第6話 解決したように見えた夜
警察は水野を事情聴取のために連れてきた。彼女の靴の赤土、配送車の十二分の停車、薬箱の受け取り。三つを並べると、倉庫から薬を持ち出した犯人に見える。
奈緒は取調室の外で、記録用紙を見つめた。水野が箱を受け取ったことは認めている。しかし、倉庫の扉を開けた事実はない。
「犯人を逃がすつもりですか」警察官が聞いた。
「違います。行為を分けています。受け取ったことと、出庫したことは同じではありません」
奈緒は薬箱の底を再検査した。湿った泥は、箱が水路の中に置かれていた時間を示している。箱の側面に付いた擦り傷は、台車ではなく木製の滑り台を使った跡だった。
水野は、薬を受け取った時に箱の封を確認していない。中身が足りないことにも気づかなかった。誰かが箱へ触れた後、別の人間に渡した可能性がある。
その夜、奈緒は水野と旧水路を見張った。二時十七分に鐘が鳴り、暗い水路から箱が押し出される。誰も姿を見せない。
水野は箱を開けた。抗生物質は一包だけ足りず、代わりに青い作業服の糸が入っていた。水野はそれを見て、黒い車の持ち主が再開発会社だと話した。
翌朝、薬の欠損は止まった。しかし、廃ポンプ場の発電機が壊され、患者の薬を冷やせなくなっていた。壁には赤い塗料で「立入禁止」と書かれている。
奈緒は、発電機を壊した人物と薬を運ぶ人物が同じではないと判断した。大庭は薬を運んでいる可能性がある。榊原は診療所を追い出そうとしている。鐘は二つの目的に利用されていた。
「一人の犯人を見つければ終わると思っていました」
吉川が言う。
「一人にまとめると、見えなくなる責任があります」
奈緒は倉庫へ戻り、薬箱の番号を初めて日付順に並べた。そこに一つだけ、記録されていない番号があった。
警察が水野を聴取する間、奈緒は倉庫の全箱を床へ下ろした。番号を日付順に並べると、欠けた箱の前後に同じ配送先コードがある。だが、そのコードは中央病院ではなく、廃ポンプ場の旧施設番号だった。
水野はその番号を知っていた。大庭から手渡された紙に書かれていたからだ。彼女は薬を運んだことを認めたが、箱を倉庫から出した人物の顔は見ていない。
奈緒は、あえて水野を盗難の主犯として扱う仮説を吉川へ説明した。鍵、車、泥を並べれば成立する。吉川は、仮説を警察へ渡すべきだと言った。
しかし、箱の重さが合わない。水野が持ち出したなら抗生物質の一包だけが不足するはずだが、戻った箱には別の患者用の薬まで入れ替えられている。
「水野さんは薬を運ぶ人です。薬を選び直す人ではありません」
その夜、奈緒は旧水路で箱を受け取った。箱の底から薄い金属板が見つかり、板には番号が刻まれている。大庭が管理する仕掛けの部品番号だった。
大庭を問い詰めると、彼は箱の出庫を認めた。だが、最後の箱については知らないと言う。大庭を犯人と決めるには、最後の一箱だけが余っていた。
奈緒は一度、自分の推理を外した。人を動かす動機から犯人を選び、時刻の事実を後回しにしたのだ。
仮説を外した奈緒は、取調室の前で吉川に謝った。吉川は「間違いを隠す方が危険だ」と答えた。
彼女は水野を犯人に見せる三つの証拠と、水野を外す四つの証拠を左右に分けた。靴の泥は外す証拠、車の停車は疑いを残す証拠。証拠は味方にも敵にもなる。
その整理によって、箱を受け取った人と、箱を倉庫から出した人を別々に考えられた。事件の輪郭が初めて一人分の大きさから広がった。
奈緒は自分の仮説に大きく丸を付け、その横へ「未確定」と書いた。推理は答えではなく、検証する順番を決める道具だ。
空欄の番号を追えば、箱が倉庫から動いた夜が分かる。水野の証言を守るためにも、今度は数字から犯人の時間を組み立てる。
奈緒は空欄の番号を赤い付箋で囲んだ。番号が一つなら、箱を動かした夜も一つである。
窓の外で、二時十七分を知らせる市の時計が進んだ。次は、数字が示す人物を確認する番だった。
奈緒は仮説の紙を半分に折った。捨てるのではなく、誤りの記録として残す。次に同じ判断を急がないための目印になる。
吉川は空欄の番号を写真に撮った。仮説を外した夜の証拠も、解決へ進むための一行になる。奈緒はその写真を事件ファイルへ添えた。




