霧雨に溶ける村
民俗学者の雅彦(まさひこ)は、一年を通して霧と小雨に包まれているという山奥の「湿り村(しめりむら)」の調査に訪れた。村は常に高い湿度に覆われ、家々の壁は苔生し、村人たちの肌は蝋のように白く、じっとりと濡れていた。彼らは雅彦を穏やかに迎え入れるが、その会話はどこか要領を得ず、焦点の合わない瞳は霧の奥を見ているかのようだった。村に滞在するうち、雅彦の身体にも異変が現れ始める。思考は鈍化し、常に気怠い眠気に襲われる。そして何より、自分の身体の輪郭が曖昧になり、周囲の湿った空気に溶け出していくような奇妙な感覚に囚われるようになった。この村は、かつて飛来した隕石に含まれていた未知の液体生命体の影響下にあり、村人たちは人間と水の境界が失われつつある存在と化していたのだ。彼らは雅彦が新たな同胞として完全に「溶け合う」ことを待ち望んでいた。「さあ、あなたも一つになりましょう。雨は、気持ちがいいですよ」。霧の中から現れた村人たちに囲まれた時、雅彦はすでに逃げる気力も、人間としての自我も失いかけていた。