第一話 いつもの帰り道
「湊ー、遅い」
昇降口を出た瞬間、聞き慣れた声が飛んできた。
校門横の街路樹にもたれながら、雨宮凛が不満そうにこちらを見ている。
「待ってって言ったのお前だろ」
「でも十分待った」
「三分だぞ」
「女の子を三分待たせるとか最低」
「理不尽すぎる……」
ため息をつきながら近づくと、凛は当たり前みたいに俺の隣に並んだ。
自然すぎて、今さら何も思わない。
小学校の頃からずっとこうだった。
「で、今日はどこ寄る?」
「寄る前提なのかよ」
「え、帰るの?」
「帰るけど」
「つまんな」
凛は露骨に嫌そうな顔をする。
こういうところ、本当に自由だと思う。
「コンビニだけ」
「よしきた」
「なんでお前が嬉しそうなんだよ」
「だって湊、絶対アイス奢ってくれるし」
「奢らねぇよ」
「えー」
口を尖らせる凛を横目に歩き出す。
西日が長く影を伸ばしていた。
六月の終わり。 湿った風が制服の袖を揺らしていく。
「そういえばさ」
「ん?」
「今日、また聞かれた」
「何を」
「“神谷くんと付き合ってるの?”って」
「あー……」
またか。
もう何回目かも分からない。
「で?」
「ちゃんと否定しといた」
「……ちゃんと?」
「うん。“まだ付き合ってません”って」
「お前なぁ」
思わず笑うと、凛も楽しそうに笑った。
こういう会話も、いつものことだった。
距離が近いとか、仲が良すぎるとか。 周りは好き勝手言うけど、俺たちにとっては今さらだ。
幼馴染なんて、そんなものだと思っていた。
「でもさ」
凛がふと空を見上げる。
「付き合うって、なんか今さら感ない?」
「……まぁ」
「でしょ?」
そう言って笑う。
その横顔を見て、少しだけ息が詰まった。
多分俺は、ずっと前から。
こいつのことが好きだった。
でも。
もし言って、今の関係が変わるくらいなら。
このままでいいとも思っていた。
「湊?」
「……なんでもない」
「変なの」
凛は首を傾げ、それから急に俺の前へ回り込む。
「ということで!」
「なんだよ」
「アイス!」
「話繋がってないだろ」
「細かいこと気にするとハゲるよ」
「高校生に言う言葉か?」
くだらないやり取りをしながら、二人で歩く。
その時間が、妙に心地よかった。
ずっと続くんだと思っていた。
少なくとも、この時までは。
「……っ」
不意に、凛の足が止まった。
「凛?」
少し前を歩いていた凛が、電柱に手をついている。
「おい、どうした」
「んー……」
振り返った凛は、いつも通り笑っていた。
けれど。
「ちょっと立ちくらみしただけ」
「顔色悪いぞ」
「気温のせい。ほら、今日暑いし」
「いやでも——」
「だいじょーぶ」
凛は軽く手を振って、また歩き出す。
その姿は、いつもと変わらないように見えた。
だから俺も、深く考えなかった。
考えもしなかった。
この“いつもの帰り道”が。
少しずつ終わり始めていたなんて。




