糸で細い線が入り、同じ色の栞紐がついている。
「これ、全部もらっていいの?」
「本は返して。カバーは灯の」
「本は貸してくれるだけなんだ」
「それ、俺が何回も読んでる本だから。カバーには、これから灯が好きな本を入れて」
灯は笑いながら表紙を開き、最初のページを確かめた。直人の名前が小さく書かれている。何度も読んだというだけあって、紙の端は少し柔らかくなっていた。
「青を選んでくれたんだね」
「好きな色って聞いたから。緑の糸は、俺の好きな色」
「2人ぶん入ってる」
「嫌だった?」
「ううん。好き」
答えると、直人は安心したように息をついた。
机の上には、真帆からもらった兎のキーホルダーと、直人からもらった青いブックカバーが並んでいる。鞄の中には陽流からの青いシャープペンシルがある。どれも今の自分が好きだと話したものだった。
「3人とも、あの質問を覚えてたんだ」
灯が言うと、真帆が兎の耳を指で揺らした。
「私は友達だから、前から知っていたかったんだけどね。兎はあの日初めて知った」
「俺も青を知ったばかりだよ」
直人はそう言い、教室の後ろにある陽流の席を見た。陽流はいつの間にか来ていて、鞄から教科書を出している。
「湊も、あの日に青を知ったんだよな」
「うん。だから今年は青を選んでくれた」
灯が答えると、直人は一瞬だけ机の上の贈り物を見た。それでも表情を曇らせず、「みんな同じところを聞いてたんだな」と笑った。
同じ答えから選んでも、3人がくれたものは少しずつ違う。
それぞれが灯のことを考えていた時間まで、形になっているようだった。
*
昼休みになると、真帆は4つの小さな包みを弁当袋の底から取り出した。
透明な袋に入った丸いマドレーヌで、表面に粉砂糖がかかっている。校内へ菓子を持ってくるのは禁止されているため、担任が教室を出たことを確かめてから机の中央へ並べた。
「真帆が校則を破ってる」
灯が驚くと、真帆は廊下へ一度目を向けた。
「誕生日だけ。見つかる前に食べてね」
「小坂でも、こういうことするんだ」
直人も意外そうに言う。
「倉田くん、いらないなら3つにするけど」
「いる。もう席に座ったから」
直人はいつものように灯の隣へ弁当を置いた。その手には、小さな紙パックの林檎ジュースが4つある。登校前にコンビニへ寄って買い、潰れないよう教科書の上へ載せてきたらしい。
「直人くんも持ってきたの?」
「小坂が昼休みに少し祝うって教えてくれたから。飲み物くらいあったほうがいいかなって」
「私はマドレーヌだけのつもりだったのに、倉田くんのほうが誕生日会らしくなってる」
真帆はそう言いながらも、4つの紙パックへ順にストローを貼りつけた。
残る1つの席はまだ空いている。真帆が後ろを振り向き、離れたところで弁当を開いていた陽流を呼んだ。
「湊くんも来て。4人ぶんあるから」
「俺はいいよ」
「陽流、プレゼントだけ渡して誕生日会には来ないの?」
灯も呼ぶと、陽流は断る理由を失ったように箸を置いた。弁当箱を持ってこちらへ来て、真帆の隣に空けられた椅子へ座る。
「最初から4人ぶん買ったんだ」
「湊くんを呼ぶつもりだったから」
「俺が来なかったら?」
「灯が2つ食べる」
「それなら俺が食べるよ」
「なんで私が食べるの止めるの?」
灯が不満を訴えると、陽流は「昼ご飯のあとに2つも食べるから」と当然のように答えた。直人と真帆が笑い、4人で弁当を開く。
いつもの昼休みと違うのは、机の中央に小さな菓子と林檎ジュースがあることだけだった。それでも、4本のストローを同時に差し、真帆の「14歳おめでとう」という言葉に合わせて紙パックを軽く触れさせると、本当に誕生日会をしているような気持ちになった。
「14歳になって、何か変わった?」
直人が昨夜と同じ質問をした。
「真帆にも見てもらったけど、変わってないって」
「確認に私を使わないで」
「顔を近くで見て確認してたじゃん」
「見れば中身もわかると思ったの」
「顔で中身までわかるの?」
陽流に尋ねられ、真帆は一瞬だけ考えた。
「灯の場合は、だいたい」
「真帆まで適当なこと言うようになった」
灯が抗議すると、4人の笑い声が重なった。
弁当を食べ終え、担任に見つからないうちにマドレーヌの袋を開ける。灯が最初のひと口を食べるところを、なぜか3人が見ていた。
「おいしいよ。みんなも食べれば?」
許可を出すと、ようやく3人もそれぞれの包みに手を伸ばした。
真帆は食べ終える前に携帯電話を取り出し、机の上へ並ぶ4人の弁当箱と、残りのマドレーヌを撮った。それから、教科書を数冊重ねた上へ携帯電話を置き、撮影のタイマーを設定する。
「何してるの?」
「せっかくだから、4人で撮るの」
「教室で?」
「今しか4人とも揃ってないでしょ」
真帆は急いで灯の前へ戻り、椅子へ腰を下ろした。直人は灯の隣で少し身を寄せ、陽流は端に座ったまま、画面に自分が入っているか確かめるように首を動かす。
「陽流、もっとこっち」
「入ってるよ」
「半分しか入ってない」
灯は陽流の制服の袖を掴み、自分たちのほうへ引いた。その拍子に椅子の脚が床を擦り、全員の体が少しずつ近づく。
撮影を知らせる小さな光が点滅し、真帆が「灯、前」と注意した。灯が慌てて画面へ顔を戻した瞬間、撮影音が鳴った。
確認すると、灯は笑いかけた途中で口を少し開け、直人はその灯を見ていた。陽流は引っ張られたため不満そうな顔をしながらも、口元だけは笑っている。真帆だけが最初から撮られる準備をしていたように、きれいに画面を見ていた。
「撮り直す?」
直人が尋ねたが、真帆は写真を保存した。
「これでいいよ。今日の4人は、こうだったから」
誕生日だからといって、全員が同じ顔で笑う必要はないらしい。
灯も画面を覗き込み、もう一度笑った。
*
放課後、直人は灯を駅前の洋菓子店へ連れていった。
白い壁と大きな窓のある小さな店で、入口のショーケースには果物を載せたケーキが並んでいる。持ち帰りの客が多く、奥にある4つの席は空いていた。
「ここ、前から決めてたの?」
「誕生日だって聞いてから調べた。店で食べられるところのほうがいいかなって」
直人は店員へ名前を伝えた。予約していたらしく、窓際の席へ案内される。灯が鞄を隣の椅子へ置くと、真帆からもらった兎が持ち手の上で小さく揺れた。
少しして運ばれてきた皿には、苺のショートケーキが1つ載っていた。隣には小さなチョコレートの板があり、白い文字で「14」と書かれている。ケーキの中央には細い蝋燭が1本立ち、店員が火をつけてから離れていった。
「直人くん、これも頼んだの?」
「歌うのは恥ずかしいから無理だけど、蝋燭くらいはあったほうがいいかと思って」
「私も、お店で歌われたら恥ずかしい」
「よかった。そこは同じで」
小さな炎が、冷房の風に揺れている。向かいに座る直人は、映画館へ入る前と少し似た顔で、灯が何かを始めるのを待っていた。
「願い事をしてから消すんだよね」
「たぶん」
「直人くんの『たぶん』、この前怖い思いしたから信用できない」
「誕生日は怖いこと起きないだろ」
灯は笑い、目を閉じた。
14歳の1年も、大切な人たちとたくさん笑えますように。
心の中で願い、息を吹きかける。炎は一度大きく揺れ、細い煙を残して消えた。直人が音を立てないよう小さく拍手する。
「おめでとう、灯」
「ありがとう」
「14歳の灯も、よろしく」
「昨日までとほとんど変わらないよ」
「それでも言っておきたかった」
直人は照れたように笑い、自分の皿へ運ばれてきたチーズケーキへフォークを入れた。灯も苺を最後に残すよう、ショートケーキの端から食べ始める。
「直人くん、夜のメッセージ、0時02分だったよね」
灯が尋ねると、直人のフォークが止まった。
「時間まで見てた?」
「陽流が0時ちょうどで、直人くんが2分あとだったから」
「湊に負けた」
「競争だったの?」
「俺の中では少し。23時58分から書いてたのに、文章を直してたら過ぎたんだ」
「何を書き直したの?」
「それは言わない」
「消したなら教えてくれてもいいでしょ」
「消したから余計に言えない」
直人は逃げるようにチーズケーキを口へ運んだ。灯は気になったが、これ以上聞けば本当に困らせそうで、代わりに残していた苺をフォークで切った。
「でも、14歳の灯と最初にケーキを食べたのは直人くんだよ」
直人が顔を上げる。
「それなら、俺が最初?」
「ケーキでは」
「細かいけど、今日はそれでいい」
負けたと言ったときよりも、ずっとうれしそうに笑った。
食べ終わり、会計では直人が灯のぶんを払った。映画や水族館では互いに出すと決めていたため断ろうとしたが、誕生日のケーキまで自分で払わせたくないと言われ、今日だけは素直に礼を言った。
店を出ると、夕方の陽射しが駅前の建物を橙色に染めていた。2人は手をつなぎ、いつもの道をゆっくり歩く。
昨日までと何も変わっていないと言ったのに、鞄には3人からの贈り物があり、直人と食べたケーキの味が残っている。14歳の最初の日は、昨日までと同じものを少しだけ特別に見せていた。
*
家へ帰り、家族との夕食ともう一度の誕生日ケーキを終えてから、灯は自分の部屋へ戻った。
机の上へ、今日もらったものを並べる。
真帆からもらった兎のキーホルダーは、すでに鞄へついている。陽流からもらった青いシャープペンシルを箱から出し、白い星の筆箱へ入れた。直人からもらったブックカバーには、映画の原作を入れる。青い布の端から、深い緑色の栞紐が伸びていた。
どれも飾っておくためのものではない。明日から鞄へつけ、学校で使い、本を読むたびに触れるものだった。
携帯電話が震え、真帆から昼休みに撮った写真が送られてきた。
――14歳、最初の4人。
写真の中で、灯は笑いかけた途中にいる。直人は画面ではなく灯を見ていて、陽流は袖を引っ張られたまま少しだけ笑い、真帆だけがきちんと前を向いていた。
揃っていないからこそ、見ているだけで4人の声が聞こえるようだった。
灯は写真を保存し、昨夜届いた3通のメッセージを開いた。
13歳と14歳の間には、画面の数字が変わる以外、はっきりした境目などなかった。昨日までわからなかったことが、誕生日を迎えただけで急にわかるわけでもない。
それでも、自分の好きなものを覚え、今の自分を見ていてくれる人たちがいる。
13歳の灯が始めた恋も、幼い頃から続く隣の時間も、真帆と過ごす毎日も、日付が変わったからといって途切れない。そのすべてを抱えたまま、14歳の灯は明日へ進んでいく。
窓の外では、夏の夜空にまだ少ない星が光っていた。
14歳の夏が、始まろうとしていた。
0時ちょうどを待っていた陽流。最初にケーキを食べた直人。そして、「14歳、最初の4人」を写真に残した真帆。
同じお祝いでも、そこには3人それぞれの声と、それぞれの大切にし方がありました。
14歳の夏が始まります。次話「知らなかった声」へ続きます。




